【書籍】飾らない言葉が響く職場へ:伝える覚悟と聴く誠実さが生み出す深い相互理解ー青山俊董の経験からの考察
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp250「8月1日:大事な話は耳鳴りがするほど聴け(青山俊董 愛知専門尼僧堂堂頭)」を取り上げたいと思います。
相手の言葉を受け止める「受け皿」の重要性
青山氏はこれまで、多くの素晴らしい恩師との出会いに恵まれ、その教えをすべて吸収しようという強い姿勢で熱心に話を聴き続けてきました。
しかし、いくら発信される言葉が尊く価値のあるものであっても、聴き手側の心の「受け皿」が小さければ、その器の大きさに応じた分しか言葉を受け止めることはできません。一所懸命に聴いているつもりであっても、実際には教えのほんの一部しか受け取れていないという現実があります。大切なのは、自分自身の受け皿を広げ、磨き続ける努力を怠らないことであるといえます。
固定観念がもたらす聴取の限界と自己の成長
ある化粧品会社での講演において、青山氏は外見を飾ることではなく、日々の生き方を通じて内面の人格を美しく磨き続けることの大切さを説きました。
しかし、講演後の質疑応答で出されたのは、普段の肌のお手入れに関する質問でした。日々美容を仕事にしている人々は、無意識のうちに自らの専門領域というフィルターを通してしか話を聴くことができなかったのです。
この経験から青山氏は、人間は自分の関心や固定観念の角度からしか物事を理解できない傾向があることを痛感し、年齢を重ねるごとに心の受け皿を少しずつでも広げていかなければならないと強く心に刻みました。
深まる理解と発信者としての覚悟
恩師の教えにある「大事な話は耳鳴りがするほど聴け」「毎回初めて聞く思いで」という言葉の通り、常に新鮮な気持ちで真摯に耳を傾ける姿勢が求められます。受け皿が成長していけば、半年後や一年後に同じ言葉を振り返った際、当時の自分の受け止め方の浅さに気づき、より深い意味を理解できるようになります。
また、聴く側だけでなく、伝える側としても成長を続けることが大切です。青山氏は長年指導を続ける中で、自らの経験や病の経験を経て、常に「これが最後になるかもしれない」という遺言のような深い覚悟を持って言葉を紡ぎ続けており、その真摯な姿勢が聴き手の心を打つのでしょう。
聴くほうばかりでなく、しゃべるほうでも成長していかなければならんと思っていますから、もうよい年をして六十年も尼僧堂で指導を続けておるのですが、話す内容もやっぱりどんどん変わってきていますね。年を重ね、ここ数年は立て続けに病気をしましたから、この頃は遺言のつもりで語りかけております。これが最後になるかもしれないな、という思いがいつもどこかにあるんです。ありがたいことだと思っております。

人事視点で考えてみる
組織における「聴く力」と心の器を広げるアプローチ
日々の業務や面談の中で、メンバーの声をどれだけ深く受け止められているかを振り返ることは、組織のエンゲージメントや心理的安全性を高める上で非常に有意義な視点となります。
青山氏が指摘するように、私たちはどれほど真剣に相手の話を聴いているつもりでも、自分自身の経験や現在の役職、あるいはこれまでの固定観念という「受け皿」のサイズに縛られてしまいがちです。
特に、相手の状況をよく知っていると思い込んでいる場合や、業務の効率性を重視するあまり、相手の言葉を自らの都合の良い枠組みに当てはめて解釈してしまう傾向があるかもしれません。
このような事態を和らげるための一手として、まずは自身の受け皿の偏りや小ささに自覚的になるような機会を設けることが考えられます。
例えば、定期的な1on1面談やフィードバックの場において、「相手が本当に伝えたかった意図は何か」「自分の解釈にバイアスがかかっていないか」を一歩立ち止まって検証する姿勢が大切になります。対話の中で生じる「こういう意味だろう」という先入観を一度手放し、白紙の状態で相手の言葉に向き合うことは、組織内のコミュニケーションをより豊かで本質的なものへと変化させる契機となるのではないでしょうか。
経験のバイアスを乗り越えるための仕組みづくり
青山氏の化粧品会社での講演のエピソードが示すように、人間は誰もが自分の専門分野や現在の関心事というフィルターを通して世界を見ています。企業内においても、職種やキャリアの長さ、過去の成功体験が強固なフィルターとなり、他者の新しい提案や本質的な訴えを見落としてしまうリスクが存在します。特にマネジメント層やベテラン社員ほど、これまでの豊富な経験が裏目に出てしまい、若手社員や異なるバックグラウンドを持つメンバーの声を「自らの知っている範囲の知識」へと無意識に縮小して受け止めてしまうことが懸念されます。
こうした課題に対しては、多角的な視点を取り入れるための研修や、異なる部門間でのリフレクションの場を定期的に設けることが有効なアプローチといえるでしょう。自らの常識とは異なる視点に触れることで、自身の受け皿の形状や限界に気づくことができます。お互いの「聴き方の癖」を客観的に見つめ直すワークショップなどを通じて、組織全体の聴く姿勢をアップデートしていくことがしたいところです。相手の言葉をそのままの形で受け止めるための柔軟性を養うことは、多様性を活かす組織づくりにおける強固な基盤となるにことでしょう。
「毎回初めて聞く思い」を促す学び直しの環境
青山氏の恩師の教えとして紹介されている「毎回初めて聞く思いで」という姿勢は、現代の企業組織におけるリレーニングやリスキルの文脈にも深く通じるものがあります。業務に慣れ親しむにつれて、私たちは研修の内容や上司からのアドバイス、あるいは顧客からのフィードバックに対して「知っている内容だ」と早合点し、真剣に耳を傾けることをやめてしまうことがあります。しかし、同じ言葉であっても、自分が置かれている状況や経験の深さによって、その時に得られる気づきは全く異なるはずです。
このように、過去の学びに満足せず、常に新鮮な気持ちで物事に向き合う文化を醸成するために、学びの節目での振り返りを推奨したいところです。一度受けた研修を数年後に再度受講した際、「あの時の受け止め方は浅かった」「今の自分だからこそ響く言葉がある」といった気づきを共有し合える環境があれば、自律的な成長が促進されます。
知識のインプットそのものを目的とするのではなく、自身の内面の変化や受け皿の広がりを実感できるような仕組みを整えることで、メンバー一人ひとりが生涯を通じて成長し続ける風土が築かれていくものといえるでしょう。
伝える側の覚悟と真摯なメッセージの発信
青山氏が「遺言のつもりで語りかけている」と述べているように、発信者側がどれほどの熱量と誠実さを持って言葉を届けるかという点も、組織のコミュニケーションにおいて極めて重要です。経営陣からのメッセージや、社内の方針説明など、組織の上層部から発信される言葉がメンバーの心に響かないケースが見られますが、それは伝える側の言葉に形式的な綺麗事や表面的な取り繕いがあるからかもしれません。発信者が自らの失敗談や、言葉の背景にある真摯な想い、時には自らの弱さをも率直に語ることで、聴き手側の心の器を開くことにつながります。
そのためには、単に決定事項を伝えるだけのアナウンスにとどまらず、その決定に至ったストーリーや、発信者自身の熱い想いが伝わるような対話の場をデザインすることが考えられます。言葉を綺麗に飾るのではなく、魂を込めて語りかけるようなコミュニケーションのあり方を提示していくことで、受け手側も「耳鳴りがするほど真剣に聴こう」という姿勢に変わっていくのではないでしょうか。伝える側と聴く側の双方が真剣に向き合い、互いの受け皿を広げ合えるような、温かみと深みのある組織文化を丁寧に育んでいきたいものです。
致知出版社が 50年近く探究してきた「人間学(=人間性を高める学び)」をテーマに、365人のプロフェッショナルの強烈な体験談から、 時代、業種、年齢、立場を越えて通底する「仕事と人生の法則」、「幸福に生きるためのヒント」を結晶化させた、全世代に贈る教科書です。
(=致知出版社の紹介から引用)
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