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【書籍】命を懸けるほどの熱量をどう活かすか? 多様なプロ意識が共存する組織へ:庄司夏子氏からの学び

 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp372「11月27日:世界を変えるには命を懸けないといけない(庄司夏子「été」オーナーシェフ)」を取り上げたいと思います。

一点突破のランディング戦略

 マンションの一室、無名の状態からレストランを開業するという圧倒的に不利な状況下で、庄司氏がとった戦略は極めて冷徹かつ情熱的なものでした。「無名の女性シェフの店に客は来ない」という現実を直視し、まずはレストランではなく「ケーキの販売」から着手します。それもただのケーキではなく、見た瞬間にブランドが認知されるような象徴的なプロダクトを生み出すこと。こうして誕生したのが、薔薇を模したマンゴータルト「フルール・ド・エテ」でした。

 メディア露出をこのタルト一点に絞り、「マンゴータルトといえばエテ」という認知を徹底させる戦略は功を奏し、予約困難な幻のケーキとして評判を呼びます。この成功で得た資金と信用を基盤に、25歳で念願のレストラン「エテ」をオープンさせました。

利益度外視の「納得」が生む未来の価値

 レストラン開業後も決して順風満帆ではなく、経営的な苦境に立たされることもありました。しかし、そこでの判断基準は「利益が出るか」ではなく「自分が納得できるものか」でした。

 一見して採算が合わない仕事であっても、納得のいくクオリティを追求し続ける。その場での利益は生まなくとも、その姿勢が確実な「評価」として蓄積され、結果として後の大きな成果へと結びついていきました。目先の数字よりも、妥協なきクリエイティブが長期的な信頼という資産を築くことを実証しています。

原体験としての「混沌」とレジリエンス

 華やかな成功の背景には、壮絶な原体験がありました。知的障碍や摂食障害を抱える妹さんと過ごした日々は、家庭内が常に混沌としており、思春期の庄司氏にとっては「地獄」とも呼べる環境でした。当時は妹の存在を疎ましく思うこともあったといいます。

 しかし、時を経て、その過酷な経験こそが現在の自分を支えていることに気づきます。「あの苦しみに比べれば、どんな仕事の辛さも乗り越えられる」という強靭な精神力は、妹さんの存在があったからこそ育まれたものでした。かつての苦悩を、現在を生き抜く力、感謝へと昇華させています。

「命を懸ける」という没頭の領域

 何事かを成す人間の姿勢について、庄司氏はダンス教室の生徒を例に挙げます。レッスン中だけ踊る人と、終わった後も四六時中ダンスのことを考えている人。当然、後者が上達します。

何かをしようとする時、二つのパターンの人間がいると思っています。ダンス教室に通うAさんとBさんがいて、Aさんはダンスレッスンだけ、Bさんはレッスンを終えた後も四六時中ダンスのことを考えている。どちらが上手くなるかといえば、当たり前にBさんなわけですよ。要するに、目標に対してどれだけの気持ちと体力を注げるかだと思います。

 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)p372より引用

 世界を変えるほどの成果を残すには、目標に対してどれだけの熱量と時間を注げるかが決定打となります。友人と遊ぶ時間やライフイベントを犠牲にしてでも、脇目も振らず前進する時期が必要であるという考えです。「世界を変えるには命を懸けないといけない」という言葉には、プロフェッショナルとしての凄味と覚悟が凝縮されているように感じました。

組織における「熱量」の活かし方と、個人の背景への眼差し

「象徴」をつくる採用ブランディングの一手

 庄司氏が「マンゴータルト」という一点に絞って認知を獲得したプロセスは、企業の採用ブランディングや組織文化の醸成においても非常に示唆に富んでいます。

 企業が魅力を発信する際、あれもこれもと総花的にアピールしてしまい、結局何が強みなのか伝わらないケースは少なくありません。「働きやすさ」も「成長」も「安定」も、と欲張るのではなく、「うちはこれだ」と言い切れる象徴的な強み(キラーコンテンツ)を一つ定義してみる。

 例えば、「圧倒的な技術的挑戦ができる」あるいは「どこよりも泥臭く顧客に向き合う」といった、その会社ならではの「マンゴータルト」にあたる独自の価値を研ぎ澄ませることで、それに共鳴する濃い人材を引き寄せることが可能になると考えられます。まずは一点、誰にも負けない認知を築くことが、結果として組織全体のブランド価値を高めることに繋がるのではないでしょうか。

短期的な効率と、長期的価値のバランス

 「利益が出ない仕事でも、納得のいくものをつくり続けた」というエピソードは、効率化や生産性が重視される現代の企業組織において、ハッとさせられる視点です。

 組織運営において、KPIや短期的なROI(投資対効果)の追求は不可欠ですが、それだけで評価を完結させてしまうと、将来の「大化け」につながる芽を摘んでしまう恐れがあります。一見無駄に見えるこだわりや、採算度外視の熱中の中にこそ、他社が模倣できない独自の価値が生まれる源泉があるのかもしれません。

 評価制度やマネジメントにおいて、数字には表れにくい「質の追求」や「美学へのこだわり」をどう承認し、守り育てるか。短期的な効率性とは別の軸で、社員が納得感を追求できる余白や「聖域」のようなプロジェクトを設けることも、組織の持続的な競争力を高めるための一つの選択肢となりそうです。

「ダンサーB」が生まれる環境の再定義

 庄司氏の挙げる「ダンスレッスンの後も四六時中ダンスのことを考えている人(ダンサーB)」が圧倒的に伸びるという話は、人材育成の核心を突いています。しかし、企業組織において、これを社員全員に「義務」として求めれば、それは過重労働やハラスメントになりかねません。

 ここで考えたいのは、社員が自発的に「ダンサーB」の状態になりたくなるような、内発的動機づけの環境デザインです。「やれと言われたからやる」のではなく、「面白くてつい考えてしまう」「解決したくてたまらない」というフロー状態をいかに作り出すか。

 そのためには、個人の「Will(やりたいこと)」と会社のミッションを丁寧に接続する対話や、没頭を妨げる無駄な社内調整などのノイズを取り除く支援が効果的でしょう。命を懸けることを強要するのではなく、結果として夢中になってしまうような「問い」や「ミッション」を提示することが、組織側ができるアプローチと言えるのではないでしょうか。

個人の「背景」をレジリエンスとして捉える

 庄司氏が妹さんとの壮絶な日々を糧にしているように、社員一人ひとりにも、履歴書や職務経歴書には書かれない「人生の背景」があります。

 採用や配置の場面において、華やかな実績やスキルセットに目が向きがちですが、その人がどのような逆境を乗り越えてきたか、どのような原体験が今の価値観を形成しているかという「ナラティブ(物語)」に耳を傾けることも大切にしたいところです。

 一見するとビジネスとは無関係に見える個人の苦労や葛藤の中にこそ、困難な状況を打破するレジリエンスや、他者への深い共感性、あるいは強烈なハングリー精神が隠されていることがあります。多様な背景を持つ人材を受け入れ、その「違い」を組織の強さとして統合していく(インクルージョン)姿勢が、組織全体の打たれ強さを底上げすることに繋がるかもしれません。それを聞くこと自体は難しいかも知れませんが、可能性の一つとしてはとっておきたいところです。

プロフェッショナリズムの多様性を認める

 最後に、庄司氏のような「命を懸ける」タイプのトップランナーと、ワークライフバランスを重視するメンバーが共存する組織をどう運営するか、という視点も重要です。

 全員が同じ熱量で走ることは現実的ではありませんし、組織の安定性を欠くことにもなります。突き抜けた成果を出す「突破型」の人材には、裁量を与えて自由に走らせる一方で、組織の基盤を支える「守備型」の人材には、安定した環境と明確な役割を提供する。

 画一的なマネジメントではなく、それぞれの「仕事への向き合い方」を尊重し、個性がぶつかり合わずに補完し合うようなチーム編成を心がけること。それが、多様な「強み」を最大限に活かすための、組織づくりの要諦いえるのではないでしょうか。


致知出版社が 50年近く探究してきた「人間学(=人間性を高める学び)」をテーマに、365人のプロフェッショナルの強烈な体験談から、 時代、業種、年齢、立場を越えて通底する「仕事と人生の法則」、「幸福に生きるためのヒント」を結晶化させた、全世代に贈る教科書です。
(=致知出版社の紹介から引用)


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