成果を生み出す力:人事戦略に活かすコンピテンシーの本質ー川上真史氏の視点から考察する
川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #43 コンピテンシー」というテーマを取り上げます。
現代のビジネスシーンにおいて、「コンピテンシー」という言葉は広く浸透し、多くの企業で人事評価や人材育成の文脈で活用されています。
一方で、その概念はしばしば漠然と捉えられがちで、「コンピテンシーとは具体的に何を指すのか」という点について、明確な理解が共有されているとは言い難い状況も見受けられます 。
今回は、コンピテンシーの本質を深く掘り下げ、その重要性について議論しています。私も改めて確認してみて、人事としてどう活かしていくのかを検討したいと思います。
「インプット力」と「アウトプット力」:コンピテンシーの本質
まず、コンピテンシーを理解する上で欠かせないのが、一般的に「能力」と呼ばれるものとの対比です。私たちが学校教育などで触れる「能力」は、多くの場合、知識の量や理解力の速さ、記憶力の高さといった「インプット力」に焦点が当てられています 。テストの点数が高い、多くの情報を知っている、複雑な内容を素早く理解できるといった能力は、確かに「優秀さ」を示す指標の一つと見なされがちです 。
しかし、川上氏は、コンピテンシーとはこのインプット力とは異なり、「アウトプット力」、すなわち「成果に結びつくかどうか」という視点で捉えるべき能力であると強調します 。
インプット力(正解主義)の限界とコンピテンシー的アプローチ
重要なのは、インプット力が高いことが、必ずしもアウトプット力の高さに直結するわけではないという点です 。どれほど豊富な知識を持っていても、それを実際の業務で活用し、具体的な成果を生み出せなければ、ビジネスの世界では価値を発揮しにくいのが現実です。インプット力に偏重する人は、「自分はこう習った」「以前はこのやり方でうまくいった」「皆がそうしている」といった過去の経験や一般的な正解とされるものに基づいて行動しようとする傾向があります 。
しかし、変化の激しい現代においては、過去の正解が通用しなくなったり、状況に応じて最適なアプローチが異なったりすることが少なくありません 。これに対し、コンピテンシーが高い人材は、常に「今、この状況の中で、自分が、この成果を生み出すために、まずできる最適なアプローチは何か」という問いを自らに投げかけ、思考し、行動します 。彼らは、目の前の課題や目標達成に向けて、自身の持つ知識やスキル、経験といった資源を最大限に活用し、時には既存の方法にとらわれず、新たな工夫を凝らしながら最適な解決策を模索し、実行に移すことができるのです。
仕事の難易度とコンピテンシーの役割:ノウハウと成果を繋ぐ力
仕事の難易度という観点から見ると、コンピテンシーの重要性はさらに際立ちます。比較的難易度の低い定型的な業務であれば、確立されたノウハウや手順(知識、経験、スキルなど)を忠実に実行したり、前向きな態度や意欲を示したりするだけで、ある程度の成果を期待できるかもしれません 。
しかし、仕事の難易度が上がるにつれて、単に知識を持っているだけ、あるいは意欲があるだけでは太刀打ちできなくなります 。持っている知識に応用を加えたり、他のメンバーが持つ知識やスキルを巻き込んで協力体制を築いたり、状況に合わせて戦略を柔軟に変更したりするなど、複雑な要因が絡み合う中で成果を出すためには、高度な「工夫」や「応用力」が不可欠となります。川上氏によれば、コンピテンシーとは、この「ノウハウ・態度」と「成果」の間にあるギャップを埋め、両者を繋ぐ力であると言えます 。
コンピテンシーを高めるには:成果志向の意識と4つの思考プロセス
では、この重要なアウトプット力、すなわちコンピテンシーはどのようにして高めることができるのでしょうか。川上氏は、単なる知識の詰め込みや訓練とは異なり、常に成果を意識し、それを生み出そうとする意欲やマインドセットが根幹にあると指摘します 。その上で、日々の業務において以下の思考プロセスを意識的に繰り返すことが、コンピテンシーの向上に繋がると提言しています。
コンピテンシー向上のための具体的な思考プロセス
「今、生み出すべき成果は何か」を明確に定義する
会議であれば「特定の参加者から特定の承認を得る」など、具体的なゴールを設定します 。ゴールが曖昧では、型通りの行動に終始してしまいます。「成果創出に向けて、自分を取り巻く状況(特に困難な状況)はどうなっているか」を客観的に把握する
目標達成を阻害する可能性のある要因、例えば「反対意見を述べそうな人がいる」「必要な情報が不足している」といった困難な点を具体的に洗い出します 。「自身が使える能力的な資源には何があるか」を棚卸しする
その困難を乗り越え、成果を出すために活用できる自分の強み、知識、経験、人脈、データなどをリストアップします 。「どのような工夫を加えた行動をとるべきか」を考え、実行する
特定のデータを提示するにしても、単に数字を見せるだけでなく、より説得力が増すようにグラフ化する(例:レーダーチャートの活用)。さらに、それを提示するタイミングや方法(例:反対意見が出る前に別の角度から説明し、反論の余地をなくす)まで戦略的に考え、最も効果的な形で行動に移します 。この一連のプロセス「成果の定義 → 状況(困難)の把握 → 資源の確認 → 工夫を加えた実行」を、日々の仕事の中で意識的に実践し続けることが、コンピテンシーを高める鍵となります。
具体例:タクシーの座席にみるコンピテンシー
川上氏は、タクシーに乗る際の個人的な体験談を例に挙げ、この違いを分かりやすく説明しています 。体調が悪いため手前の席に座りたいと伝えても、「遠慮なさらず奥へどうぞ」とマナー(一般的な正解=インプット)を優先されて不快な思いをした経験 。これに対し、コンピテンシー的な対応であれば、相手(川上氏)の状況を察し、「お体の具合が悪いと伺っているので、手前の方が楽でしょう。私が先に奥へ乗りますので、どうぞこちらへ」と、相手が心地よく移動できる状態(成果=アウトプット)を最優先に考えた行動をとるだろう、と述べています 。
人事におけるコンピテンシーの活用:採用と育成への示唆
こうしたコンピテンシーの考え方は、人材採用や育成の場面においても極めて重要です。採用においては、学歴や資格といったインプット力だけでなく、過去の経験から「どのように状況を分析し、工夫して成果を出してきたか」というアウトプット力を示すエピソードを重視する必要があります 。また、部下育成においては、上司が日頃から部下との対話を通じて、「この仕事で目指す成果は何か」「その達成を阻む課題は何か」「君が使える強みや資源は何か」「それをどう工夫して活かすか」といった問いかけを繰り返し、部下自身がコンピテンシー的な思考プロセスを習慣化できるようサポートしていくことが求められます 。
まとめ:変化の時代に求められる「成果を生み出す力」
コンピテンシーとは、単に知識やスキルを持っていることではなく、「変化する状況の中で、自ら考え、工夫し、周囲を巻き込みながら、粘り強く成果を生み出すための総合的な力」であると言えます。従来の正解が通用しにくくなった現代のビジネス環境において、組織としても個人としても、このコンピテンシーをいかに高めていくかが、持続的な成長と成功を実現するための重要な鍵となるでしょう。
人事戦略におけるコンピテンシーの重要性
私も、組織の持続的な成長を支える人材戦略を策定・実行する上で、「コンピテンシー」という概念に注目しています。多くの企業で導入が進んでいますが、その本質的な意味と活用法を正確に理解し、人事諸制度に効果的に組み込むことが、人材の価値を最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させる鍵となります 。ここからは、コンピテンシーの概念を人事の視点から整理し、採用、評価、育成といった具体的な人事施策への応用可能性を探いっていきます。
採用・選考:「インプット力」偏重からの脱却
従来の採用活動では、学歴、資格、知識量といった「インプット力」が重視される傾向がありました 。しかし、これらが必ずしも入社後の「アウトプット力」、すなわち実際の業務における成果創出能力に直結しないことは、多くの人事担当者が経験的に認識しているところです 。
コンピテンシー採用とは、候補者が持つ知識やスキルそのものだけでなく、それらを「いかに活用して成果に結びつけてきたか」という行動特性を見極める試みです。「自分はこう学んだ」「皆がこうしている」といった思考に留まらず、「この状況で成果を出すために、最適なアプローチは何か」を考え、行動できる人材 こそ、変化の激しい現代のビジネス環境で活躍できる可能性が高いと言えます。
採用面接においては、過去の具体的な行動事例(STARメソッドなど)を通じて、困難な状況下での課題解決能力や成果達成に向けた工夫・行動を深掘りし、コンピテンシーレベルを評価することが不可欠です。
人材評価:成果創出プロセスと行動の可視化
人事評価制度においても、コンピテンシーは重要な評価軸となります。単に業績目標の達成度(結果)を評価するだけでなく、その成果に至るまでのプロセスにおいて、どのようなコンピテンシーが発揮されたかを評価に取り入れることが重要です。具体的には、「目標達成のためにどのような困難な状況を認識し 、自身の持つ知識やスキル(資源)をどのように工夫して活用し 、行動したか 」といった点を評価項目に設定することが考えられます。これにより、再現性のある高いパフォーマンスを発揮する人材(ハイパフォーマー)の行動特性を可視化し、他の従業員の模範として示すことが可能になります。
育成・開発:知識偏重から行動変容を促すアプローチへ
従業員の能力開発においても、コンピテンシーの視点は不可欠です。従来の知識・スキル習得を目的とした研修(インプット中心)に加え、学んだ知識を実際の業務で活用し、成果に繋げるための行動変容を促す育成体系の構築が求められます。例えば、特定の状況を設定し、成果目標の定義、状況分析、資源の特定、行動計画の立案と実行というコンピテンシー発揮のプロセス をシミュレーションする研修や、OJTにおける上司からの具体的なフィードバック(「この場面での成果は何か?」「それを阻む課題は?」「どう工夫して乗り越えるか?」といった問いかけ )を通じて、従業員一人ひとりのコンピテンシー向上を支援することが有効です。
組織開発:コンピテンシー基盤の強化と組織能力向上
個々の従業員のコンピテンシー向上は、組織全体の能力向上に直結します。特に、業務の難易度が高まり、既存のノウハウだけでは対応できない複雑な課題が増える中で、従業員一人ひとりがコンピテンシーを発揮し、主体的に考え、工夫し、行動することが組織の競争優位性を左右します 。人事は、コンピテンシーモデルを組織全体で共有し、それが評価や育成、配置、報酬といった人事制度全体に一貫して反映されるよう設計・運用することで、コンピテンシーを重視する組織文化を醸成し、組織全体の成果創出力と変化対応力を高めていく役割を担います。
まとめ:人事が推進すべきコンピテンシー経営
人事にとってコンピテンシーとは、単なる評価項目の一つではなく、採用から育成、評価、配置に至る人事システム全体の基盤となるべき重要な概念です。知識やスキルといった「インプット」だけでなく、それらを活用して「アウトプット」としての成果を生み出す力を正しく見極め、育成していくことこそが、これからの時代に求められる人事戦略の核心といえるでしょう。私たち人事は、コンピテンシーの概念を深く理解し、それを組織に浸透させ、従業員一人ひとりの、そして組織全体の持続的な成長を支援していくことが強く求められています。

