正解のない時代の羅針盤──「解く力」より「問う力」を鍛える人材育成の視点ーAoba-BBT経営人材育成サミット2025:内田和成氏、政元竜彦氏
Aoba-BBTの「次世代経営人材育成サミット2025」。11月6日に、『「問いを立てる力」が、人を動かす〜次世代経営人材の“考える起点”を育むには〜』というテーマで開催されました。登壇者は内田和成 氏(早稲田大学名誉教授/東京女子大学特別客員教授)、政元竜彦氏(株式会社Aoba-BBT 取締役副社長)でした。

正解のない時代における「問い」の重要性
ビジネス環境における不確実性が高まる現代において、最も重要な能力の一つが「問いを立てる力」です。かつての学校教育では、与えられた問題をいかに早く正確に解くかが重視されてきました。しかし、ビジネスの世界、特に何が起こるかわからない現代においては、解くべき課題そのものを自分で見つけ出し、解決策を考えることが基本となります。
著名な経営学者ピーター・ドラッカーは、「経営における最も重大な過ちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えを出すことだ」と述べています。課題設定の段階で間違ってしまえば、どれほど優れた解決策を実行しても成果にはつながりません 。膨大な事象の中から「今、解くべき本当の問題は何か」を見極める力こそが、リーダーに求められる最重要スキルと言えるでしょう。
視座によって変化する「論点」の本質
物事を捉える際、「誰の視点で見るか」によって、見えてくる課題(論点)は全く異なります。
例えば、スーパーマーケットのレジに行列ができている場面を想像してみます。客の立場であれば「どの列に並ぶのが早いか」「もっと効率的な並ばせ方があるはずだ」といった不満や改善案が浮かびます 。一方で、現場の店長であれば「スタッフのシフト配置は適切か」「ベテラン店員の不足が原因か」と考えるかもしれません。
さらに経営者の視座に立てば、「有人レジの人件費コストと顧客満足度のバランス」や「全店舗へのセルフレジ導入の投資対効果」といった、より大きな経営資源の配分に関わる問いが生まれます。
このように、一つの事象に対しても、立場(誰の課題を解決するのか)によって「正解」となる打ち手は変わります。したがって、問いを立てる際には、自分がどの立場で、誰の課題を解決しようとしているのかを自覚的になることが不可欠です。もし上司や経営陣に提案をするのであれば、担当者視点だけでなく、経営者が見ている景色や課題感を想像し、視座を合わせた問いを設定する必要があります。
データの裏側にある真因を深掘りする
問いを立てる力を養うためには、表面的なデータや現象を鵜呑みにせず、「本当にそうか?」と疑い、深掘りする思考が求められます。 セミナーでは、クリーニング店の店舗数が減少し、コインランドリーが増加しているというデータが紹介されました。一見すると「コインランドリーがクリーニング店の需要を奪っている」ように見えますが、生活者の実感を伴って深く考察すると、異なる側面が見えてきます。実際には、ワイシャツやスーツなどのクリーニング需要が、オフィスカジュアル化や形状記憶素材の進化、在宅勤務の普及によって減少している可能性があります。
一方で、コインランドリーは、家庭の洗濯機では洗えない布団などの大物洗いや、まとめ洗いのニーズ(家事の時短)といった、これまでクリーニング店が扱っていなかった新たな需要を開拓しているとも考えられます。 このように、安易に因果関係を決めつけず、自分の経験や感覚、そして多面的な視点を用いて「なぜそのような変化が起きているのか」という背景のロジックを探ることが、本質的な課題発見につながります。
仮説検証と「思考のデータベース」の構築
優れた問いを立てるためには、論理的思考(ロジカルシンキング)だけでは不十分であり、直感や経験に基づく「思考のデータベース」を豊かにすることが重要です。内田氏は、自身の専門分野や得意領域におけるデータベース(知識や経験の蓄積)が充実しているからこそ、違和感に気づき、鋭い問いを立てることができると説きます。
そして、立てた問いに対しては、必ず自分なりの「答え」を考え、それを検証するプロセスを回すことが成長の鍵となります。たとえ自分の提案が採用されなくても、「もし自分の案を実行していたらどうなったか」「なぜ上司は別の判断をしたのか」を事後的にシミュレーションし、結果と照らし合わせることで、自身のデータベースは更新され、経営者視点が養われていきます。
実践的トレーニング「RTOCS」の効用
後半では、Aoba-BBTの政元氏より、こうした力を鍛えるための具体的なトレーニング方法が紹介されました。その核となるのが「RTOCS(Real Time Online Case Study)」です。これは、「もしあなたが〇〇社の経営者だったらどうするか」というお題に対し、現在進行形の経営課題として取り組むメソッドです。
過去の事例ではなく、正解のない現在の課題に対して、自ら情報を収集し、分析し、本質的な課題を特定し、解決策を提言します。 このトレーニングを毎週繰り返し行うことで、多様な業界や状況における「思考の型」が身につき、経営者としての視座や視野の広さを獲得することができます。
また、自分一人で考えるだけでなく、バックグラウンドの異なる他者と議論(他流試合)を行うことで、自分自身の思考の癖や限界に気づき、新たな視点を取り入れることが可能になります。問いを立てる力は、講義を聞くだけで身につくものではなく、こうした実践的な反復練習と、他者との知的摩擦によってこそ磨かれるものだといえるでしょう 。
私もBBT大学院にてRTOCSをやり、今も継続してやること350回弱になりました。これだけやるとさすがに見えてくるももは違ったものがあるものです。

企業人事が考える「問いを立てる力」の活かし方
人材育成における「課題設定力」の再評価
今回のセミナー内容を受け、企業における人材育成のあり方を改めて見直してみると、これまでの教育研修が「解決策の策定(How)」に偏重していた可能性に気づかされます。ロジカルシンキングやプレゼンテーションスキルといった「与えられた課題をうまく解く・伝える」スキルの強化は多くの企業で実施されていますが、「そもそも何を解くべきか(What/Why)」を問う力の育成は、まだ十分ではないかもしれません。
特に、次世代リーダーや管理職層に対しては、正解のない状況下で自ら課題を定義するトレーニングを、意識的に組み込んでいくことが一つの手だと考えられます。例えば、研修の中に「自社の課題を経営者視点で再定義する」といったワークを取り入れたり、既存の業務改善提案においても、その解決策の良し悪しだけでなく「なぜその課題に着目したのか」「それは誰の視点での課題か」という上流の思考プロセスを評価軸に加えることも、組織全体の視座を高めるきっかけになるのではないでしょうか。
視座の転換を促す「シミュレーション」の効用
内田氏や政元氏が強調されていた「もし自分が経営者だったら」という視点の転換は、現場で働く社員にとって、普段の業務ではなかなか得難い感覚です。現場の担当者は、どうしても目の前の業務や自部門の利益最適化(部分最適)に意識が向きがちです。 そこで、人事として提供できる価値の一つは、意図的に「視座を強制的に上げる場」を作ることだと考えられます。RTOCSのようなケーススタディを用いたり、あるいは実際の自社の経営課題を題材にして、部門横断的なプロジェクトチームで議論させたりすることも有効でしょう。
重要なのは、単に知識をインプットするのではなく、「自分が意思決定者である」という当事者意識を持たせるシミュレーションの機会です。「もし自分が社長なら、このリソースをどう配分するか」「なぜ経営層はこの判断を下したのか」を常に考えさせるような問いかけを、日常のOJTや1on1の中でマネジャー層が部下に行うよう、カルチャーとして浸透させていくことも、人事として支援できるポイントかもしれません。
専門職としての「人事の問い」を磨く
また、この「問いを立てる力」は、私たち人事自身にとっても極めて重要なスキルであると痛感します。 人事はしばしば、現場から「人が足りない」「研修をしてほしい」といった要望(解決策)を直接受け取ることがあります。しかし、そこで言われた通りの解決策を実行するだけでは、本質的な課題解決にならないことが多いものです。スーパーのレジの例にもあったように、「人が足りない」という現象の裏には、配置の問題、業務プロセスの非効率、あるいはモチベーションの低下など、様々な真因が潜んでいる可能性があります。
現場からの要望に対して、「それは誰の課題なのか」「なぜ今その問題が起きているのか」「研修以外のアプローチはないか」といった問いを立て直し、経営的なインパクトと現場のリアリティを行き来しながら本質的な課題を特定する。そうした「診断力」とも言えるスキルこそが、これからの人事に求められる専門性の一つではないでしょうか。
データ活用(ピープルアナリティクス)においても同様です。単に離職率やエンゲージメントスコアの推移を見るだけでなく、「この数字の変動は何を意味しているのか」「表面的な数字に隠れた社員の心理的変化は何か」という仮説を立て、深掘りしていく姿勢が、実効性のある人事施策につながると考えられます。
異質な他者との「知的摩擦」の創出
最後に、セミナーで触れられていた「他流試合」の重要性についても、組織開発の視点から活かせる要素が多々あります。 同質性の高い組織の中だけで議論をしていると、どうしても「前提」が共有されすぎてしまい、問いの質が鋭くなりません。社内の「常識」を疑うような鋭い問いを生み出すためには、異なるバックグラウンドや視点を持つ人材同士が交わる場が必要です。
人事としては、部署を超えたタスクフォースの組成や、社外交流の推奨、あるいはキャリア採用者の視点を積極的に取り入れる仕組みづくりなど、「異質な知」が交差する環境を整えることが考えられます。そうした「よそ者」の視点や「素朴な疑問」が、組織の中に凝り固まった固定観念を解きほぐし、新たなイノベーションの種となる問いを生み出す土壌になるはずです。
個人のスキルアップ支援にとどまらず、組織全体として「良質な問い」が生まれ、それが歓迎される風土を醸成していくこと。それもまた、私たち人事が目指したい組織づくりの一歩ではないでしょうか。

