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なぜ、あの人は成長し続けるのか?企業の業績を左右する「達成動機」ー川上真史氏

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #49 達成動機」というテーマを取り上げます。

 今回は、企業活動において極めて重要な「達成動機」という心理的要素に焦点を当て、その本質、形成プロセス、そして向上させるための具体的なアプローチについて解説しています。「達成動機」、組織開発でも非常に重要なワードです。考察をすすめてみます。

はじめに:人を動かす3つの「社会的動機」

 私たちの行動の源泉には、社会生活を営む上で根源的となる「社会的動機」があり、これは大きく3つに分類されるとされています。デイビッド・マクレランドの研究に基づくこの理論は、個人の行動特性や組織の力学を理解する上で重要な示唆を与えてくれます。

 第一に「達成動機」です。これは、周囲からの評価や金銭的な報酬といった外的な要因とは関係なく、「より高い成果を成し遂げたい」「困難な課題をクリアしたい」という内的な欲求を指します。自己の成長や能力の証明そのものに喜びを見出す動機です。

 第二に「親和動機」があります。これは、他者と良好で友好的な関係を築き、維持したいという欲求です。集団に受け入れられ、好かれたいという思いが行動の背景にあります。ポジティブな側面では「良い環境を作りたい」という意欲に繋がりますが、ネガティブな側面では「嫌われたくない」という回避的な動機にもなり得ます。

 第三が「パワー動機」です。これは、他者に影響を与え、コントロールしたい、そして自らが他者から承認されたいという欲求を指します。リーダーシップを発揮したり、自分の意見を主張したりする行動の源泉となります。かつては「承認動機」が独立していましたが、現在ではパワー動機の一種として統合されています。

 これらの3つの動機は、誰もが持っていますが、その強弱のバランスは人によって異なります。また、人は常に自身の動機通りの行動をとるわけではありません。仕事上の役割や課題といった外部からの要請があれば、自身の動機とは異なる行動も選択できます。しかし、自身の根源的な動機と異なる行動をとり続けることは、ストレスの原因になり得ると指摘されています。

企業成長の鍵を握る「達成動機」の重要性

 3つの社会的動機の中で、特に企業の持続的な成長と業績向上において最も重要視されるのが「達成動機」です。マクレランドは、世界中の歴史的な物語を分析し、達成動機に満ちた物語が多く書かれている時代の国は、国力が高まっているという興味深い相関関係を発見しました。

 この発見は、企業組織にも当てはまります。社内に達成動機の高い従業員が多ければ多いほど、その企業は高い業績を上げる傾向にあるのです。彼らは、誰かに指示されなくても、自ら高い目標を掲げ、その達成に向けて邁進します。現状維持に満足せず、常により良い成果、より高いレベルを求める姿勢が、組織全体の革新と成長のエンジンとなるのです。単に仲良くしたい(親和動機)だけでも、他者をコントロールしたい(パワー動機)だけでも、業績への直接的なインパクトは限定的です。自発的に成果を追求する「達成動機」こそが、企業を前進させる原動力といえるでしょう。

「できた!」の喜びが達成動機を育むメカニズム

 では、この重要な達成動機は、どのようにして人の心の中に生まれるのでしょうか。そのプロセスは、非常にシンプルで、誰もが経験したことのある感覚に基づいています。

 すべての始まりは、「初めて何かが自分の力で達成できた」という原体験です。それは、逆上がりが初めてできた瞬間かもしれませんし、自転車に補助輪なしで乗れた瞬間かもしれません。この時、私たちは何ものにも代えがたい、純粋な喜びと興奮を感じます。

 この強烈なポジティブな感情は、「もう一度、あの喜びを味わいたい」という強い欲求を生み出します。そして、その欲求を満たすために、人は自ずと次なる挑戦へと向かいます。ここで重要なのは、前回と同じレベルの成功では、もはや最初の時ほどの喜びは得られないということです。一度登った山に再び登っても、初登頂の感動は再現されません。そのため、人は無意識のうちに「より高いことへのチャレンジ」を選択するようになります。

 この「成功体験 → 喜び → 再体験欲求 → より高難度への挑戦」というサイクルこそが、達成動機が形成され、強化されていくプロセスです。この動機の報酬は、外部から与えられる金銭や賞賛ではなく、自分自身の心の中から湧き上がる「達成感」という内的な報酬です。だからこそ、達成動機は自律的で、持続性の高い、強力な動機となり得るのです。

大人になってからでも遅くない、達成動機を高める習慣

 達成動機は、主に物事を分析的に捉える前の幼少期に形成されやすいという研究結果があります。子どもは、例えば息継ぎができずに5メートルしか泳げなくても、「泳げるようになった!」と純粋に喜ぶことができます。しかし、大人は同じ状況を「まだ5メートルしか泳げない。これは泳げるとは言えない」と冷静に分析してしまいがちで、素直な達成感を得にくい傾向があります。

 では、大人になってから達成動機を高めることは不可能なのでしょうか。講義では、決してそうではないと述べられています。鍵となるのは、「小さな成功や成果を認知する習慣づけ」です。

 日常生活や仕事の中には、大きな成功だけでなく、数多くの小さな成功や成果が溢れています。例えば、「今日のプレゼン資料は分かりやすく作れた」「お客様からの難しい質問に的確に答えられた」といった些細なことです。これらの小さな「できた」を、自分自身で意識的に拾い上げ、認知する習慣を持つことが重要です。

 ある接客業の企業では、プロフェッショナルとして大成する社員は、新人時代に「当たり前のことをしただけなのに、お客様にすごく喜ばれた」という経験を持ち、そこから顧客の小さな反応や自分自身の小さな工夫といった「成果」を敏感に認知する力を身につけていた、という分析結果が出ています。

 このような習慣を持つ人は、例えば顧客から理不尽なクレームを受けた際にも、「面倒な仕事だ」と捉えるのではなく、「10分間、お客様の不満に耳を傾け続けられた自分はすごい」というように、困難な状況の中にも自分の「成果」を見出すことができます。このように、どんな状況でも自分の行動の中に達成を見出す力をつけることで、達成動機は大人になってからでも着実に高まっていくのです。

 企業が、上司が部下の小さな成果を見つけてフィードバックする仕組みを整えたり、個人が日々の小さな成功を意識的に振り返ったりすること。こうした地道な積み重ねが、組織と個人の成長を促す達成動機を育む上で、非常に有効なアプローチとなります。

人事視点から見た「達成動機」の活かし方

 川上氏の講義で示された「達成動機」に関する知見は、企業の人的資源管理を担う人事部門にとって、採用、育成、組織開発といったあらゆる領域で応用可能な、非常に価値のあるフレームワークです。
 企業の持続的な成長の鍵が「人」にあることは言うまでもありませんが、その「人」のポテンシャルを最大限に引き出し、組織の力へと変えていくために、達成動機という概念をどのように活用できるかを考察します。

採用:ダイヤモンドの原石、「達成動機」を秘めた人材を見抜く

 企業の成長は、どのような人材を組織に迎え入れるかに大きく左右されます。達成動機の高い人材は、入社後も自律的に成長し、組織の業績に貢献してくれる可能性が高い、まさに「ダイヤモンドの原石」です。採用面接の場で、この原石を見抜くためには、以下のような視点での質問が有効です。

  • 過去の成功体験の深掘り
     「学生時代や前職で、最も『やり遂げた』と感じる経験は何ですか?」という問いから始め、「なぜその目標を立てたのですか?」「目標達成の過程で最も困難だったことは何ですか?」「その困難をどのように乗り越えましたか?」「達成した瞬間、どのように感じましたか?」と、5W1Hを用いて執拗に深掘りします。ここで重要なのは、成果の大小ではなく、そのプロセスにおける本人の思考や感情です。自らの意思で高い目標を設定し、困難に主体的に向き合い、達成そのものに喜びを見出しているかどうかが、達成動機の高さを示すシグナルとなります。

  • 「やらされ感」のない目標設定
     「ご自身で、何か目標を立てて取り組んでいることはありますか?」と問いかけ、その内容が誰かに与えられたものではなく、自らの興味や問題意識に基づいているかを確認します。周囲からの評価や報酬といった外発的動機ではなく、「できるようになりたいから」「面白いから」といった内発的動機から語られる目標は、達成動機の高さを示唆します。

  • 失敗からの学習能力
     「これまでの人生で、最も大きな失敗経験について教えてください」と問い、「その経験から何を学び、次の行動にどう活かしましたか?」と続けます。達成動機が高い人は、失敗を単なるネガティブな出来事として終わらせず、次なる成功のための学びの機会として捉える傾向があります。失敗を冷静に分析し、次への糧とする姿勢は、挑戦を続ける上で不可欠な要素です。

 これらの質問を通じて、候補者の根源的な動機の在り処を探り、自律的に走り続けられる人材かを見極めることが、採用における人事の重要な役割となります。

育成:「できた!」の体験を計画的に創り出し、成長を加速させる

 従業員の達成動機は、生まれ持った素質だけで決まるものではなく、入社後の経験によって大きく伸長させることが可能です。人事としては、従業員が「できた!」という成功体験を積み重ねられるような環境と仕組みを、計画的に設計することが求められます。

  • 「スモールステップ」と「ストレッチ目標」の導入
     特に新入社員や若手社員に対しては、最初から高すぎる目標を与えるのではなく、少し頑張れば手が届く「スモールステップ」の課題を連続して与えることが有効です。小さな成功体験を積み重ねることで、「自分はできる」という自己効力感と、達成の喜びを体感させます。
     そして、成長に合わせて徐々に「ストレッチ目標(挑戦的な目標)」を設定することで、より高いレベルへの挑戦意欲を引き出します。この目標設定のさじ加減を、現場のマネージャー任せにするのではなく、人事としてOJTのガイドラインや目標設定のフレームワークを提供することが重要です。

  • 「認知」と「言語化」を促す研修
     日々の業務に追われる中で、従業員は自らの小さな成功や成長を見過ごしがちです。そこで、定期的な研修やワークショップの機会を設け、自身の経験を振り返り、「できたこと」「成長したこと」を言語化させ、グループで共有する場を作ります。他者の経験を聞くことは新たな視点を与え、自らの成功を言語化することは、達成感をより深く心に刻み込む効果があります。これは、スキル研修のようなハードなものではなく、内省と動機付けに焦点を当てたソフトなアプローチです。

組織開発:挑戦を促し、成功を「認知」する文化と制度を築く

 個人の達成動機を育むには、土壌となる組織文化や制度が決定的に重要です。挑戦が称賛され、たとえ失敗してもそこからの学びが尊重されるような、心理的安全性の高い環境を構築することが人事の大きなミッションとなります。

  • 評価制度の再設計
     結果(KPIの達成度)だけを評価する制度は、時に従業員を「失敗できない」というプレッシャーに晒し、挑戦意欲を削いでしまいます。成果に至るまでのプロセスや、設定した目標の挑戦度、失敗から得た学びなども評価の対象に加える「コンピテンシー評価」や「バリュー評価」の比重を高めることで、「挑戦すること」そのものに価値があるというメッセージを組織全体に発信できます。

  • 「小さな成功」を可視化・称賛する仕組み
     講義で紹介されていた「小さい成果集」のマニュアル化は、非常に優れた実践例です。同様に、日々の小さな貢献や素晴らしい行動(Good Job)を従業員同士が気軽に送り合える「サンクスカード」や「ピアボーナス」といった仕組みを導入することも有効です。大きな成果を上げたMVPだけでなく、日常の中にある無数の「Good Job」が可視化され、称賛される文化は、従業員の「自分の仕事は認められている」という感覚(=成果の認知)を高め、達成動機の向上に繋がります。

マネジメント:上司の関わりこそが、部下の「達成動機」を左右する

 結局のところ、従業員の達成動機に最も大きな影響を与えるのは、日々接する直属の上司です。人事は、管理職層に対して達成動機の重要性を啓蒙し、部下の動機を高めるための具体的なマネジメントスキルを習得させる責務を負っています。

  • 「フィードバック」から「フィードフォワード」へ
     管理職研修の重点テーマとして、「フィードバック」のスキル向上を掲げるべきです。特に重要なのは、部下の小さな成功や成長の兆しを見逃さず、具体的に「認知」し、言葉で伝えることです。「〇〇の資料、グラフの使い方が的確で、非常に分かりやすかったよ」といった具体的な承認が、部下の達成感を増幅させます。1on1ミーティングなどを活用し、部下の「できたこと」を共に振り返り、承認する場を定着させることが求められます。

  • 「マイクロマネジメント」から「権限移譲」へ
     達成動機は、「自分の力で達成できた」という感覚から生まれます。上司が過度に指示・管理するマイクロマネジメントは、部下からこの感覚を奪ってしまいます。部下の能力を信じて仕事を任せ、裁量を与える「権限移譲」を推進することが、部下の主体性と「自分でやり遂げた」という達成感を育みます。人事は、管理職に対して権限移譲の重要性を説き、そのためのコーチングスキル研修などを提供することが有効です。

 「達成動機」は、単なる心理学の用語ではありません。企業の競争力の源泉であり、人事戦略の中核に据えるべき重要なコンセプトです。採用から育成、制度設計、マネジメントに至るまで、あらゆる人事施策にこの視点を組み込むことで、従業員一人ひとりが自らの成長に喜びを見出し、その結果として組織全体が力強く成長していく、そんな好循環を生み出すことができるはずです。


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