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AI時代に「教養ある人」の定義が変わったー人事視点で考える「知識」から「雑談力」へのシフトー川上真史氏から考える

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #68 教養とは」というテーマを取り上げます。

 「教養」という言葉に、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。膨大な知識、クラシック音楽や哲学への造詣、あるいは難解な言葉を使いこなす姿でしょうか。

 AIが急速に進化し、知識そのものの価値が問い直される現代において、「教養」の意味合いが大きく変化していると、川上氏は指摘します。

 今回は、この変化を組織内でどう活かしていけるかを考察してみたいと思います。

「知識」と「人格」の掛け算

 まず、伝統的な「教養」の定義についてです。これは「あらゆる領域に関する豊富な知識」と「誰からも信頼される安定した人格」という、二つの要素の「掛け算」で成り立っているとされます。

 知識が豊富なだけでは「教養がある」とは言えず、その知識が人格と結びつき、他者からの信頼や「あの人ともっと話したい」という魅力につながってこそ、初めて「教養人」と呼ばれる、という定義です。これは多くの方が納得する点ではないでしょうか。

AI時代がもたらした「知識の民主化」

 しかし、この「知識」の部分が、現代において大きく揺らいでいます。ご存知の通り、生成AIの進化により、私たちは瞬時に膨大な情報にアクセスできるようになりました。

 川上氏は、「AIを使いこなすことさえできれば、誰もが同じ知識の量を持つことができる社会に変化した」と指摘します。わざわざ大脳に記憶させておかなくても、スマートフォン一つあれば、人類の知識にアクセスできる。これはつまり、知識の「量」で他者と差別化を図ることが難しくなったことを意味します。

「昭和の教養」と「令和の教養」

 この変化を、川上氏は「昭和の教養」と「令和の教養」という対比で鮮やかに示しています。

昭和の教養は、まさに「知識の量」がものをいう時代でした。

  • 知識の多さや深さによって、他者から信頼や尊敬を得ることが目的でした。

  • 時には、知識は「競争」や「マウント」の道具となりました。「情に棹させば流される」と聞けば即座に「あ、草枕だね」と返すような、知識の応酬が繰り広げられたのです。

  • そこには「教養人ならこれくらい知っておくべき」という西洋哲学やクラシック音楽などの「暗黙的なリスト」が存在し、求められる能力は「情報力」や「記憶力」でした。

これに対し、令和の教養は、そのあり方が根本から異なります。

  • 目的は、知識で勝つことではなく、「それぞれの知識を交換し合うことで、お互いの関係を深める」ことにあります。

  • 知識はマウントの道具ではなく、自身の「ウェルビーイング(幸福)の向上」に寄与するものへと変化しました。

  • 重視されるのは、暗黙のリストではなく、「自身の興味関心」と「相手の興味関心」です。

  • そして、令和の教養人に求められる能力は、記憶力ではなく「雑談力」であると指摘しています。

教養の核心=「意味のある雑談力」

 令和の教養とは、すなわち「教養的雑談ができる力」だと言います。

 ただし、ここでいう雑談とは、「涼しくなりましたね」といった時間を埋めるだけの会話や、「そうなんだ」と相槌だけで終わる一方通行のやり取りではありません。それらは「意味のない雑談」とバッサリ切り捨てられます。

「意味のある雑談」には、明確な特徴があります。

  1. 目的性:関係構築や信頼醸成、心理的安全性といった明確な目的を持つ。

  2. 双方向性:一方的に語るのではなく、キャッチボールが発展していく。

  3. ポジティブな感情:「それ面白いですね!」と、相互にポジティブな感情が共鳴し合う。

  4. 継続性:「今度またその話しましょう」と、関係が次につながる。

  5. 共通点の発見:相手に話してもらい、お互いの興味の共通点を見つけ出そうとする。

 自分の好きなことを一方的にうんちくとして語る(昭和的)のではなく、自分の興味を面白く伝えつつ、相手の興味にも耳を傾け、双方向の楽しい会話を生み出せる力。これこそが、AI時代に「あの人は信頼できる」という「人格」につながる新しい教養の姿なのです。

「リベラルアーツ」の本来の意味

 最後に、川上氏は「教養」と混同されがちな「リベラルアーツ」について触れています。

 リベラルアーツとは、直訳すれば「自由(Liberal)のための技術(Art)」です。これは本来、「自分の意志で自律的、主体的に生きるために必要となるスキル」を指します。

 大学の教養課程(リベラルアーツ)が本来意図していたのは、政治的圧力や権威に左右されず、自律的に学問を探求するためのスキルを学ぶことでした。

 知識のインプットそのものよりも、AIを使いこなし、自ら構想し、主体的に生きる力。これこそが現代のリベラルアーツであり、令和の教養が目指す姿と重なります。

企業人事の視点から:AI時代の「教養」をどう活かすか

 ここからは、この「令和の教養=教養的雑談力」という視点を、企業の人事としてどのように捉え、組織運営や人材育成に活かしていけるか、いくつかの側面から考えてみたいと思います。

心理的安全性の土壌としての「雑談力」

 「意味のある雑談」の定義は、まさに「心理的安全性」の高い職場で行われるコミュニケーションそのものです。

  • 「こんなことを言っても大丈夫だろうか」という不安(意味のない雑談)

  • 「自分の意見が尊重され、ポジティブに受け止められる」(意味のある雑談)

 昭和の教養が「マウント」や「競争」を招いたように、知識をひけらかかす上司や、部下の話を「そうなんだ」と一方通行で遮断するマネージャーがいる職場では、心理的安全性は育ちません。

 人事としては、社員同士が「自身の興味関心」と「相手の興味関心」を交換し合えるような場づくりを支援したいところです。例えば、社内SNSでの分報(times)文化の奨励や、意図的に雑談時間を設ける(雑談推奨の)ミーティング設計などが考えられます。管理職には、知識の多さではなく、「双方向の対話」を促すファシリテーション能力こそが重要であると、研修などで伝えていく必要もありそうです。

1on1を「意味のある雑談」の場にする一手

 「意味のある雑談」の5つの特徴(目的性、双方向性、ポジティブな感情、継続性、共通点の発見)は、そのまま質の高い「1on1ミーティング」のガイドラインになります。

 多くの企業で1on1が導入されていますが、「何を話していいか分からない」「結局、上司(部下)が一方的に話して終わった」という声は少なくありません。それはまさに「意味のない雑談」に陥っている状態です。

 人事としては、1on1の目的(関係構築、信頼醸成)を明確に共有するとともに、「うんちくを語る場」や「社交辞令の場」にしないための具体的なテクニック(例えば、相手の興味関心事を深掘りする質問リストの共有など)を提供することが有効かもしれません。マネージャーが「知識」で部下を指導するのではなく、「対話」を通じて部下のウェルビーイング向上を支援するという視点の転換を促したいところです。

採用面接における「教養」の評価軸

 採用活動、特に面接においても、この視点は重要です。私たちは無意識のうちに、応募者の「知識量」や「記憶力」(昭和の教養)を評価していないでしょうか。

 もちろん専門知識は必要ですが、AIが知識を補完してくれる時代においては、その知識をどう使い、他者と「交換」し、「関係を深められるか」(令和の教養)が、入社後のパフォーマンスにより大きく影響する可能性があります。

 面接の場で、応募者がどれだけ「双方向」の対話を試みようとするか、こちらの(一見業務と関係ない)話に「興味関心」を示してくれるか、そして何より「この人と一緒に働いたら楽しそうだ(ウェルビーイングが上がりそうだ)」と感じるか。こうした「教養的雑談力」は、カルチャーフィットやチームワークを見極める上で、非常に有効な指標になると考えられます。

AI時代の人材育成と「リベラルアーツ」

 「自律的、主体的に生きるためのスキル」としてのリベラルアーツ。これは、現代の企業研修が目指すべき姿を示唆しています。

 これまでの研修は、専門知識やフレームワークといった「暗黙的なリスト」(昭和の教養)をインプットすることが中心だったかもしれません。しかし、これからの時代に求められるのは、AIを「使いこなし」、自ら「構想し」、主体的にキャリアを築いていく力です。

 人事部門としては、既存の専門スキル研修に加えて、「AIリテラシー研修」や、自分の興味関心を深掘りして発表し合う「社内勉強会」の支援、あるいは部門横断で「意味のある雑談」を実践するワークショップなどを企画することが考えられます。社員一人ひとりが自律的な学習者(リベラル)になるための技術(アーツ)を磨く支援こそが、人事の重要な役割となるでしょう。

ウェルビーイングとD&Iの推進力として

 「令和の教養」は「ウェルビーイングの向上」につながると言います。自分の興味関心を追求し、それを他者と交換し合い、ポジティブな感情が共鳴する。これはまさに、エンゲージメントの高い状態です。

 また、「相手の興味関心」に耳を傾け、「共通点を見つけ出す」姿勢は、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の根幹でもあります。自分とは異なる背景を持つ相手を、知識のマウント対象としてではなく、対等な「交換」のパートナーとして尊重する。

 人事としてウェルビーイング施策やD&Iを推進する際、「令和の教養」という切り口は、社員の行動変容を促す新しい一手になるかもしれません。多様な人材が互いの「教養」を交換し合い、高め合う。そんな組織文化を築いていきたいものです。



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