宗教に「役割」など必要としているのは、本当は誰なんだ? 島薗進『現代宗教とスピリチュアリティ』を読んだよ
島薗進『現代宗教とスピリチュアリティ』読了。
島薗は、特定団体に組織的に所属しないが精神世界に関心を寄せ自己変容を目指すような、個人による宗教めいた活動を「新しいスピリチュアリティ」と表現する。この表現は大変わかりやすい。
また、飯田史彦や江原啓之に代表されるような、メディアを通じて活動する新しいスピリチュアリティのメンターたちの動きにも触れ、これらの「新しいスピリチュアリティ」が個人の成長志向や資本主義の消費文化と結びついていることを指摘する。
一度は世俗化によって需要を失ったかに見えた宗教が医療やケアの分野で必要とされつつある(再聖化)ことにも触れられる。再聖化の直近の実例として、震災後、被災者供養の要請が急増したことを挙げている。
宗派を超えた仏教関連団体の脱原発志向の意見表明などの動きについては、宗教の新たな社会的役割が再構築される可能性の現れとして、島薗はポジティブに評価している。 個人的には、この点について、肯定的に語ってよいものか、疑わしく感じた。これは、宗教側が役割喪失に直面し、再び意味を獲得しようとする焦燥の反映ではないか。社会に宗教が新たな意味で必要とされているというより、社会的な意義を失った宗教側の「自分探し」に過ぎないのではないか、と感じた。
また、筆者が当該セクションにおいて肯定的に触れている宗派については、一部報道でパワハラ疑惑が報じられるなど、持続可能性やコンプライアンスについて問題が指摘されており、社会的な良識との乖離も観察される。果たして彼らに「宗教の社会的役割」を任せてもいいものか、個人的にはあまり予断を許せない。筆者はややこの宗派に肩入れしているような印象は否めなかった。
とはいえ、「新しいスピリチュアリティ」といった概念のような、現代の宗教の動きを整理して把握するには非常に便利な一冊だった。ひとまず目を通しておいてよかった。決して分厚い本ではないので、ひとにも薦めやすい。とってもおすすめ。
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