いまも吹く万葉の風——お姉さんは、いつも同じだった
《美しいおふざけ掌篇随筆・第二篇》
万葉の昔も、
返信をもらえず立ち尽くした、とても偉いお方がいたらしい。
旅の情景と小さな気づきと、すこしのおふざけ。
———
#越の国の夜は静かに流れて
……夜の金沢。
仕事の関係で医王山の方へ出向いており、金沢駅に戻って来た。
鼓門があり、その向かい側には目の前にポルテ金沢が聳えている。
東の彼方高く、十三夜くらいの月が寒空に輝く。
梅はほころびているが、三月半ば過ぎ頃でも夜はかなり肌寒く、風は冷たい。
ふと気づくと、スマートフォンのLINEアイコンに通知が数個付いている。
……
今、見てしまうべきかと迷う。
一方で、見逃してもいけないし、見たなら見たで反応するのも面倒だ——と思いながらも、結局、LINEアイコンをタップし、すべてを読んでしまった……どうしよう……。
自分で判断する限り、急ぎはない。
送り主は急いでいるのかもしれないが……。
後でホテルの部屋に戻って、気が向いたら返信しようっと。
……
よく訪れる金沢百番街にあるお魚料理屋さんに入った。
昼食も取っておらず、ひとりで遅い夕食を取る。
ここは「おでん」とか「のどぐろ」などの焼き魚が美味しい。
ビールとおでんを数種、そして柳カレイ一夜干しの焼き魚定食を頼んだ。
ビールを口にしながら、
既読無視をしている少しの後ろめたさもあって、改めてLINE画面を見返していた。
……
「既読無視」——まったく面倒な言葉だ。
だから、仕事とかでLINEを使うのは嫌なんだ。
既読が付かない「メール」にしてほしい。
なんで、受け取った後まで行動を見張られなければならないのか、釈然としなかった。
言い訳を作る余白を奪いとられている……という感じだ。
……
だいたい、LINEなんて、女性やお姉さんを相手にするものだとも思っていた——思い込みと言えなくもないが……。
でも、仕事関係のおじ様方も、結構、やりたがるんだよね……LINE。
強くせがまれて、目を見つめ合って、互いのスマートフォンを重ね合わせて交換する。
男どうしであっても、間違って美しい愛情が芽生えそうな妖艶な行為だ。
ここからしてキモい。
「あー、なんか、もう吐きそう」。
無理だ。
……
ビールを飲みながら、つい、既読無視という事象に関する歴史を考えてしまった——いったいいつからあるんだろう……と。
考えている内に、奥が深く、とんでもない昔に辿り着いた。
どうでもいい感じもするが、もしかしたら、今世紀最大の歴史的発見かもしれない。
きっと北陸の冷たく澄んだ空気が、脳細胞を鮮やかに活性化させ、怜悧にさせたのだろう。
いつの間にか、バイク乗りの繊細でしなやかな感性を使って、iPhoneでぽちぽちと、既読無視に関する随筆を書き始めてしまった。
しなやかに綴って……。
目の前の既読無視のことは忘れていた。
——「返信は、読んだら軽くしておきたい」。
続きまして、もう一首。
——「なんでもかんでも、スタンプに任せてしまいたい」。

———
#風は好きな方に流れて
——既読無視。
よく聞く言葉だが、「SNSが高度に発達した現代」に特有の事象ではなく、
「文字」が使用されるようになった万葉の昔から存在し、その意味で「普遍的で、わりと自然な人の行動特性」だと思う。
……
大津皇子(おおつのみこ)は、父が天武天皇、母が天智天皇の娘である大田皇女(おおたのひめみこ)だ。
石川郎女(いしかわのいらつめ)は、ここでは「石川さんちのお姉さんとかお嬢さん」くらいの理解で良いと思う。
ふたりは恋仲で、
あるとき奈良の山の中でデートの約束をしていたらしく——
ここで、なぜ山でとか、山の中で何をなどと考えてはいけない——でも想像しちゃう。
……
大津皇子が山中で石川郎女を待つ時の心情を詠んだのが、
「あしひきの
山のしづくに
妹待つと
われ立ち濡れぬ
山のしづくに」(巻・第二)
という歌だ。
「君を山の中で待っている間、山のしづく(夜露)でびっしょりと濡れてしまった」という意味合いだ。
「だからなんだ」「そっちの勝手じゃん」とも言いたいが、
ふたりの関係は、少なくとも「山の中で待ち合わせができる」ほどの仲だった。
……
まあ、山の中でデートができる——という、このふたりの関係性を考えると、男性側にひたむきさもうかがえる。
現代風(いまふう)に言えば、石川さんちのお姉さんは「あたしのせいで、夜露でびっしょりになって、カワイイ!」とでも感じてしまったのかもしれない……。
——受け手の罪悪感も少しくすぐるような、モテる男性のあざとさも、感じなくはないが……。
何でも、とにかく「カワイイ!」と思わせればいいのだろう……万葉の昔から……勉強になる。
——ただ、今さら、勉強になったところで、何の役にも立たないが……。
……
しかし、石川さんちのお姉さんに恋慕する方が、もうひとりいた。
草壁皇子(くさかべのみこ)である。
草壁皇子の母は鵜野讚良皇女(うののさららひめみこ)で、彼女も天智天皇の娘で、天武天皇の妻だ。
大田皇女とは同母妹になる。
———
#風は別の方からも吹く
草壁皇子も石川郎女に、
「大名児(おほなこ)を
彼方野辺に
刈る草(かや)の
束の間(あいだ)も
我れ忘れめや」(巻・第二)
との恋歌を贈った。
「大名児」は石川郎女の通称で、
「お姉さん、かやを刈る、ほんのちょっとの間も君のことを忘れなかった、ボク」という、一方的とも言える恋の思いが込められた歌だ。
——ちょっと、重いかも。
現代風に言えば、深夜とかに、好きな女性につい送ってしまうポエム的な「長文ライン」のようなものか——うん、重い。
「ちょっとの間くらい、草刈りに集中せんかい!」とも思われてしまう。
なお、大津皇子は文武両道のイケメン、
草壁皇子は、ぱっとしない人物と評されている——ますます重いかも……。
……
ふたりの男性から贈られた歌に対し、
石川郎女は、大津皇子からの贈歌にのみ返信し、草壁皇子の重い感じの歌は無視をした。
イケメンの方にだけ反応したということだ。
即レスって言うやつだ。
——なんてこった。
「許せん」とか「お姉さん、少しハッキリし過ぎじゃないか」と見る向きもあろうかと思うが、
「記録に残る最古の既読無視」と考えられる——世紀の大発見だ……と思う。
まあ、石川さんちのお姉さんとふたりの皇子のそれぞれの関係性からすると、大津皇子の贈歌が会話のキャッチボールなのに対し、草壁皇子のそれは会話になっていなくて、一方的な想いを綴った、言葉のドッジボール……と言った感じかも。
少なくとも、草壁皇子に対する返歌は、万葉集という国家的な公式記録には載っていない。
……
石川さんちのお姉さんの返歌が、
「我(あ)を待つと
君が濡れけむ
あしひきの
山のしづくに
ならましものを」(巻第二)
だ。
「あたしを待つあなたが濡れてしまっただなんて、その山の雫になりたかったわ」
というような意味で、心は大津皇子に向いている。
「だぁーっ、もう勝手にせいやっ!」と言いたい。
……
ただ、一部の文献によれば、石川郎女は草壁皇子の妻であり、彼女と大津皇子の関係を「密通」とするものもある。
こうなると彼女も相当なもので、何ともややこしい関係だ——下手に関わりたくはない。
山の雫だろうが、海の藻屑であろうが、ふたりでご随意に、という感じだ。
———
#ママが風の流れを変えてあげる
いずれにせよ、当時、返歌をもらった大津皇子が、とても嬉しかったであろうことは容易に想像できる。
きっと奈良——飛鳥——のどこかの山にも昇る心地であっただろう。
実際、後々、昇ることになってしまったのだが——二上山だった。
死後に祀られた場所だ。
怨念が怖いとかで。
けれども、事はこれで終わらなかった。
……
草壁皇子のママである鵜野讚良皇女が、凄じい方であった。
なんたってママは、天武天皇が身罷られた後の「持統天皇」だから。
ママは、ドッジボールで敗れた息子に、根本的な物理的解決のため、神のような助け船を差し向ける。
大津皇子は謀反の疑いをかけられ、悲劇に襲われる。
これを「死を賜る」と言うそうだ。
——「賜るだなんて、そんなあ……特に結構ですが……どうか、お気づかいなく……ご遠慮申し上げます」と言いたいが。
ただ、草壁皇子も病弱で、その数年後には、ママよりも先に病没してしまう。
これを「やっぱ顔じゃん」とか「ママが助けてくれる」という下司(げす)な意味で捉えてはいけない。
……
むしろ、万葉の昔から、文字(漢字だが)による情報伝達が始まったときから、既読無視は連綿と存在し、人の感情に必然的に伴う自然の理(ことわり)と考えられる。
既読無視をされなかったからといって、幸せになるとも限らない例でもあろう。
……
ただ、ここまで書いておいて、今さら言うのも何なんだが……
ふたりの皇子は、当時、次期天皇候補という超VIPだ。
であれば、石川さんちという、一貴族の家の若い娘さんが、軽率に既読無視をするだろか。
いくら、イケメン好きであったにせよ……。
……
ふたりの皇子の母親たち——大田皇女と鵜野讚良皇女——は、父を天智天皇とする同母姉妹であり、大田皇女が姉で、鵜野讚良皇女が妹だ。
そして、大津皇子の方が草壁皇子よりも年上と考えられている。
——年長者だ。
ここから考えると、本来、天武天皇の皇位継承の第一順位は大津皇子と見ることも自然だ。
そう思い至ったとき、少し怖ろしくなってきた。
……
果たして、石川郎女は、草壁皇子に本当に返歌をしなかったのだろうか。
もしかしたら、お姉さんはちゃんと返歌をしていた——スタンプ返信みたいな、熱量が感じられないような感じるような、微妙なニュアンスで「嬉しい、ありがとう」と読めるような……感じの……もの。
たとえば、
——「草を刈る 鎌で思わず 指を切り 痛みが絶えず 庭に佇む」……というような。
まず、贈られた歌はちゃんと読んでいますみたいな言葉を置く。
そして、実は自分も庭で草刈りをしていて、指など切っていないのに、指を切っちゃって痛いから、歌を詠むのはちょっといま無理、と続く感じの歌……。
……
ママは、草壁皇子を確実な第一順位の皇位継承者とするため、最大のライバルである大津皇子を排除したかった。
——実際、排除されている。
そして、後々の世まで「大津皇子と石川郎女を酷いヤツら」と印象付けるため、石川郎女はちゃんと草壁皇子にも返歌をしていたのに、彼女の返歌が万葉集に載らないように隠蔽したのかも……。
……
こうした贈歌や返歌のやりとりが実際にされていたであろう七世紀終わりころ、大津皇子の母である大田皇女は既に亡くなっていた——要は、大津皇子には後ろ盾がなかった。
そうなると、国家ぐるみでの「既読無視の捏造」なのかもしれない。
石川郎女の返歌を隠して万葉集に載せないようにさせ、大津皇子と石川さんちのお姉さんを酷いヤツらとして印象付ける——この空恐ろしい絵を書いたのは——もしかしたら藤原不比等あたりか……。
会ったことはないけど、彼ならやりそうだ。
勘だけど……会ったことはない。
ここに至り、すっかり、柳ガレイの一夜干しは冷めていた。
もう、止めようっと——考えるの。
怖いし……不比等。
怨念、強そうだし。
———
#あーもう風になってしまいたい
もし、既読無視に出遭っても、
相手も人であるが故に、不可避に生じていると捉え、必要以上に悩んだり、落ち込む必要もない。
悩みや落ち込みは禁忌だ。
無視している方が言うのも、なんなんだが……。
歩みを進めるため、年齢や性別を問わず、可能であれば、体幹を鍛えて「とりあえずバイクに乗る」ことを、強く勧めたいと思う。
(ホワイトベース二宮祥平『とりあえずバイクに乗れ!』参照)
——吹く風を気にせず、風になってしまうことを。
……

越の国に寒風が吹く夜、暖房が効いた店内で、凡そ四千二百首もあると言われる万葉集の僅かな一部を、実にゆるく勝手に考えたもので、受験生諸君は、間違っても答案に書いてはならない——たぶん。
学術的意義など、まったくないし、
当然のことながら、学会や論文等々で披瀝しているものでもない。
色々考えながら綴っていたら、冷めてしまった柳カレイの焼き魚定食を食べた気がしなかった。
——吉祥寺辺りでは、あまり食べられないのに……。
既読無視を続けていることは、すっかり忘れていた。
——絶賛、既読無視中だった。
送ってきたおっさんには、
「いやあ、送信ボタン押し忘れてて、さっき気づいたよ」って、明後日あたりに伝えておこう——さも、今になって気づきましたみたいな感じで。
別に、おっさんと恋の駆け引きをしている訳でもないし。
「原稿書くなら、返信書けよ」という、ごもっともな指摘もあろう。
——「スマホ手に 既読の文字を 悩むより 跨れバイク 風のまにまに」
……お粗末様でした。
遠く飛鳥の都の夜風は、いまも、越の国にも流れていた。
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——生明 ひかり(Azami Hikari)
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『いまも吹く万葉の風——お姉さんは、いつも同じだった』は、創作大賞2026・エッセイ部門への応募作品です。
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御礼
素敵なマガジンにピックアップしていただきました。
ありがとうございます💚️💛️💖️
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次回予告
幻想小説《シリーズ恵那》・第一篇
——『遠い日の送り火』
夜の街——Club Literacy——で生きる美しい女性・麻上恵那。
幼いころからいつも傍にいて、彼女を優しく見守っていた鳥海山。
——ただ、彼女には決して欲しくはなかったある「不思議なちから」があった。

『遠い日の送り火』は、創作大賞2026・オールカテゴリ部門への応募作品です。
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