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やくざい師の叶え薬~ケアテイカー優の場合~ 【七】


由美の思い


優は、通勤電車の中でスマートフォンを手にしていた。
昨夜、釉薬に教えられるまで知らなかった。自分が大金井公園でしたことが、SNS上で都市伝説のように広まっているなんて。

まさか、ここまでとは。
画面には「身削女」なんて不気味な呼ばれ方で、自分の行動を連想させる投稿があふれていた。感謝の言葉も一部にはあったが、やはりネガティブな反応が大半を占めていた。

もしも、社内の誰かがこのを見ていたとしたら?職場での小さな癒しと結びつけられてしまったら——。
心臓がきゅっと縮こまる。やっぱり、薬の力はしばらく控えた方がいいのかもしれない。少なくとも社内では。

 
⭐︎⭐︎⭐︎

 
「おはようございます」

出社してデスクに着くと、まずはメールの確認をする。そこに、ひとつ気になる業務連絡が入っていた。
「浅見部長が入院。復帰は2週間後を予定」
病名の記載はなかったが、以前から肝硬変だと噂で聞いていた。肝硬変。よく知らない病名だ。優は検索をしてみる。

「一度進行すると、元に戻すことは難しい」
画面のその一文に、思わず息をのむ。いや、薬の力を使うのは控えようって自分で決めたばかりじゃないか。でも——

揺れる思考を遮るように、隣の島で課長の声が聞こえた。
「浅見部長、大変よね……。
私、今日か明日、お見舞いに行こうと思ってるの。一緒に行ける人、いればいいけど」

「あ、私も行きます」
考えるより早く優は返事をしていた。
「ありがとう。じゃあ、課として二人で行きましょう」

周囲がふと静まり、視線が優に集まっていることに、彼女はまだ気づいていなかった。
 

⭐︎⭐︎⭐︎
 

休憩室では、いつものランチメンバーの、後輩と同僚が昼食をとりながら、スマホを手に小声で話していた。

「SNSの身削女。見ました?」
「見た見た。最初はまさかって思ったけど、最近社内で噂になってる話とリンクしすぎでしょ」
「実は先週、大金井公園に入っていく優さん見たんですよ」
「えっ、マジ!?」
「ってことはもう……確定?」

面白がるように。まるで話題のネタを交換するかのように。話に加わらず、静かに黙っていたのは由美だけだった。

「しかも今日、浅見部長のお見舞い行くらしいですよ」
「え、やっば!!もしかして……?!」

そのとき、休憩室に優が遅れて入ってきた。
「お疲れ様。何だか、みんなと一緒にお昼できるの久しぶりだぁ。何の話してたの~?」

優が弁当を片手に同じテーブルにつくと、会話が急に止まり、話していた2人はスマホを慌ててしまい込む。
「ううん、なんでもないよ。今日は一緒に食べられるんだね」
「優さん最近ずっと忙しそうでしたもんね」
「そうなの。だから、今日はお昼、買ってきちゃった」
「珍しいですねー!」

ややぎこちない空気をまといながらも、ランチタイムはゆっくりと進んでいく。けれど優の胸の奥には、説明のつかない違和感がじわじわと広がっていた。
 

⭐︎⭐︎⭐︎
 

「優……」
「あ、由美。お疲れ様」
給湯室でお茶を淹れていると、由美が静かに声をかけてきた。

「ちょっと、話せる?」
「どうしたの?なんか真剣な顔」

由美は左手を差し出した。火傷の痕はもうどこにもなかった。
「すっかり治ったの。だから、彼と予定通り指輪を見に行けたんだ」
「えっ、本当によかったね!」
「優のおかげ。ありがとう」
「え? 私、何もしてないよ」
「やっぱりあの時……優が触ってくれたからじゃないかなって思ったの。優が、治してくれたんでしょ?」

優は言葉に詰まった。喉の奥がひりついて、淹れたてのお茶を慌ててひと口含む。
「病院では1週間はかかるって言われてた。でもあの日、優に手を撫でてもらった夜に包帯を取ったらもう、きれいになってたの」
「…………」

「本当にありがとうね。ずっとお礼を言いたかったの」
ふと顔を上げると、由美はいつものやわらかな笑顔だった。それを見て、ホッとして優も笑みを返す。

「どういたしまして」
「……でも、本当にそうなんだね」
「何が?」
「どうして急に優は、そんな不思議なことできるようになったの?」
「いやその、なんていうか。偶然というか、ひょんなことから……」

優が言いよどむと、由美はそっとスマホを取り出し画面を見せてきた。そこには、SNSの例の身削女についての記事が映っていた。
「これ、優のことなんじゃない? 社内でも若い子たちの間で噂になってるよ」
優の背筋に、冷たいものが這い上がる。

「別に、悪いことをしてるわけじゃないと思う。でも目立ちすぎると危ないよ」
「うん、そうだね。気をつける」
「あとね、浅見部長のお見舞い、行くのやめたほうがいいかも」
「……!」

「もちろん、優なりに考えがあるのはわかってる。でも今は静かにしてたほうがいい。好意が裏目に出ることもあるから」
「忠告、ありがとう。由美」

「ううん。優、わたしね。優が何かしてくれるから好きなんじゃなくて、そのままの優が好きなんだよ。優が大変な目にあったら、嫌だから…」

その言葉が、優の胸の奥にぽたりと落ちた。温かくて、やさしくて、少し痛くなるような気持ち。
そして、由美の忠告は、頭の中で何度も反芻された。
 

⭐︎⭐︎⭐︎
 

【投稿】
身削女って、多分うちの会社の人だと思う。
上司が肝硬変で入院してたけど、未削女が見舞いに行った数日後、奇跡的な回復で完治したとかいって上司出社してきて。ヤバい

【コメント】
嘘でしょ?内臓もいけるの?もはや神やん
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不治の病を治すゴッドハンド
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ついに関係者出てきたぞ
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癌で闘病中です。どうやったらその人に会えますか?
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みんなネット情報、信じやすすぎ!


人事異動


「どうぞ、お掛けください。
今日はね、ちょっと春田さんの今後の働き方について相談したいことがあって。

ご自身でもなんとなく感じてるかもしれませんが……最近、社内でちょっと変な噂が広まってしまっていてね。
もちろん、あなたに非があるとは思っていません。むしろ、真面目にお仕事してくれていることはみんな分かっていますよ。こちらの村田課長からの評価もすごく高いんです。

ただ、こういう雰囲気の問題って、理屈では片づけられないこともあるでしょう?

でね、これはあくまで会社としての提案なんですが、しばらく別の部署で少し環境を変えて働いてみるのはどうかな、という話が出ていまして。異動というと驚かせちゃうかもしれないけど、あなたの事務スキルを活かせるポジションを検討したうえでの話です。

物流課、聞いたことあるかな。
商品の出荷を管理する伝票入力係っていうポジションで、地味だけど会社を支える大事な仕事なんです。
環境が変われば、少し気持ちもリセットできるかもしれません。強制じゃなく、あくまで提案として受け取ってくださいね……」



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