note創作大賞2024『君は死ぬから美しい-2174年の花屋の場合』エピローグ
この作品は2024年note創作大賞応募作品です。
エピローグ
「お父さん、どう?どんな感じする?」
竹原杏(たけはらきょう)の父親は、手術が終了してから15時間昏睡状態だった。脳が機械体に馴染むのに必要な時間は術後10〜18時間と説明されていた杏と母親は一度帰宅し、仮眠をとってまた戻ってきた。ベッドサイドでりんご味のゼリーを食べていると、父親が目をパチリと開けた。
「ああ、なんか、体重いな」
その言い方も、声も、今までの父親と何ひとつ変わらなかった。ただその肌は以前よりつるりとし、体毛は生えていない。そして握った手に温かさはあまりなく、その中で機械が動いているのだと感じるだけだった。
機械体の機械としての寿命は50年と言われていて、脳の機能が低下しきって体を動かせなくなるか、本人が望めば死を迎えることができる。安楽死を選択するためには多くの条件があり、また反対している医師も多く議論が続けられている。杏の父親は家族の同意を取り、今から40年間は安楽死を選ばず、その先は家族で話し合い道徳的な判断を下す、という世にも曖昧な契約を取り交わした。事故や脳の病気がなければ、父親はここから40年は生きる。100歳の世界をこの人は見るのだ、と杏は父親の開いた目を覗き込みながら考えた。これが、命に逆らわないということなのか、いまでも結局はっきりとした答えは出せないままだった。
「お目覚めですか?」
担当看護師かと思ったら、個室の入り口に立っていたのは杏の恋人、九十九薫(つくもかおる)だった。
「薫ちゃん!来てくれたのね!」
母親は薫のことが大好きで、二人で実家を訪れるたびに美味しいものを食べさせてくれる。
「心配だったので。拒絶反応はないようですね、本当に安心しました」
「ああ、少し体は重いが、頭はとてもはっきりしているよ。心配してくれてありがとう」
「まあ、医者なので」
薫は、あとこれ、と大きな紙袋から本物の花束を出した。
「花束だ」
杏は自分の店のものではない包装紙を珍しそうに眺めた。
「葬儀屋のおっちゃんから連絡があってね。竹原のおやっさんにもっていってほしいものがあるって」
杏が懇意にしている葬儀屋の社長・築山満留(つきやまみつる)は、造花メーカーの営業・不破明(ふわあきら)に紹介してもらった正規営業の生花店に花束をオーダーしたらしい。
「みなさん、お父さんのことを大切に思っていらっしゃいます」
「病院の入り口で止められなかった?」
「止められたよ?造花です、で乗り越えた。みんな造花と生花の見分けなんて、ついてない」
薫は歯を出してピカっと笑った。
解釈によっては身も蓋もないドライな発言を、ポジティブに捉えられるのは杏のいいところだ。
「そうだよね。あたしたちだけがわかる、命のあたたかさってことだ」
受け取った花束に顔を近づけて、大きく息を吸う。
もうすぐ旬が終わるマリーゴールドが入っていた。
「どこが正規店なんだか」
「なんで?」
「入院先に香りが強い花を持っていくなんて常識ないよ」
「花屋のプライドが許さない?」
「プライドとかじゃなくて、気遣い」
「さすが、闇でやってるだけあるじゃん」
「でしょう」
わざとなのか、そこに意図がないのかわからない話の避け方に笑いつつ、薫は立ち上がる。
「これから夜勤なんです。また来ますね。どうぞお大事に」
病院の出口近くに差し掛かり、薫は杏の方を見ないまま、聞きづらそうに言う。
「杏、納得してるの?」
「全部は納得してない。でも、何かを壊すほど曲げたり、嘘をついているわけでもない。ただ大きくしなるように生きているだけ」
「杏は強いね」
「強くない」
「いろいろ説明を受けたと思うけど、ああいう命の形になっても、いまのところはいつかは死ぬことになっている。だから、杏は何一つ間違っていないと思う」
「間違っていなくても、正しくないことはこの世にいっぱいあるから。それを教えてくれた、あなたは」
薫は何も言わずに、カツカツとヒールの音を響かせながらタクシー乗り場へ向かっていった。それが答えだと思った。
また明日から店を再開させる。
仕事をして、生きて、そしていつか命が燃え尽きるまで。
「まずお花生けなくちゃ」
もらった花束のことが頭をよぎる。その場で回れ右をして病室へ戻った。杏にとってはそれが明日の方角だった。
(了)
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