「考える」って何をすること?
自分の思いをはき出すとき、心の奥でカチッと音がする。
たぶんあれは、次のページが開く音。
宮崎駿監督のアタマの中が溢れ出す
最近、こんなDVDを買った。
『ポニョはこうして生まれた。〜宮崎駿の思考過程〜』。
5枚組、全編12時間もあるけど数日で観終わった。
NHKのカメラが、宮崎監督にぐっと寄り添う。
ひらめきがどう形になるか、まるで頭の中を覗くみたいに映る。
それは、決してラクで順調な作業じゃない。
天才と呼ばれる人が、自分と取っ組み合いながら前へ進む。
延々と、淡々と、執拗に。
観てるだけで苦しくなるシーンも多い。でも同時に思う。
「宮崎監督でさえ、あれだけもがく。なら私の“つまずき”も仕事のうちだ」って。小さなことで折れてる場合じゃない、って背すじが伸びる。
特に心をつかまれるのが、監督が絵筆を握ってスケッチを重ねる場面。
台本を決めてから絵にするのではなく、描きながら考える。
描いたスケッチは“イメージボード”。
それを壁一面に貼る。眺める。
するとまた次のイメージが湧く。

貼る→見る→描く。
その繰り返しで、『崖の上のポニョ』の世界観が徐々に立ち上がっていく。
「思考過程」というサブタイトルに偽りなし。
頭の中が、そのまま外にあふれてくるドキュメント。
「考えるのが苦手」のほんとうの意味とは?
私の占い鑑定に来られる方で、ときどきこう言われる方がいる。
「私、考えることが苦手なんです」。
最初はよく分からなかった。
だって、ぼーっとしてる時でさえ、私たちの頭は何かを考えてる。
寺の坊さんはその雑念を手放すために修行するくらい、思考は自然に湧くもの。
話を聞きこむうちに見えてきた。
その「苦手」は、思考を“前に”進めるのが苦手という意味のようだ。
何かを考えようとしても、同じところをグルグル回る。
脳内が縄跳び大会になって、同じ縄がグルグルとまわり続ける感じ。
そこから抜け出せない。
辞書から引用して言えば、考えるとは
「知識や経験を手がかりに、筋道を立てて頭を働かせること」
ならば“苦手”は、筋道を作るのがうまくいっていない、とも言える。
「関係ない」「くだらない」言葉がヒントに
そこで私がよくすすめるのが、これ。
「頭で考えず、紙の上で考えてみよう」。
腕組みして脳内でうんうん唸ると、同じ言葉が何度も再生されがち。
時間をかけたつもりでも、実は1ミリも進んでいないこと、あるよね。
紙に書くと、ループは途切れる。
いま浮かんだ言葉を外に固定できるから、脳内の再放送が止まる。
すると、ほんの少しでも“前へ”動く。
終わった紙は、壁や机に貼る。
宮崎監督のイメージボードほどの迫力は出ないとしても、自分の“思考の地図”が手に入る。
暗闇を手探りで歩く感じから、灯りのある道になる。
面白いのはここから。
「関係ない」「くだらない」と思って書き殴った一行が、あとで鍵になることがある。
むしろ、結論に寄ってない言葉のほうが、新しい扉のノブを持ってたりする。
(そういう経験、ない? 私は何度もある。)
私のnoteの書く順番
noteを書くときも、基本は紙に向かってひたすら書くから始める。
気づくと全然関係ない落書きが増殖してたりするけど、それもよし。脳のストレッチ。
ある程度“素材”が溜まったら、流れをつけて並べ替える。
それから最後に、AIに原稿チェックをお願いする。
世の中的には「まずAIに相談」だと思うけど、それをやってしまうとみんな同じ記事になってしまうような気がしてちょっと怖い。
何よりもこれを書いている目的が、私自身の整理でもあるので、「まずは自分の頭の中から引っ張り出す」ということをやっている。
内側から溢れさせて、外側で整える。この順番が、いまの自分には合ってる。
「考えるのが苦手」は、才能の問題じゃない。
方法の問題だ。
宮崎監督のスケッチみたいに、外に出し続ければ、思考は必ず前へ進む。
あなたは最近、書き出してみてどんな気持ちになった?
どんな発見があった?
よかったら、あなたの“イメージボード”の断片、聞かせて。
次の一歩は、たいてい誰かの落書きの端っこにいるから。
暗闇は、地図がないだけ。
地図は、自分の手で描ける。

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