どんな勉強法が自分に合うかな?
大人になってからの勉強って、
誰にもテストされないくせに、ふと胸がざわつくことがある。
あの頃ちゃんと「やり方」を教えてもらえてたら、
今のわたしはもう少し楽だったのかな、なんて。
本屋さんで平積みになった勉強本の背表紙をなでながら、
遅れてきた放課後みたいな気持ちになる日がある。
大人になってからの「勉強の仕方」
最近、本屋さんに行くと、大人向けの勉強法の本がやたら目に入る。
資格試験、語学、自己啓発。
どの棚にも
「最速で」「一番効率よく」「続けられる」
といった言葉が並んでいる。
子どもの頃、学校では勉強そのものは教えてくれても、
「勉強の仕方」については教わらなかった気がする。
ノートの取り方や宿題の出し方は決まっていたけれど、
そこに自分なりのやり方を持ち込む余地なんて、ほとんどなかった。
黒板を写すスピードが速い子が「できる子」で、
テストで点を取れる子が「ほめられる子」。
勉強そのものよりも「決められたやり方」に
合わせられるかどうかの方が大事みたいな空気もあった。

それでも、大人になったわたしたちは、
仕事のため、趣味のため、ときには恋愛のためにだって、
何かを学び続けている。
日々の生活のなかで、名前をつけないままの「勉強」を、
実はたくさんしている。
ふと立ち止まって、その勉強の仕方って、誰に教わったんだろうと考える。
親でも先生でも、マニュアルでもないとしたら。
もしかしたら、失敗した恋や、あのとき言えなかったひと言から、
わたしたちは密かに「学び方」を覚えてきたのかもしれない。
うっかり始まった「英語の留学」
10年以上前のこと。
英語の勉強のために、1年間ほど留学をしていた時期がある。
……と言っても、パスポートもスーツケースもいらない「駅前留学」。
家から徒歩数分のところにある、あの有名な英会話スクールだ。
もしかしたら、占い師として海外に行くかもしれない、
という話がちらっと持ち上がった。
結局その話は流れてしまったんだけれど、
「もしも」が現実になっても慌てないように、
とにかく日常会話ぐらいはなんとかしたいと思った。
それで、近所の英会話スクールの門を叩いたわけだ。
入学のとき、ピンク色のウサギのぬいぐるみをもらった。
あのふわふわした手触りは、今思い出してもくすっと笑ってしまう。
家に帰って速攻、妹にあげたら喜んでいた。
あの頃はCMにもよく出てたキャラクターだったから。
その1年間は、本当に楽しかった。
中学時代、英語の成績はクラス最下位か、よくて下から2番目。
英語と聞くだけで、体のどこかがキュッと固くなるぐらい、
苦手意識がこびりついていた。
でも、外国人の先生やクラスメイトと会話をしてみると
「こちらの伝えたいことが伝わる」
「相手の言っていることがなんとなく分かる」
という瞬間が、ぽつぽつと現れた。
この「なんとなく分かる」の快感が、
一度スイッチを押してしまう。
そこから一気に、英語への印象がひっくり返った。
英語嫌いだったわたしが、
英語しかしゃべれないアメリカ人と友達になった。
週末になると一緒に遊びに行ったり、
無謀なチャレンジで富士山に登ったりもした。
八合目あたりで、苦しくて「I'm done」と無意識に口から出たのも、
今ではいい思い出だ。

異国の言葉で笑い合っているうちに、気づいた。
学校のテストで測られていた「英語」と、
ここで感じている「英語」は、まったく別物なんじゃないかって。
あの教室には、赤ペンも通知表もなかった。
代わりにあったのは、片言でも笑ってくれる人たちと、
「通じたね」と頷き合える時間だった。
私にとっての英語が一番身につく方法
英会話を学ぶうえで、わたしがずっと考えていたことがある。
どうすれば、一番効率よく、ちゃんと体にしみ込む形で、
英語を身につけられるだろう。
本屋さんに行けば、英会話の本は山ほど並んでいる。
「これ一冊でマスター」「基本フレーズ○○」と、
どれも頼もしい顔をしている。
だけどページをめくってみると、
自分には全然関係のないシチュエーションや名前がずらっと並んでいて、
途端にページが遠くなる。
海外出張もしていないし、外国人の同僚もいない。
「ジョン」「メアリー」と順調に会話を重ねていく例文を眺めながら、
どこか蚊帳の外にいるような気持ちになっていた。
そうか。
自分に直接関わらない単語や例文をいくら覚えても、
心が全然ついてこないんだ。
頭では「勉強しなきゃ」と思っているのに、
心は「でも面白くない」とスネている。
恋愛でもあるよね。
条件だけ見れば完璧なのに、なぜか心が動かない相手。
勉強も同じで、「いい教材ですよ」と渡されたものが、
必ずしも自分の感情とつながるとは限らない。
じゃあ、どうやって学べばいいんだろう。
どんなふうにしたら、心ごと動かせるんだろう。
そうやって「学び方」そのものを考えはじめたときに、
浮かんできたのが自作のアイデアだった。

わたし専用テキスト「英語自分史」
自分に関わるような単語や例文なら、きっと簡単に覚えられる。
だって、もうすでに日本語では散々使ってきた言葉たちだ。
だったらいっそ、自分の人生そのものを教材にしてしまえばいい。
そう思って作ったのが、「英語自分史」だった。
やり方はシンプル。
まず、物心ついてから現在に至るまでの自分史を、
日本語でひたすら書き出す。
幼稚園で好きだった遊び。
小学生のときに仲良くしていた友達の名前。
初めて胸がいたくなった、あの片思い。
家族で行った旅行。
バイト先で泣いた日。
誰にも言えなかった失敗。
思いつく限りの記憶を、ひたすらPCに打ち込んでいく、
とにかく細かいところまで書いたので、
気づいたらA4で20ページぐらいになっていた。
文字だらけの画面を前に、
「わたし、こんなに生きてきたんだな」と、
ちょっと笑ってしまった。
ちなみにこの時に書いたことが今でもPCに残っていて、
noteの「生い立ち」を書くことにめちゃめちゃ役立った。↓
その日本語の自分史を、プロの翻訳家さんに英文にしてもらう。
さらにその英文を、英語ネイティブの人に読んでもらって、
音声を録音する。
いまなら翻訳も音読も、AIが一瞬でやってくれる。
だけど当時は、そんな便利なものはなかった。
だからこそ、ひとつひとつの工程に、人の手と時間がかかっていた。
その分、自分の人生がゆっくりと別の形に生まれ変わっていく過程を、
じっくり味わえた気もする。
完成した「英語自分史オーディオ」を、
iPod(iPadじゃないやつ、なつかしい)に入れて、
通勤中や家事の合間にひたすら聞き返した。
イヤホンの向こうから、英語の自分が、自分の人生を語っている。
「I was born in…」
聴き慣れないはずの英語が、なぜかすっと頭に入ってくる。
だってそれは、誰かの物語じゃなくて、
紛れもなく「わたしの話」だったから。
自分のことだから、こんなに覚えられる
自分の人生に関わることだから、
単語も表現も、面白いぐらい頭に入ってきた。
「ああ、このフレーズはあのときのあの気持ちだ」と、
英語と記憶がひとまとまりになっていく感覚。
英語で自分の物語を聞きながら「あの恋はなんであんなに苦しかったんだろう」と、別の角度から振り返る時間にもなった。
好きだった人との会話も、失恋の夜も、
英語に訳されることで、少しだけ客観的に見えるようになる。
どこか遠くの国で起きた出来事みたいに見えて、
「あの頃のわたし、よくがんばってたよ」
と肩をぽんと叩いてあげたくなる。
コミュニケーションで大事なことのひとつに、自己紹介がある。
誰かと仲良くなりたいとき、わたしたちは自分のことを差し出す。
どんなふうに育ってきたか。
何が好きで、何が苦手で、どんな恋をしてきたか。
英語自分史のおかげで、その自己紹介が、ぐっとやりやすくなった。
準備していないと出てこなかった言葉が、
「もう一度再生するだけ」で思い出される。
会話のなかで、自分の人生の断片を、少しずつ手渡せるようになった。
決して英語が流暢に話せるようになったわけじゃない。
ネイティブみたいな発音からは程遠いし、今も知らない単語は山ほどある。
それでも、英会話に対する「わたしなんて無理」という苦手意識は、
かなり薄くなった。
英語が「テストの敵」から、
「自分の物語を広げてくれる道具」に変わったのだ。
学び方は、人それぞれのラブレターみたいなもの
英会話に限らず、どんな勉強にも「自分に合った学び方」がある。
朝の方が頭が働く人もいれば、
夜の静けさの中でしか集中できない人もいる。
書いて覚えるのが得意な人もいれば、
人と話さないと頭に入らない人もいる。
私の友人は、渋谷や新宿のスタンディングバーで、
ひたすら外国人をナンパしまくって英語を覚えたと言っていた。
それも彼にとっては最強の英語学習法だろう。
でも、その「学び方」を教えてくれる教科書って、なかなかない。
学校では、「答えの出し方」は教えてくれても、
「自分のやり方の見つけ方」までは手が回らない。
子どもの頃は、それでもよかったのかもしれない。
先生に言われたとおりにノートを取り、宿題をこなし、
テスト前に詰め込む。
決められたレールの上を走っていれば、とりあえずなんとかなった。
だけど、大人になってからの勉強は、少し違う。
誰かが時間割を配ってくれるわけじゃないし、チャイムも鳴らない。
「これをやりなさい」と言ってくれる先生の代わりに、
自分自身が自分の先生になる。
何かを学びたいと思ったとき。
最初に必要なのは、教科書を開くことじゃなくて、
「どんなふうに学びたいか」を考えることなのかもしれない。
これは恋にもすごく似ている。
恋愛のハウツー本をいくら読んでも、「正解の恋」は手に入らない。
相手の数だけ関係があり、自分の数だけ「愛し方」がある。
誰かの恋の教科書を丸写しにするより、
自分と相手に合ったペースや距離感を、
試行錯誤しながら見つけていくしかない。
勉強の仕方も、恋の仕方も、
どちらも「わたしたちそれぞれのラブレター」みたいなものだ。
誰かの文章をなぞるんじゃなくて、
自分の言葉で、自分の形で書き直していく。
その過程に、時間がかかってもいい。
間違えてぐしゃぐしゃに破ってしまったページがあってもいい。
大事なのは、
「わたしはどうやって覚えやすい?」
「どんなふうに人を好きになりやすい?」
と、自分に問いかけてみること。
その問いかけこそが、大人の勉強のはじまりなんだと思う。

勉強も恋も、「こうしなさい」と決めてくれる先生はいない。
その代わりに、自分で選べるという自由がある。
失敗しながら、寄り道しながら、自分だけのやり方を見つけていく。
どうせなら、自分の人生にちゃんと関わることを、
何度でも学び直していきたい。
ことばも、仕事も、そして、人を愛することも。
今日のあなたは、どんなふうに学んでいく?
誰のどんな一言を、そっとポケットにしまって帰る?
その小さな積み重ねがあなたの物語になっていく。
あなたは今、どんなふうに学んでる?
子どもの頃は、先生の言うとおりに学ぶのもアリだった。
だけど、大人が何かを学ぶとき。
そこには「自分で自分のやり方を選ぶ」という、ちょっとした覚悟がいる。
わたしの場合は、英語の自分史づくりが、その最初の一歩だった。
自分の人生を材料にして、ようやく「勉強」が自分事になった。
それは、誰かと恋に落ちた瞬間に、世界の色が変わるのに少し似ていた。
本や講座や動画は、そのサポートをしてくれる心強い味方だ。
でも、最後に「これなら続けられそう」と決めるのは、やっぱり自分だ。
あなたは、普段どんなふうに学んでいるだろう。
朝の通勤電車のなかでスマホをスクロールしながら。
寝る前の5分だけ、本を開きながら。
好きな人との会話の中で「そうか、そう考えるんだ」と小さくメモをとりながら。
そのどれもが、ちゃんとした「勉強」だ。
ちゃんとした「学び方」だ。

【おまけ】 今日の「最強のカップルになる方法」
もしかして・・・友達とお茶したり飲みに行った時に「パートナーの愚痴」ばっかり言ってない?「もっといい人いないかな」とか。それってもしかしてパートナーの魅力を眠らせたままにしてないかな?
— ひなた また恋したくなるアルパカ (@hinata_uranai) December 3, 2025
「あのひと本当にパッとしないから」と相手の愚痴を言う前に、… https://t.co/axLn00Tm5l pic.twitter.com/OCHy4xURFj
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