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「男が好きなのか?」父に問われた夜(小学5年のころ)

「好きな人、誰?」のその先で

小学校5年生の9月、林間学校の夜。
みんなで飯盒炊さんでカレーを作って、キャンプファイヤーで「燃えろよ燃えろ」を歌ったり・・・

就寝時間になってテントの中で、男子5人がタオルケットにくるまりながら、ちょっとしたおしゃべりタイムになった。

話題は、なぜか恋バナ。いや、まあ、男子でもだいたいそうなるよね。
「好きな子、いる?」ってやつ。

4人が順に、好きな女子の名前を言っていく。ちょっと照れたような顔しながら、でもどこか誇らしげだった。

私の番が来て、言わなきゃいけない空気になってた。
正直、ちょっとだけ迷ったけど、思い切って言った。

「……隣のクラスの、Aくん」

一瞬、空気が止まった気がした。
「おまえ、ウソつくなよ。本当のこと言えよ」
すぐに返ってきた言葉は、からかいというより、信じてないって感じだった。

たぶん、「好きな女子の名前を言いたくないから、男子の名前を出した」と思われたんだろう。
でも私は、何度も「ほんとにAくんが好きなんだ」と言った。
そのうち誰も何も言わなくなって、その夜はそのまま眠った。

…と思っていた。


「だから何も言わない」と決めた

家に帰って数日。
何も変わらない穏やかだった日々が突然終わった。

林間学校が終わってから、1週間くらいは平和だったのに。
ある日の体育の時間、先生が「男女に分かれて」と言ったとき、どこかの男子が言った。
「ひなたはどっちなんだよ」って。クスクス笑いながら。

それがたぶん、あの日から「いじっていい対象」になった合図だったんだと思う。
それ以降、先生が「男子」「女子」って口にするたびに、私の周りでくすくす声が飛ぶ。
男子トイレに入ろうとすれば、「おまえはこっちじゃないだろ」って言われる。

「ホモ」「オカマ」って書いた紙が、机の中にねじ込まれていた。
教科書には落書き。
給食の時間、一緒に食べてくれる人がいなくなった。

最初は腹が立った。
誰が言いふらしたんだ?って、あのときのテントの4人を何度も思い返した。

「誰にも言わないって、約束したじゃんか」

でもそのうち、腹立たしさよりも、怖さが勝つようになった。
「気持ち悪いやつ」って思われてるのが伝わってきて、誰にも好かれてない気がして、「このクラスに、私はいない方がいいんじゃないかとさえ思うようになっていった。


笑われることが増えるほど、心がどんどん固くなっていった。
なにか言われた気がするとすぐ、スイッチが切れるみたいに、感情のスイッチをオフにしてた。

怒ったら、よけいに面白がられる。
手を出したら、おもちゃになる。

泣いても、助けてって言っても、それもまたネタになる気がした。

だから、何も言わないでいた。
言わないで、ただ耐える。それが一番「安全」な方法だと思ってた。

でもたぶん、それが逆効果だったんだと思う。
反応しない私が「いじってもいいやつ」に見えたんだろうな。

ある日、校庭でみんなが遊んでる輪に入ったら、笑いながらボールをぶつけられた。
「もう無理だな」って思って、それからは外遊びにも行かなくなった。


好きな人から言われた「おまえ大嫌いだからな!」

ある日の昼休み。
チャイムが鳴るまでは、まだ少し時間がある。

私はいつものように席にいた。
ひとりで、何をするでもなく、本をめくるふりをしながら時間が過ぎるのを待っていた。

そのときだった。
教室の扉が、ガラリと音を立てて開いた。

目を向けると、そこに立っていたのは──隣のクラスのAくんだった。

別のクラスの子が、無断で教室に入ってくるなんて滅多にない。
みんな一斉に、彼のほうを見た。

Aくんは、扉から一歩だけ中に入り、私の方をまっすぐ見つめた。

そして、絞り出すように叫んだ。

「オカマなんて気持ち悪いんだよ! おまえなんて大嫌いだからな!」

叫び終えるとすぐ、扉の外へと去っていった。
その足音が、やけに大きく感じた。

教室に入っていいのは、あくまで自分のクラスだけ、という学校の謎ルール。
だから、彼はその「一歩」だけでとどまったのだと思う。
ぎりぎりの勇気と、ぎりぎりの距離だった。

教室に残った私は、席に座ったまま、頭を下げたまま、動けなくなった。
誰の顔も見たくなかったし、自分の顔も見られたくなかった。

Aくんの声は、怒っていたけど、どこか悲鳴みたいに聞こえた。
たぶん彼も、私のせいでからかわれたり、陰口を言われたりしていたんだと思う。

「アイツ、○○に好かれてるらしいぞ」
「おまえもホモなんじゃねえの?」

──そんな言葉が、あったのかもしれない。

彼にあんなふうに言われたことももちろん苦しかったけど、
それよりも、自分のせいで彼まで笑われてしまったことが、たまらなくつらかった。

しかも、話がもう他のクラスにまで広まっていることが、
私の世界をさらに狭くする気がして、心がすーっと冷えていった。


一人で抱えきれなくなってしまって

その日の午後、体育の授業を終えて教室に戻ったとき。
私の通学用カバンが、床の端に、べちゃりと落ちていた。

ランドセルじゃなくて、布のショルダータイプのカバン。
……ドロドロだった。

水を吸った土で、真っ黒で。
誰かが踏んだのか、靴の跡みたいな模様もついていた。

そのまま何も言わずにカバンを持って、家に帰った。

玄関で靴を脱いでいると、後ろから母の声がした。

「ちょっと、これ……どうしたの?」

私はすぐに嘘をついた。

「帰り道で、泥に落としちゃって……」

母はカバンをひっくり返して、しばらく黙っていた。
カバンの中までぐちゃぐちゃだった。

まっすぐ私の目を見て、こう言った。

「ひなた、本当のことを言いなさい」

その日だけは、もうウソを続けられなかった。

Aくんの声がまだ耳に残っていて、教室で感じた視線が体にまとわりついていて、私はもう、自分ひとりでは持ちきれなくなっていた。

ぽつりぽつりと、これまでのことを話しはじめた。
母は黙って、ずっと聞いていた。


翌日の放課後、私は母と一緒に職員室の横にある応接スペースに呼ばれた。
パーテーションで仕切られた小さな空間に、担任の先生がいた。

そこで、また全部話した。

いじめられていたこと。
からかわれていたこと。
笑われたり、無視されたりしたこと。

それはつまり、「いじめられている自分」を認めることだった。
「もう自分じゃどうにもできません」って、大人に丸投げすることだった。

勝ち負けの話じゃないって、頭ではわかっていたけど
あのときはやっぱり、負けた気がした。

その場にいたくなくて、すぐに帰りたくてたまらなかった。
このあと、もっと居心地が悪くなるのが目に見えていたから。

そして、それはすぐに現実になった。

次の日、学級会が開かれた。
テーマは「ひなたくんがいじめられている件について」。

学級会の最後に、当事者たちが一人ひとり立たされ、私のほうを見て、「もうしません、ごめんなさい」と言った。

でも私は、ひとことも返せなかった。
下を向いて、膝の上の手を見つめていた。
謝ってくれてるのか、言わされてるのかも、よくわからなかった。


学級会のあとは、少しだけ空気が変わった。
からかいは減った。
悪口は減った。
でも、“友達”ができることはなかった。

表面は穏やかになっても、私はずっと、クラスの隅っこにいた。

何もなかったふりをするのが一番うまくなって、
気づかないふりと、聞こえないふりが日課になった。
誰かの隣になるのも、誰かに「またね」と言うのも、怖かったから。

いじめは少なくなったけれど、孤立はそのまま卒業まで続いた。


父親に何も言えなかった夜

学級会があった日の夜、父が帰宅した。
仕事で遅くなることの多い人だったけど、その日はいつもより少し早かった気がする。

母と何かを話していた。
声は聞こえない。でも、それだけで、すぐにわかった。

「ああ、もう全部知られたんだな」って。

リビングのドアが開いて、名前を呼ばれた。

その瞬間、心臓がぎゅっと縮まった。
これは、怒られるやつだ。
きっと、怒鳴られる。たぶん、ビンタされる。

父は理不尽な人ではなかったけど、間違ったことをしたときは、はっきり怒る人だった。
それに、手を上げることもあった。

私は父の前に立ち、うつむいたまま身構えた。

「男が好きなのか?」

その一言に、心が止まりそうになった。
「はい」と言ったら殴られるんじゃないか。
体が一瞬、すくんだ。

けれど。

父は、ゆっくりと私の前で膝をつき、私を抱きしめた。

そして、こう言った。

「お前が男を好きになろうが、女を好きになろうが、
俺の息子には違わない。

お前をそれで見捨てたりすることはない。
だからお前も、胸を張って生きろ」

何も言えなかった。
「ありがとう」も、「ごめんなさい」も、何ひとつ。

私はただ、父の腕のなかで、しずかに泣いていた。


“一族の恥だ”と叫ぶ声と“そばにいる”という沈黙

それから数日後の夜、玄関が騒がしくなった。
親戚のおばさんが怒鳴り込んできた。

「ひなたは一族の恥だ! 精神異常なんだよ!
精神科に連れていきなさい!
弟くんと妹ちゃんがかわいそうだわ!」

怒鳴り声は、家の外に響き渡っていた。
近所の目を気にしてか、両親は彼女を家の中へ入れた。

リビングで話し合う声。
ときどき、父とおばさんの怒鳴り声が重なった。

私はその間、自分の部屋にいた。
何もできず、ただ布団にくるまっていた。

しばらくして、弟と妹が部屋に入ってきた。
無言のまま、私の両隣に腰を下ろした。

妹が、そっと手を握ってくれた。

あたたかくて、少し震えていて、でも力強かった。
言葉じゃなくて、「ここにいるよ」って伝えてくれる手だった。

やがて、リビングから父の怒声が響いた。

「出ていけよ、もう来るな!」

玄関がバタンと閉まったあとは、しばらく静かな時間が流れた。


もしあれを言わなければ誰も傷つかなかったのに

10分か、20分か。
時間の感覚がなかったけれど、やがてドアがノックされて、両親が入ってきた。

母は穏やかな声で言った。

「もう大丈夫だからね」

そう言って、私たち3人をリビングに連れていった。

リビングには、家族みんながいた。

弟も、妹も、母も、父も。
誰ひとり、私を責める人はいなかった。

普段は、弟や妹を守ってやらなきゃいけない立場だったのに、あの夜だけは、私がふたりに守られていた。

情けないような、くすぐったいような、でも、あたたかい感覚。


今になって思えば──
あの出来事は、なるべくしてなったのかもしれない。

小学生の世界は狭くて、残酷で、時々むきだしだ。

男の私が「好きな人はAくん」と言えば、それがどんなに小さな内緒話だったとしても、すぐに広まるのは当たり前だった。

そして、「人と違う」というだけで、笑われたり、はじかれたりするのも、あの頃の教室では、珍しくもなんともなかった。

Aくんが私にあんなふうに怒鳴ったのも、きっと、彼自身が誰かに追い詰められていた結果だったと思う。

怒鳴り込んできた親戚のおばさんだって、どこかで「あなたの家系はおかしい」なんて言われて、その言葉を信じ込んでしまった、ある意味では被害者だったのかもしれない。

全部のはじまりは、あのテントの中。
私が「Aくんが好き」と言った、たった一言だった。

もしあれを言わなければ、
Aくんを傷つけずに済んだかもしれないし、
親戚と絶縁することもなかったかもしれない。


好きが原因で「何か」が壊れてしまうこと

あのとき学んだことは、今でも心に残っている。

男が男を好きになるというのは、世の中では「異質」とされること。

そして、それが“知られてしまう”というのは、ただのカミングアウト以上の意味を持ってしまうことがあるということ。

誰かを好きになることなんて、誰の迷惑にもならない。
そう思ってた。
だけど現実は、思ってたよりずっと複雑だった。

好きな気持ちが原因で、
大切な人を巻き込んでしまうこともある。
大切な関係が、壊れてしまうこともある。


それでも、私の家族は
父も、母も、弟も、妹も
誰も私を責めなかった。

世間から冷たい目で見られても、親戚にとって“恥”と言われても、誰も私を見捨てなかった。

あの夜、父に抱きしめられたとき。
あの夜、妹が私の手を握ってくれたとき。

「この家族でよかった」って、心の底から思えた。

今でも、あのときの家族の姿を思い出すと、胸の奥に、静かなあたたかさが灯る。


3年後…この話の続きはこちらです↓



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