生きる「意味」を自分でつくる
生きている意味がないと生きていけないのは人間だけだといわれています。
サトマイさんの『あっという間に人は死ぬから』の一節を読んで、初めてサルトルの実存主義という概念が理解できました。
ジャン=ポール・サルトル(1905~1980年)はフランスで活躍した哲学者・小説家で、
[実存は本質に先立つ]
という言葉が有名なのですが、小難しい感じがして、私にはいまいち意味がわかりませんでした。
ものは、意味(目的)があって存在します。例えば、ペンは、「ものを書く」という目的が先にあり、ペンという存在が生まれます。しかし、人間は生まれながらに生きる目的(本質)を持っているのではなく、本質がある前に存在(実存)があります。ものは意味づけが先にあって生み出されますが、人間や人生は、目的や意味があって生まれるわけではないのです。(中略)したがって、「私はこう生きる」「私はこれに生きる」と決めない限り、生きる目的や意味などないのだ、ということです。
よくない例かもしれませんが、親が勝手に
「この子を医者にする」
という「目的」を持って子育てすることはあり得ますが、その子自身は「医者になるため」に生まれくるわけじゃないので、必要な資質(高い学力や体力、血を見るのが苦手じゃないなど)を持ち合わせているとは限りませんよね。
「人間は意味や目的があって存在するわけではない。だから自分でそれを見出していくしかないんだ!」という考え方は、心にガツンと響きました。
私は物心ついた頃から、
どうせいつか死ぬのに、なんで生きるのかな?
と漠然と考えているような子どもでした。
生きるのがつらかったとか、そういうことではありません。ただ純粋に「なんでなのかな?」と思っていたのです。
仮に今、私がこの世から消えてしまったら、悲しんでくれる人や困る人はいると思うけど、はじめから私という存在がなかったら、悲しむ人もいないし、世界は何の変わりもなく回り続けていくはずです。
マクロな視点で考えるほど、私がここに生を受けたことに何の意味もないように感じられて、虚しさを覚えることもありました。
(こういう薄暗いことを考えはじめるのは、だいたい精神的にまいっている時です……笑)
「私はこう生きる」「私はこれに生きる」と決めない限り、生きる目的や意味などないのだ。
つまりは、そういうことなんだろうな。
特に意味のない人生に、自分なりの意味を見出して、前向きに生きていく。
これが大切なんだろうな。
間違っちゃいけないのは、意味や目的を見出せないと生きている「価値」がないと言っているわけではないこと。
あくまで、自分の中の問題として捉える必要がありますが、「意味」が自分でつくれるって、ある意味、希望なのかも。
だって、過去にどんなことがあっても、これから先の未来に何が起ころうとも、それにどんな意味づけをするかは自由だから。
「私は〇〇のために生きる」
と単純に表現できるわけではないけど、ときどきサルトルの言葉を思い出して、人生の「意味」を考えていきたいと思います。
実存主義についてはこちらの動画もわかりやすくてオススメです。↓↓
サトマイさんの『あっという間に人は死ぬから』もぜひ手にとってもらいたい良書です。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
