記号と体温
子どもたちが自分の足で歩き出し、私の手から離れていった頃、私はホテルのフロントで働き始めた。海外でブラブラしていた経験から、そこで得た英語を活かしたいと考えたからだ。
ホテル業界は転職が多い。どこへ行っても基本の仕事は同じで、システムさえ覚えればやっていけるから。
私はホテルのオープンから在籍しているが、今まで何人もの出会いがあった。当初、派遣も多かったので一ヶ月単位で人間模様が様変わりしていた。私は変わりゆく風景を眺めるように毎日を過ごしていた。
けれど、そんな風景の中に、たった一人だけ、ずっと消えずに残っている人がいる。
最初に言葉を交わしたのは、狭いスタッフの休憩室だった。私がお弁当を広げていると、彼がやってきて、向かいの席に座った。
彼は体調を崩し一週間ほど休んでいて、事務所には彼からの「お詫び」の菓子折りが置いてあった。
「あのお菓子、おいしかったです。ごちそうさまでした」と私はお礼を言った。それが、私たちの始まりだったと思う。
彼は少し意外そうな顔をして、何か応えてくれた。その時の彼は、まだ「機能」の一部ではなく、一人の不器用な、体温のある同僚に見えていた。
それからと言うもの、私がホテルの共有施設である、フィットネスルームを掃除していると、彼は決まってふらりと現れるようになった。特に用事があるわけでもないのに。少し話しては事務所へ戻っていく。
「もしかして、しゃべりに来てるの?」と尋ねると、「今ごろわかった?」と彼は短く返した。
その言葉の奥にどんな意味が隠されているのか、その時の私にはまだ、透かして見ることはできなかったけれど。
会話はいつも、パズルのピースがカチリと噛み合うように心地よかった。私たちは同じ言語を話しているのだと信じて疑わなかった。
だから私は、残酷な錯覚をしてしまったのだ。言葉がこれほどまでに響き合うのなら、彼の内側にある「共感」や「誠実さ」も、きっと同じくらいの密度で詰まっているはずだ、と。
けれど、月日が経つにつれ、冷たい壁が私たちの間に見え隠れするようになった。
実際に会って話すと、その壁は彼の顔を見ると溶けてしまう。でも、夜になって一人で彼からのLINEを見返すと、そこには冷たい礫のような言葉が並んでいる。その違和感を、私は何度も何度も、自分の中でナアナアにしてやり過ごしていた。
そしてついに、夜中の静寂の中で、私たちは決定的なLINEバトルをした。
私は自分の心をそっと取り出して、丁寧に説明書を添えて彼に差し出した。
「ほら、ここが痛いんだよ」と。
けれど、彼はそれを真剣に見ようともしないし、意味がわからないと言う。
それどころか、自分も傷ついているのだと、自分の正当性を守るための盾を必死に掲げた。
そして、彼は時間に余裕がなく残業続きだと言って私から逃げた。逃げる彼を、私が執拗に追いつめると
「こうしたやり取りのための時間をとっているのも冷たい気持ちはないから。逃げたという認識で結構です」と目の前で扉をピシャリと閉めた。
私がほしかったのは、時間ではなく、私をいたわる、やさしい言葉だけなのに。LINE上の言葉だけが空回りをする虚しさに、心がまた悲鳴をあげた。
そのあと、私は何度も、何十回もそのやり取りをトレースした。
冷たくしているつもりはないと言う。
つまり、本人は普通に接しているつもりなのに、受け取る側には冷たく響く。わざとではないからこそ、修正のしようがない。その救いのなさが、何よりも残酷だった。
私は「もう無理だ、絶対にわかりあえない」と悟ったとき、温かなものが頬をつたった。私は自分が泣いているのだと気がついた。
私たちは、言葉の定義があまりにも違いすぎる。
彼にとって、言葉は目的へたどり着くための「記号」でしかない。
私にとって、言葉は記憶の底に眠る「体温」そのものなのに。
彼は一秒でも早く結論を出すために言葉を削ぎ落とし、私は一秒でも長くその余熱に浸るために言葉を編み上げる。
彼には、私の心を受け止めるための「器」が、最初から備わっていなかったのだ。
ないものは、どんなに祈っても、手を尽くしても、そこには現れない。宇宙の真理のように、ただ、それだけのことだった。
「仕事」としての彼を信じている。けれど、私の人生の特等席を彼に明け渡すことは、もう二度とないだろう。機能としての彼を信じることと、魂のありかを信じることは、全く別のこと。
私にとって「信用」と「信頼」の境界線だ。
心のやり取りは、私の生命線。それを守るために、私はこの傷跡を抱えたまま、夜が明けるのを待つ。
現場で会えば、また心がさざ波立つかもしれない。けれど、私は私の、この少し面倒で、熱を帯びた言葉の世界を信じて生きていくしかないのだ。
言葉は私のすべてだからだ。
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