今でも忘れられないこと
5年目のある日、臨床実習の学生が来た。
見学から始まり、担当患者を持ち、評価・治療プログラムの立案・実施へと進む流れ。
忙しい中でも、できる範囲で指導していた。
その日、人工呼吸器につながれた患者さんのリハビリを見学してもらった。
意識の回復が難しい状態の方だった。
私はいつも通り声をかけながら進めた。
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
「今日はどうですか?」
反応はない。それでも、関節拘縮の予防、ポジショニング、呼吸状態の確認——20分のリハビリを丁寧に行った。
見学が終わり、学生に聞いた。
「何か質問はありますか?」
彼はこう言った。
「先生、ああいう方にも必ず挨拶したり、話しかけたりしなければいけないんですか?」
30秒、体が固まった。
耳がおかしくなったのかと思うくらい、信じられない言葉だった。
私は答えた。
「セラピストである以前に、人間としてどうなのか。自分に問いかけてみてください」
まだ意味が分かっていない様子だったので、続けた。
「自分に置き換えて考えてみて。見ず知らずの人間が、声もかけずに体を触る。布団をめくる。勝手に動かす。自分がその立場だったら、どう思う?」
「それに——聴覚は、最後まで残る。 声が届いていないとは、言い切れない」
その日の見学はそこで終わりにした。
「他の先生のところへ行ってください」
これ以上一緒にいたら、自分が冷静でいられなくなりそうで怖かった。
今でも、間違ったことを言ったとは思っていない。
