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自分の為に生きた人生

🎧️窓辺の雨音の曲を作りました♪
よかったら聴きながらお読み下さい♪

「私、これからは自分のために生きることにしたんです」

五十歳の女性が、晴れやかな笑顔でそう言った。

「今までは、家族のことや職場のみんなのことばかり考えて生きてきました。でも、これからは旅行をしたり、習い事をしたり、自分の好きなこと
をしようと思うんです」

肩の力が抜けたような、穏やかな表情だった。

私はその言葉を聞きながら、一人の女性のことを思い出していた。

医療用コンピューターの操作を教えるため、
ある病院へ通っていた頃のことだ。

五十代の事務長だった彼女と病院の廊下を歩いていると、
不意に話し始めた。

「私には障害のある二十七歳の娘がいて、この病院に入院しているの」

その日が初対面だった。

私は少し驚いたが、黙って話を聞いた。

彼女には二人の子どもがいた。

長男と、生まれつき重い障害のある娘さん。

ご主人は、娘さんが生まれて間もなく亡くなったという。

彼女は幼い息子の手を引き、生まれたばかりの娘を抱えて、
東京や京都の病院を何度も訪ね歩いた。

その頃、今勤めている病院から「うちで働きませんか」と声を掛けられ、
以来ずっとこの病院で働いてきた。

平日は事務長として働き、土日になると入院している娘さんを車で家へ
連れて帰る。

そして月曜日の朝になると、また病院へ送り届ける。

そんな生活を何十年も続けてきたという。

娘さんは二十七歳になり、自分で呼吸をすることが難しくなって、
気管切開をしていた。

彼女は静かな口調で続けた。

「息子は十八歳で急に亡くなったの。大学へ入ったばかりだった。
とても親思いの優しい子で、私は辛くってもう無理だと思った」

私は胸が詰まった。

ご主人を失い、ようやく大きく育った息子を失い、
それでも彼女には守らなければならない娘さんがいた。

悲しみに立ち止まることも許されず、
前を向いて歩き続けてきたのだろう。

それから一か月ほどして、娘さんが亡くなったことを知った。

私は何と言葉を掛ければいいのか分からなかった。

「これからは、ご自分のために旅行へ行ったり、
好きなことをしたりして人生を楽しんでください」

そう言うのが精一杯だった。

ようやく、自分の人生を歩き始められる。

私はそう思っていた。

一年後、病院の男性職員から、彼女が亡くなったと聞いた。

脳卒中だった。

まだ五十代だった。

私がお香典を渡したいと言うと、その男性は寂しそうに言った。

「僕たちもそう思ったんですが、お墓を守る人もいないので、
お香典をいただいても困ると、ご親族から言われたんです」

私は言葉を失った。

彼女がなぜ、初対面の私に身の上話をしたのか
分かったような気がした。

彼女は一人で働き、一人で娘さんを育て、一人で人生を駆け抜けた。

きっと今ごろは、娘さんと再会している。

そんなことを思わずにはいられなかった。

「これからは自分のために生きる」

あの日、そう話してくれた女性の笑顔を思い出しながら、
私は考えた。

私も離婚してからは、子どもだけは絶対に守ろうと生きてきた。

母が認知症になったときも、最期まで私が看ようと決めていた。

介護の途中で乳がんが見つかったが、それでも自分より
母を守りたいと思った。

あれは家族のための人生だった。

でも、それは誰かに言われたからではない。

私自身がそうしたいと選んだ人生だった。

だから私は思う。

旅行を楽しむ人生もいい。

趣味に夢中になる人生もいい。

誰かのために生きる人生もいい。

人は、自分が大切だと思うもののために生きている。

だから私は、誰かのために生きた人生も、

自分のために生きた、幸せな人生だったと思う。

娘の為に生きた事務長の人生も
きっと幸せな人生だったと信じたい。

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