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裁判所からの手紙

🎧️朝の光の曲を作りました♪
よかったら聴きながらお読み下さい♪

裁判所から、一通の訴状が会社に届いた。

私は人生で初めて、「被告」になった。

私を訴えたのは、かつて我が社でテレアポとして働いていた、
60歳の女性だった。
慌てて弁護士に相談に行くと、返ってきたのは冷酷な一言だった。

「勝ち目はありません。勉強代だと思って、
お金を払って和解した方がいい」

納得がいかなかった。腑に落ちるわけがなかった。

彼女は、テレアポの求人に2度も応募してきた人だった。
「時給は高いですが、結果が出なければすぐに契約終了になりますよ」

1度目の面接でそう伝えると、彼女はすごすごと帰っていった。

しかし、2度目にやってきた時、
彼女は自分が一度ここに来たことすら覚えていなかった。

私は再び、同じ条件を繰り返した。
「できない人は、すぐに切られます」

すると彼女は、今にも泣き出しそうな顔で訴えてきた。
「すごく生活に困っているんです。
すぐ切られてもいいですから、どうか、どうか雇ってください」

そこまで困窮しているなら、なんとか助けてあげたい――。
その善意が、すべての間違いの始まりだった。

仕事を紹介し、契約書にサインをして返送してもらうよう、返信用封筒と一緒に手渡した。だが、稼働が始まっても契約書は一向に送られてこない。

それどころか、働き始めて10日ほど経った頃、彼女から電話がかかってきた。 「お金がないんです。給料を前借りさせてください」

長年、人材ビジネスに身を置いてきたが、
そんな要求をされたのは初めてだった。
それでも、10日間は確かに働いている。私は彼女の前借りに応じた。

しばらくして、派遣先の部長から怒りの電話が入った。

「彼女、今週いっぱいで辞めさせてくれ。リーダーがいくら注意しても、
まったく言うことを聞かないんだ」

私はすぐに彼女に連絡を入れた。
「別のテレアポの仕事を紹介しますから、
今の会社は金曜日でいったん終了にしましょう」

そう伝えた瞬間から、彼女とはパタリと連絡が取れなくなった。

いくら待っても、稼働したタイムシートすら送ってこない。

業を煮やした私は、手紙を書いた。 『夜間も何度かお電話しましたが、
まったく連絡がつきません。タイムシートをいただかないと、
お給料の計算も振り込みもできないのです』

すると数日後、彼女から1通の書留が届いた。
『給料と、1か月分の解雇予告手当をすぐに振り込め。さもなければ労働基準監督署に駆け込む』 それは、まるで脅迫状だった。

私は、彼女が働いた分の給料だけを振り込んだ。

数日後、言葉通りに「それ」はやってきた。

労働基準監督署の指導員を名乗る、
50代の男性が会社に乗り込んできたのだ。男性は上から目線で、彼女に1か月分の給与である30万円を支払うよう求めてきた。

私が拒否すると、男性は吐き捨てるように言った。
「僕らはね、会社が潰れようがどうなろうと関係ないんですよ。
労働者の味方さえしていればいいんですから」

耳を疑うような捨て台詞だった。
そしてその1か月後、簡易裁判所からあの訴状が届いたのだ。

おそらくあの指導員が、「簡易裁判ならお金をかけずに訴えられる」と知恵を授けたのだろう。

私は、裁判に出す答弁書を書くために、彼女の身辺を調べ始めた。

履歴書にある住所の電話番号へ、時間を変えて昼間に連絡を入れてみる。
繋がった先は、驚いたことに「介護ヘルパーの紹介所」だった。

電話に出た女性から、衝撃の事実を告げられる。

「彼女、住むところがなくてね。ここで働くことを条件に、
住まわせてもらっているんですよ」

夕方や夜にいくら電話しても繋がらなかったのは、
夜は他のところに電話が転送になっていたからだ。

さらに、電話口の女性は続けた。

「あの人、あなたの会社を訴えて金を毟り取ってやるって
息巻いていましたよ。前にも同じように会社をクビになって、お金を取ったんですって。

直前にいた会社もクビになったらしいけど、
そこの社長がもの凄く怖そうな人だったから、そこからは取れなかったって言ってました(笑)」

私が女だから、舐められたのだ。

紹介所の女性も、彼女には相当な不満が溜まっていたようだった。

「たまに介護の仕事を頼んでもすこぶる評判が悪い」
「約束していた家賃分すら働かない」と愚痴が止まらない。

派遣先の同僚たちに話を聞いても、彼女を庇う者は一人もいなかった。

私はすべての事実を回答書にまとめ、裁判所に提出した。

いよいよ裁判が始まった。 久しぶりに見た彼女の姿は、どこにでもいる「ごく普通の60歳のおばさん」だった。
彼女は、私の方を頑なに一度も見ようとはしなかった。

初めて立つ被告席。張り詰めた緊張感の中で、
私は言いたいことをすべて主張した。 しかし、
裁判官の横に座る50代ほどの調停委員らしき男性が、投げつけるように言った。 「変な人間を雇った企業の責任ですよ」

労働基準法は、どこまでも労働者の味方。弁護士が「負ける」と言った意味が、理解できた。

最後に、裁判官が私だけを別室に呼びつけた。
「和解する気はありませんか」

私は、裁判官の目を真っ直ぐに見据え、きっぱりと言い放った。

「彼女にお金をあげるくらいなら、
 トイレに流した方がマシです。なんなら、あなたに差し上げます」

 裁判官はビックリしたように
 「いえ、僕はいりません」と早口でいった。
 
 私はさらに言葉を重ねた。

「あの人はもう60歳ですよ。
今回、お金を手に入れたら、味をしめて
また同じことを繰り返します。現に、過去にもやっているんです。

こんな生き方を続けていたら、最後には誰も彼女を雇わなくなり、
本当に路頭に迷うことになります。
ここで甘やかすことは、彼女のためにも決してなりません」

私の怒りと覚悟が、裁判官に伝わったのだろうか。

再び全員が集まった法廷で、
裁判官は彼女に向かって厳しい口調で問い詰めた。

「なぜ、契約書を送り返さなかったのですか?
 なぜ、仕事はありませんかと
 一度も会社に連絡を入れなかったのですか?」

後日、判決が下った。 ――原告の訴えを、いずれも棄却する。

負けると言われた裁判は
私の完全勝利だった。 

可哀そうだと思い、優しくしても
裏切る人もいる。

私は、彼女のことも一生わすれないと思った。

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