帰る前に、いつも買っていた
別れてから、
部屋が静かになった。
元々、一人暮らしだった。
誰かと住んでいたわけでもない。
だから、
何かが減ったわけじゃない。
——そのはずだった。
⸻
仕事を終えて帰る。
コンビニで適当に飯を買って、
缶ビールを一本だけ持つ。
レジ横で、
いつもの癖で栄養ドリンクを見る。
手に取りかけて、止まる。
もう、渡す相手がいない。
前はよく買っていた。
残業終わりに迎えに行くと、
あいつはいつも、「つかれた」って顔をしていた。
それでも、「でも今日ちょっと褒められた」とか、「あと一件だったのに」とか、ちゃんと前を向いた話をする。
「はい」
助手席で、コンビニ袋ごと渡す。
「……またこれ?」
「顔やばい」
「失礼」
そう言いながら、結局ちゃんと飲む。
今は、
渡す相手がいない。
⸻
部屋に戻る。
ネクタイを外して、
ソファに座る。
テーブルの上に、
読みかけの雑誌が置いたままになっている。
片付ける理由がなくて、
そのままになっていた。
脱いだジャケットを、
隣に適当に置く。
少ししてから、
「あー……」
と小さく息を吐く。
前は、
皺になるって怒られていた。
テレビをつける。
音だけ流れる。
生活している音。
なのに、
妙に静かだった。
コンビニ袋を開ける。
中に、余計なものが一つ混ざっている。
デザート。
別に、甘いものが好きなわけじゃない。
ただ、前は必ず買っていた。
帰り道の習慣みたいなものだった。
「今日もこれ?」
そう言いながらも、
結局ふつうに食べていた。
二人でいるときは、
いつもそうだった。
食事のあとに、
なんとなく甘いものを分け合う。
それだけの癖。
ひと口食べる。
甘い。
別に、悪くない味だった。
スマホが震える。
仕事の連絡。
短く返して、
そのまま画面を見る。
指が、
無意識にメッセージアプリを開いた。
一番上に残った名前。
消していない。
ただ、なんとなく。
少し前まで、
「終わったー」
とか、
「今日ほんと無理」
とか、
仕事帰りの短い連絡が、
当たり前みたいに届いていた。
気づけば待っていた。
今頃、
ちゃんとやってるんだろう。
あいつは、
そういうやつだ。
最初は危なっかしかった。
泣きそうな顔で、
「向いてないかも」
と言っていたくせに、
少しずつ結果を出して、
数字を覚えて、
名前を覚えられて、
気づいたら、
仕事の話をしてる時の方が、
よく笑うようになっていた。
そのたびに、
胸の奥に、うまく飲み込めないものが残った。
「辞めてほしい」と言った夜のことを思い出す。
本気じゃなかった。
ただ、
そんなに無理して、削れながら働かなくてもいいと思った。
仕事の話をするたび、あいつの時間が少しずつ遠くへ行く気がしていた。
俺が支えればいいと思っていた。
『やっと、自分で立ててる気がするの』
静かな声だった。
責めるでもなく、
怒るでもなく。
だから、
余計に何も言えなかった。
ビールを一口飲む。
ぬるい。
前なら、
「それ絶対まずいでしょ」
って笑われていた。
ふと、煙草に火をつける。
白い煙が、
ゆっくり部屋に溶けていく。
テーブルの上のスマホに、
視線だけが落ちた。
もう連絡する理由もない。
それでも、消せない連絡先。
もし、また心が折れそうになった時、
あいつは誰に連絡するのだろ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
実は、このお話は少し前に投稿した『連絡先を消したのに、消えなかったもの』の男性視点を描いたストーリーです。
普段は物語の核から派生させて作品を作っているため、あの女性のお話を書いた時は、男性側の視点までは考えていませんでした。
でも、いただいたコメントやレビューの中に「彼女を支えたかった彼」や「彼女への嫉妬」というキーワードを見つけてハッとし、
そこから私の頭の中で彼が動き出しました。
彼女が誰かの体温を恋くなったその夜、支えたい彼は何を思っていたのか。
2つの物語の繋がりを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
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この物語の続きを、少しだけ支えてくれたら嬉しいです。
あたたかい気持ちは、ちゃんと次の一杯になります。