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連絡先を消したのに、消えなかったもの

前に進めている。
ちゃんと、ひとりで生きている。

——それでも、
話したくなる相手は、もういない。


別れた後も、普通に仕事をしていた。

担当先を回って、資料を説明して、
医師の反応を拾って、次につなげる。

新薬の説明は、いつも通りだった。

——ただ、今日はひとつ違う。
契約が、取れた。

コンビニで弁当を買って、温めてもらう。
冷蔵ケースの前で少し迷って、
いつもは手に取らないほうを選ぶ。

発泡酒じゃなくて、ビール。

部屋に戻って、靴を脱いで、
そのままソファに座る。

プルタブを引く、小さな音。

ひと口、飲む。

喉を通って、身体の奥に落ちていく。

「あぁ、幸せ」

そう思えるくらいには、
ちゃんとやれている。

テレビもつけずに、スマートフォンを開く。
なんとなく、SNSをスクロールする。

——一年前のあなたの記事。

ふと、表示された。

開く。

旅行先で撮った写真と、短い文章。

雨上がりの街。

傘を持ったまま、笑っている自分と——
その向こうに、あの人がいる。

画面を閉じる。

そのまま、ベランダに出た。

夜の空気は、少しだけ湿っている。
雨の名残みたいに。

ポケットから、煙草を取り出す。

火をつける。

小さく、息を吸い込む。

喉の奥が、わずかに熱い。

ゆっくりと吐き出すと、
白い煙が、夜に溶けていく。

——あの人のせいだ。

小さく呟く。

責めるでもなく、
ただ事実みたいに。

習慣って、こうやって残るんだと思う。

人がいなくなっても、

その人が置いていったものだけが、
静かに、生活の中に居座る。

好きだった。

ちゃんと。

年上で、スマートで、
自然にリードしてくれる人だった。

仕事でうまくいかない日。

雨の中、駅で立ち尽くしていたとき、
何も言わずに車で迎えに来てくれた。

あのときの、助手席の匂い。
少しだけ煙草の混じった、落ち着く匂い。

「吸ってみる?」

冗談みたいに差し出された一本。

むせながら笑ったのを、覚えている。

もう一度、煙を吸い込む。
少しだけ、苦い。

「辞めてほしい」
「そんな働き方、続ける必要ある?」
「俺がいるんだから」

「……無理だよ」

家に入る未来を、
自分の人生に置いたことがなかった。

この仕事を、手放す理由がなかった。
やっと、自分の足で立てていると思えたから。

形になりはじめていた。

彼が望んでいたのは、

“支える側の私”だった。

だから、この選択に後悔はない。

——そう思っている。

部屋に戻る。

スマートフォンが、まだ手の中にある。

なんとなく、開く。

「ねえ、今日さ」

そこまで打って、止まる。

送る相手は、もういない。

連絡先は、消した。

ちゃんと、自分で。

それでも、

こういうとき、

話したくなる相手は、
まだあなただった。

画面を閉じる。

少しぬるくなったビールを飲み干す。

少しだけ、

誰かの体温が、恋しい夜だった。

——消したのは、連絡先だけ。



ひとつの恋を男性視点で書きました。
合わせ読んでいただければ嬉しいです。

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レモンキャンディ この物語の続きを、少しだけ支えてくれたら嬉しいです。 あたたかい気持ちは、ちゃんと次の一杯になります。