ウルトラマンはシンギュラリティを予言していたのか#6 大決戦!!超ウルトラ8兄弟
第6話:現実は誰が作っているのか
1. はじめに
前回、私はウルトラマンメビウスが示した「回帰」の意味について考えた。
それは単なる懐古ではなく、一度壊れた世界を、記憶ごと再構成するという段階だった。
『ウルトラマンティガ』で存在は変わり、『ウルトラマンダイナ』で時間は揺らぎ、『ウルトラマンガイア』で人間中心主義は崩れ、『ウルトラマンメビウス』でそれらは統合された。
ここまで来ると、次に問われるのは一つしかない。
2. 現実
現実とは何か。
2008年に公開された、『大決戦!超ウルトラ8兄弟』は、この問いに正面から向き合っている。
この作品では、これまでの前提が完全に反転する。
ウルトラマンは現実の存在ではない。テレビの中のヒーローとして扱われている。
怪獣もいない。戦いもない。
すべては「物語」として存在している。
しかし、その世界で異変が起きる。
人々の記憶の中にあるはずの存在が、現実に現れる。
3. 異なり
ここで多くの人はこう考えるかもしれない。
「引き寄せの法則」のようなものではないか、と。
強く願えば、現実が変わる。思考が現実を引き寄せる。
確かに、この作品はその構造を持っている。
でも、ここで一つだけ違う点がある。それは、誰が現実を動かしているのかという点だ。
一般的な「引き寄せ」は、個人の願望を中心にしている。
自分が願う。
自分が信じる。
だから現実が変わる。
でも、この作品では違う。現実を動かしているのは、個人ではない。
子供の頃に見た記憶やヒーローへの憧れ。過去に共有された物語。
それらが積み重なり、「みんなが知っている世界」として存在している。
そしてその共有された記憶が、現実を書き換える。
ここで初めて、構造が見えてくる。
4. 構造
私たちは普段、現実は客観的に存在しているものだと考えている。
物質があり、時間が流れ、世界がそこにある。
しかし本当にそうだろうか。
人間は、世界をそのまま認識しているわけではない。
記憶し、意味づけし、物語として理解している。
つまり私たちが見ている現実は、そのままの現実ではない。
物語として再構成された現実である。
8兄弟が描いているのは、この構造だ。
ウルトラマンは実在しないが存在している。なぜなら、それを知っている人間が存在するからだ。
ここでは、存在の条件が変わっている。物質として存在するかどうかではない。認識されているかどうかが存在の条件になっている。
これは、これまでの流れと完全に繋がる。
『ティガ』は存在を変えた。
『ダイナ』は時間を揺らした。
『ガイア』は位置を変えた。
『メビウス』は記憶を統合した。
そしてこの作品は、現実そのものを再定義する。
5. 意味合い
ここでシンギュラリティの意味はさらに変わる。
それはAIが人間を超える瞬間ではない。存在が変わる瞬間でもない。時間が崩れる瞬間でもない。
それは、現実が何によって成り立っているかに気づく瞬間である。
もし現実が共有された認識でできているとしたら。
もし世界が、記憶と物語によって支えられているとしたら。
そのとき現実は、固定されたものではなくなる。
観測され、信じられ、共有されたものだけが、現実として立ち上がる。
これは「引き寄せ」の否定ではない。むしろその拡張である。
個人の願いではなく、集合としての認識が世界を形作る。
ここまで来ると、現実とは何かという問いは、次の段階へ進む。
では、その複数の現実は、どのように共存しているのか。
次回は、現在のウルトラマンシリーズ全体を通して、この「多元世界」の構造を考える。
第7話へつづく
:tokisuke
初めて電子書籍を出しました。
廃線路を題材にした人間とAIの共存とは何かを考える物語です。
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