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【連載】うろうろ🚶パレスチナ<5>  モロヘイヤ


 中東料理の定番の一つがモロヘイヤだ。
 鶏のだしが効いたスープで葉を煮るのだが、見た目は黒に近い緑のとろりとした料理で、これをご飯にかけて食べる。シンプルだからこそ、作り手の腕がはっきり出る。

 今年4月、ヨルダン川西岸北西部で農家を営む知人の家を訪ねたときも、当然のごとくモロヘイヤが用意されていた。20年来の付き合いになる料理上手の知人の妻が、私の好物だと知っていて毎回出してくれ、いつもは満腹を超えるくらいまでいただく。
 だが、この日は少し違っていた。孫たちが集まり大量に作ったからか、雑然としていて、何か重たい空気を感じ取った。

 相手の事情も、余計な気遣いも不要とはわかってはいたが、高価であろう一緒に出されていた鶏肉は、手を付ける気にはなれなかった。最初に一つ、小さめの肉を口にした後は、不審がられないように、モロヘイヤをかけたご飯をいつもよりは控え目にいただいた。




 彼らの畑は、隔離壁の前にある。そのため10・7以降は、イスラエル軍によってビニールハウスに何度も火を放たれたり、畑に入ろうとすると銃を向けられたりしていた。
「緩衝地帯を作る」というのが理由なのだろうが、国際社会がイスラエルに治安権限を認めている地域なので、(イスラエル側で)裁判を起こしても、まず勝ち目はない。

 以前、日本の小さなイベントでこの家族とビデオ通話をつないだことがある。ちょうど畑にいた知人の長男が、

「イスラエル兵が野ブタを放って困る」

と話してきので、

「食べちゃえよ」

と、私は冗談を言った。 

 彼は笑いながら、

「イスラム教徒だから無理だし、危ないよ」

と返してきた。

「じゃあ、今度行く時までに(豚肉が食べられる)キリスト教徒になってくれ」

 そんなやり取りが終わった後に、会場にいた参加者の一人に私質問された。

「この農家はこんなに豊かなのに、なぜガザを支援しないのか?」とーー。


 話を西岸地区に戻そう。

 食事をしていると、知人の妻がいつになく険しい表情で長男に何かを問いただしている。こちらは素知らぬ顔で、アラビア語で「ご馳走様」と言った。やがて英語が話せる長男が私に妻の言葉を通訳した。

 「なぜ、もっと鶏肉を食べないの? 料理がおいしくなかったの?」

 悲しみというより怒りに近い感情がうかがえた。パレスチナでは「残す」ことが気遣いの場合がある一方、「借金をしてでも客をもてなす」という、誇りやもてなしの伝統が根付いてもいる。特に「明日はどうなるかわからない」からこそ、彼らはことさら存分にもてなしたかったのだろう。

 この一家は、1948年の第一次中東戦争、さらには2003年には隔離壁の設置によって、農地の大半を奪われてしまっていた。その彼らに対し、最近(2025年8月7日)、イスラエル政府が、農地にあるビニールハウス、貯水タンク、用具小屋の強制撤去を通告してきた。実質的な「退去勧告」だ。今、(イスラエルにこうした権限を認めている)われわれ日本人も間接的に協働して、彼に残されたわずかな土地まで奪い取ろうとしているのだ。





 60歳を超えた知人の妻は、40年間畑仕事を続けてきた。大けがをした夫が働けなくなってからも、毎日、夜明け前から畑に出ている。難民キャンプ出身である彼女は、「土地を守る」ため生きてきたようだった。

 「最近は野菜を買わなきゃならなくなったの」

 彼女はプラスチックケースに入ったトマトを指さした。その黒ずんだ指と爪が、脳裏から離れない。

 食後に出された小さな厚手のガラスコップに注がれた紅茶も、いつもとは違って、甘くなかった。

(写真と文/小田切拓)

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