🎧針を落とせば、いつかの風景-Pt.4〜稲妻に刻まれたデヴィッド・ボウイ『アラジン・セイン』
ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。
デヴィッド・ボウイ 『アラジン・セイン』 (1973年)
稲妻の顔とグラムロックの余韻
アミ「ユキヒロさん、このジャケットってすごいインパクトですね。顔に稲妻のペイント……。教科書に出てきてもおかしくないくらい、強烈なイメージです」
ユキヒロ「そうだね、アミちゃん。これはロック史でも最も有名なジャケットの一つだよ。『アラジン・セイン』は1973年、デヴィッド・ボウイが世界的なスターへと駆け上がる中で発表したアルバムだ。前年に『ジギー・スターダスト』で人気を確立して、その勢いをさらに広げた作品なんだ」
カズヒコ「あの稲妻ペイントの顔は、ボウイが作り出した“もうひとつの人格”を象徴してるんだよな。『ジギー』の延長にありつつ、より内面的で分裂的なイメージを打ち出している。実際、“A Lad Insane”(狂気の青年)っていう言葉遊びがタイトルに隠されているし」
アミ「へぇ、“アラジン・セイン”って『アラジン』じゃなくて、“A Lad Insane”なんですか! 知らなかったです。そう聞くと、この顔のデザインもただ派手なだけじゃなくて、ちょっと怖さも感じますね」
ユキヒロ「そうだね。当時のロンドンの雰囲気は、グラムロックがピークにありつつ、すでに次の音楽の形が模索されていた時代。ボウイは常に一歩先を読んでいた。グラムのきらびやかさと、社会や個人の不安定さを同時に表現してるんだ」
カズヒコ「俺も初めてこのアルバムを聴いたときは、“華やかなんだけど、不安定”って感覚を受けた。レコードを回しながら、ジャケットを眺めると妙に緊張感があるんだよな」
アミ「ジャケットと音楽が一体になってるってことですね。最近のCDや配信だと、そういう感覚を味わうのは難しい気がします」

曲の流れと“世界ツアー”の影響
ユキヒロ「このアルバムは、アメリカ・ツアーの経験が色濃く反映されているんだ。たとえばオープニングの『Watch That Man』は、ローリング・ストーンズ風のラフで骨太なロックンロール。続く『Aladdin Sane (1913–1938–197?)』では、マイク・ガーソンの狂気的なピアノが炸裂していて、戦争の影を感じさせる」
カズヒコ「あのピアノはすごいよな。ジャズの即興みたいに自由で、でも不安を掻き立てる。アルバム全体に“アメリカで見たもの”の断片が散りばめられてるんだ」
アミ「『The Jean Genie』って曲はタイトルだけ聞いたことあります! すごく有名ですよね」
ユキヒロ「そう、シングルヒットした代表曲だね。ブルースのリフをベースにしたシンプルなロックンロールで、当時のアメリカのアンダーグラウンドな雰囲気を取り込んでる。歌詞にはボウイらしい皮肉やユーモアが効いているけど」
カズヒコ「俺は『Drive-In Saturday』が好きだな。未来の退廃的な世界を描きながら、古いロカビリー風のメロディを組み合わせる。この“未来と過去の融合”が、ボウイらしいセンスだよ」
アミ「なるほど、曲ごとに違う世界が広がっているんですね。アルバム全体が一枚の映画みたい」
ユキヒロ「まさにそう。ボウイは当時から音楽だけでなく、ファッションや演劇、アートをすべて取り込んで、自分自身を“作品”として提示していた。『アラジン・セイン』は、その実験が一番激しく表れたアルバムのひとつなんだ」
カズヒコ「このアルバムを聴くと、彼がすでに“次のボウイ”に変わろうとしているのがわかる。ジギーで得た成功を、そのまま繰り返すんじゃなくて、自分で壊して次へ進もうとする。その勇気がすごいんだ」
アミ「うーん、聞けば聞くほど奥深いですね。私も個展の準備をするとき、このアルバムを流してみようかな。ちょっと不安定でも、創作の刺激になりそうです」
ユキヒロ「それはいいかもしれない。ボウイの音楽は、ただ“心地よく聴く”だけじゃなくて、聴き手を揺さぶって新しい視点を与えてくれるからね」
カズヒコ「その揺さぶりがあるから、50年経っても聴かれ続けているんだろうな」
次回作・・・
■登場人物
カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
