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エターナルライフ第7話 初夏 美里

私たちの同棲生活が始まった。
誤解しないで聞いてほしいなんて言っていたけど、今までの経緯からは誤解のしようもない。だって、彼がもしそのつもりなら、とっくにどうにかなっているはずだから。私のことを女として意識してくれていないのかな。それとも昔愛した女性(奥さん?)がいて、その人のことが忘れられないとか。ちょっとさみしい気もするけど、でも彼が私という人間を気に入ってくれて、一緒にいたいと思ってくれているだけで充分としよう。

私のベッドが届いたので、居間の隅に置くことにした。寝室に一緒に並べるわけにもいかないものね。
やっとベッドが組み立てられたら、寝室に運ぶと言い出した。
「俺のベッドと交換しよう。君は寝室で寝なさい」
「何故ですか? 私ここでいいです」
「いや、年寄りは早起きでね。若い娘が寝ているところをうろうろするのは気が引けるし、第一着替えだって困るだろ」
むりやりベッドを交換された。
でもこの寝室にはカーテンが無かった。大きな窓からは、まるで我が家の庭のように草原が広がっていて、すこぶる開放感があるのだけれど、このまま自分の寝室にするのは抵抗があった。カーテンかブラインドを付けて欲しいと彼に頼んだ。
「俺は何年もここに寝起きしていて、この窓の向こうに人がいるのを一度も見たことが無い。だから覗かれる心配は無いよ。俺はこの開放感が好きだったんだけど」
開放感がありすぎて落ち着かないって言ったら、彼はゴミ箱に捨てたベッドの納品書を拾ってきて家具屋さんにでオーダーしてくれた。わざわざ公衆電話まで歩いて行って。

彼の家はリビングダイニングと寝室、浴室という間取りだった。
テレビも無ければラジオもない。新聞だけが唯一の情報源。何故かオーディオのミニコンポがある。音の出る唯一の家電だ。
本棚にはたくさん難しそうな本やCDやレコードが並んでいて、スペイン語だかポルトガル語だかの原書も何冊かあった。

彼はいつも五時頃に起き出し、新聞を読みながらコーヒーとクラッカー、果物の朝食を摂り、少し早めの昼食。夜は飲みながらつまみで済ますという食生活だった。
コーヒーにはこだわりがあるらしく、ローストのきつい豆を手回しのミルでガリガリひいてドリップする。私には苦くてミルクを入れないと飲めない。

彼はよく釣りに出かけた。私が溺れた川だ。たくさん魚が釣れると近所の農家に分けてあげて、替わりに野菜や果物、卵などをもらってきた。
私は彼の生活のリズムを乱さないように心がけた。多分彼は干渉を嫌うだろうし、ある程度の距離感を取っていようと思った。でも、昼食と、夜のおつまみを作ること、掃除と洗濯は私がすることにした。彼はいつも私の作る料理を喜んで食べてくれた。
部屋にはひとつだけ鍵のかかった納戸があって、そこだけが掃除できない。何か秘密のものがしまってあるのだろうか。
彼は二週間に一度病院に行く。何か持病があるようだった。どんな病気を患っているのか、聞いても教えてくれない。一緒について行くと言うと怒られた。

晴れた日にはよく一緒に山を歩いた。緑がどんどん濃くなって、陽の力が強くなって、山も、そこに生きる全ての生命も躍動している。五月は私の大好きな季節。
彼は険しい道に差し掛かると手を差し伸べてくれた。大きくて暖かい手。でも私に触れてくれるのはその時だけ。
私はパパが大好きだったけど、決してファザコンではない。年輩の人に惹かれたこともない。でも何故だろう、彼に見つめられるだけで、ふとした弾みで触れられる手の温もりだけで、胸が苦しくなってしまう。男の人にこんな感覚を覚えるのは初めてだった。
私は十三歳で親を亡くし、そして、おばあちゃんの元で生活が始まり、中学も転校したりして、異性を意識しだす年頃は混乱の極みにあった。しかも進学した高校が女子校だったこともあり、心の底から男の人を好きになった経験が無かったのだ。

今まで、私の上を通り過ぎていった男は、不倫関係を清算したひと以外にもひとりいた。
その人のことも別に私は好きでは無かったのだけど、強いアプローチが嬉しくもあって、何となく付き合ってしまった。でも、男の情熱がいつか冷めてしまう時に傷つきたくなくて、本当の自分は堅い殻で守っていた。いつしか彼はそれを感じとってか、私の元を去って行った。
自分を偽って相手に会わせていた私も、別れたことで特に痛手を負うことも無く、開放感の方が勝った。
そう、だからこれは私にとって初めての恋。

私は街に出たときに買ってきた色鉛筆とスケッチブックで、野の花や山の風景を描いた。
子供の頃から絵を描くのが大好きで、何度もコンクールで入選したことがある。彼は私の絵を見て、とても上手いって褒めてくれた。モデルになってくれるように頼んでみたけど断られた。

不思議に思っていることを聞いてみた。彼は乗り物を一切持っていなかった。車もバイクも自転車も。不便じゃないの? それはポリシーなの?
特に必要を感じないから。十分歩けばバス停に出られるし、急ぐことなんてめったに無い。溺れた女を助けるときくらいだ。だって。
彼にねだって自転車を買ってもらった。自転車があればコンビニまで五、六分だ。ビールが足りなくなったら買ってきてあげるという約束で。

通勤していたときは憂鬱でしかなかった雨の日も、ここではまったく印象が違った。
優しく世界を包むように降る雨は、緑の草木を潤わせ、大地にしみ込んで地下水となり、どこかで地上に湧き出す。湧き出した小さな流れは、大きな川へ合流し、やがて海へと注ぐ。そして水蒸気となって空に舞い、また雨として降り注ぐ。こ
の部屋からしとしと降り続く雨を見ていると、その水の循環を実感できた。

彼は雨の日でも合羽を着て釣りに出かけた。
ひとりになると、私はやることがなくて彼の本棚からレコードを探してみた。彼のコレクションはクラッシックとジャズがほとんどで、私の知らないアーチストばかりだ。
キース・ジャレットという人のピアノソロをかけてみた。目を閉じて聞いていると、ピアノの旋律は私の前にいろんな世界を現してくれた。風が渡る大草原や、朝日に輝く峨々とした山脈、陽の光を受けてキラキラ輝く川面や、銀の月を映す漆黒の海。
以来、このレコードは私のお気に入り。


エターナルライフ第8話 初夏 康輔


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