「トドさんすう」によって何が変わったのか #2 暗記
学習量が圧倒的に増加したことで、相当量の繰り返しの学習が行われたことになる。おそらく、同じ問題を10回以上は解いているだろうし、単純な計算問題なら、たとえば、3+5 6+8 7ー2 14-6 といった問題なら、50回くらいはやっているはずだ。
ので、「暗記」できるようになった。
式を見れば、考えなくても答えがわかる状態になったわけだが、しばしば計算の暗記は、否定的に見られてしまうことがある。
計算だけできても、そんなの単なる暗記だ、つまり意味がない、と。確かに、私もそう思っていたし、だからこそ、単純な計算だけの学習は否定的だった。
だが、膨大な学習量をこなす中で、20までの計算は「暗記」していることが必然的なことだ、ということが分かった。
「暗記」をしていると、そこに脳のリソースを割かなくてもいい、自動化される状態になるのである。
それによって、もっと複雑な計算にリソースや時間を割くことができ、より難易度の高い、上位の課題に挑戦できるのである。
3+5 6+8 7ー2 14-6くらいの計算に、いちいち指折りで考えたり、丸を書いて考えたりしているようでは、35+49 84-58 といった計算はかなり脳のリソースと時間を使わなければならない。なので、問題数はこなせないし、上位の課題にたどり着くこともできない。
かけ算九九もしかり。
これはがんばって暗記するしかなく、暗記するためにある程度の時間を使うべきなのだ。ここは地味な努力をするべきところである。
しかも、短期集中での努力が良い。
1か月とか2か月くらいで、一気に覚えてしまうような短期集中の暗記学習である。
じっさい、トドさんすうであっても、20までの計算の暗記、九九の暗記ができていた生徒とできていなかった生徒では、そこから先の課題へのリーチに明らかな違いがあった。
できている生徒は、ちゃんと次のレベルまで進めていた。
できていなかった生徒は、ちゃんとそのレベルで足踏みになった。
暗記してしまうまでは、地味な繰り返しなので、つらいのは確かだが、暗記してしまうことで、ワーキングメモリーをがっつり使わなくても済むようになり、結果、楽に考えたり、処理したりできるようになるものだ。
「暗記」は一つの壁である。
それを越えさせてくれる学習システムも、トドさんすうは持っている。
だが、それ相応の努力は必要だ。
