創薬とは——新薬の「種」はどこから生まれるのか?「偶然」から「設計」への転換を読み解く #03
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製薬会社で働き始めた当初、最初に驚いたのは「予測不能さ」だった。
「ターゲットが決まった」「化合物がヒットした」「リード化合物に絞り込まれた」。何やら色々な段階があるらしい。だが、実際には何が起きているのか——当時の私にはさっぱりわからなかった。
今回はその問いに向き合う。テーマは「創薬」、つまり新薬の種を見つけるプロセスだ。
この記事を読み終えると、製薬会社の研究部門が何をしているのか、そしてなぜAI創薬がこれほど注目されているのかの背景が分かります。
薬が患者に届くまでの「旅」——創薬はどこにある?
薬が患者に届くまでのプロセスを大きく分けると、次の4つのステップになる。
① 創薬(Discovery):「どんな薬を作るか」の種を見つける
② 開発・承認(Development & Approval):候補化合物を動物・人間で試験し、安全性と有効性を証明したうえで、国の審査を通過する
③ 製造(Manufacturing):承認を受けた薬を大量に、安定して作る
④ 販売(Commercialization):医療現場に届ける

このシリーズでは、この流れを順番に追っていく。今回は最初の段階、「創薬」——具体的には「何を標的にするか」を決め、「候補化合物」を選び出すまでのプロセスを見ていく。
創薬は製薬のサプライチェーンの中で最も「上流」に位置する。ここで生み出されたものが、数年後・数十年後に市場に出る薬の原型になる。製薬会社に勤めているなら、自社の製品が生まれた「源流」を知ることになる。投資家にとっては、企業の将来価値を決めるパイプラインの出発点だ。
標的探し:「スイッチ」を狙えばいいという誤解
創薬の第一歩は、「標的(ターゲット)の発見」、つまり「何を攻撃する薬を作るか」を決めるステップだ。
例えば、がん細胞を考えてみよう。がん細胞が増殖するメカニズムの中で、「キナーゼ」と呼ばれるタンパク質は、細胞増殖の「スイッチ」のような役割をしている。このスイッチを止めればがんの増殖は止まる——。
これが長年信じられてきた「一つの薬、一つの標的」というモデルだった。しかし、最新のサイエンスは驚くべき事実を突きつけている。
生命の「バックアップ機能」の凄さ
「この遺伝子が疾患に関係している」と仮説を立て、その遺伝子を実験的に消してみる(ノックアウト)。いわば生命システムの「部品外し」実験だ。ところが実際に体や細胞に目立った変化が現れるのは、思いのほか限られたケースに過ぎない。多くの場合、別の遺伝子や経路が代わりに機能してしまう。
つまり、適当にスイッチを選んで攻撃しても、生命のしぶといバックアップ網に逃げられてしまうのだ。
また、多くの薬は実は複数のターゲットに結合している。生物学的に活性な化合物(薬のもとになる物質)の約35%が、複数のターゲットに結合することが研究で判明している。「この薬はこのタンパク質だけに作用する」という設計図通りに体内で動いている薬は、実は少数派だ。多くの薬は、意図したターゲット以外にも知らずに結合している——これが「ダーティ・ドラッグ(多標的薬)」と呼ばれる現象で、多くの薬に副作用が伴う理由の一つでもある。

新しいアプローチ:システム薬理学
こうした問いへの答えとして注目されているのが、システム薬理学(Systems Pharmacology)だ。「一つの標的を狙う」ではなく、生命システム全体をネットワークとして捉え、薬がそのネットワーク全体にどのような影響を与えるかを設計段階から考える。複雑な生物学的システムを俯瞰したうえで創薬を組み立てる——これが現代の創薬の根底にある思想転換だ。
2023〜2024年に欧州で承認された新薬の約25%は、複数のターゲットに意図的に作用するように設計された薬だ。かつては副作用として欠点とされた性質が、今では「ポリファーマコロジー(多標的薬理学)」という戦略として積極的に応用されている。

AlphaFoldによる「鍵穴」の解明
そして近年、創薬の常識を根本から変える出来事があった。2021年、Google DeepMindが開発した「AlphaFold2」が、タンパク質の3次元構造予測をほぼ解決したのだ。
タンパク質の構造を知ることは、創薬において決定的に重要だ。「どんな形の鍵穴(ターゲット)なのか」が分からなければ、「合う鍵(薬)」を設計できない。かつては1つのタンパク質の構造解析に数年かかることもあったが、AlphaFoldは2億種以上のタンパク質構造を高精度で予測し、無料で公開した。2024年にはノーベル化学賞を受賞し、その重要性が世界的に認められた。続いてリリースされたAlphaFold3は、タンパク質と薬の小分子・核酸との複合体構造予測にも対応し、さらに応用範囲を広げている。

スクリーニングの進化
スクリーニング(候補化合物の探索)においても、AIは変革をもたらしている。従来の物理的なスクリーニングでは、5,000〜10,000種類の化合物を実際に合成して試験する手法が主流だった。
しかし現在はAIによるバーチャルスクリーニングにより、数十億〜数兆の化合物を計算上で探索できるようになっている。Atomwiseは3兆種以上の合成可能化合物ライブラリを構築し、2024年には数十億化合物を7日以内でスクリーニングした研究がNature Communicationsに掲載された。AIが設計・発見した薬分子は、2024年末時点で75件以上が臨床試験に到達している。

この流れを象徴する動きとして、2026年5月には、Google DeepMind由来の創薬AI企業であるIsomorphic Labsが、21億ドルのSeries B資金調達を発表した。同社は、AI創薬エンジン「IsoDDE」の開発・展開、自社パイプラインの臨床入りに向けた前進、人材採用に資金を使うとしている。
これは、AI創薬が「すごい予測モデルを作る」段階から、「AIで設計した薬剤候補を実際に臨床へ進める」段階へ移りつつあることを示す事例である。もちろん、最終的な価値は臨床試験で有効性と安全性を示せるかで決まる。それでも、創薬の上流工程が、実験中心の探索から、AIとデータを使った設計型のプロセスへ変わりつつあることは確かだ。
ヒット化合物からリード、そして候補化合物へ
スクリーニングで「標的に結合している」というシグナルを示したものが「ヒット化合物」として選ばれる。数千〜(AIの場合は数十億)の化合物を探索した結果、通常この段階で約250程度に絞られる。
次は「リード化合物」だ。ヒット化合物はまだ荒削りで、そのままでは薬としての性質が不十分なことが多い。化学者がその構造を改良し、より強い効果・より高い選択性・より安全なプロフィールに育て上げる作業が、数ヶ月から数年続く。
そして最後に「候補化合物」が選ばれる。250あったヒット化合物から、わずか10程度だけがここに到達する。3つの基準で評価される。
薬力学(PD):標的にしっかり結合するか、意図しないタンパク質に結合しないか、動物モデルで実際に効くか
薬物動態(PK):口から飲んで体内に吸収されるか、肝臓でどう分解されるか、どのくらい血中に留まるか(これをADMEと呼ぶ)
安全性(Safety):毒性がないか、長期投与に耐えられるか

従来、この候補化合物の選別プロセスだけで1〜5年の歳月を要することも珍しくなかった。しかしAIを活用した企業では、標的発見から候補化合物の選定までを12〜18ヶ月で完了する事例も出てきており、プロセス全体が大きく変わりつつある。数千個の化合物から10分の1、さらに100分の1へと絞り込まれる——この圧倒的な「ふるい分け」の速度そのものが、今、塗り替えられようとしている。

結びに:創薬は「偶然」から「設計」へ
かつての創薬は、暗闇の中で幸運を待つ「宝探し」のような旅だった。しかし今、AIという強力なサーチライトと、生命をシステムとして捉える精密な地図を手にしている。
「薬ができるまで10年以上かかる」と言われていた時代は変わり始め、デジタルとサイエンスの融合によって、より確実で、よりスピーディーな「設計(エンジニアリング)」の世界へと進化を遂げつつある。
しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。AIやテクノロジーを駆使して「設計」される薬は、どれも同じ形をしているのだろうか?
実は、ターゲットとなる病気の種類や原因によって、選ばれる「薬の形」は全く異なる。次回は、低分子薬・バイオ医薬品・細胞療法——「薬の種類(モダリティ)」によって何が変わるのかを深掘りしていく。
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参考資料
Google DeepMind, AlphaFold(2021, 2024)— タンパク質構造予測の革新、ノーベル化学賞(2024年)
Nature Communications(2024)"An artificial intelligence accelerated virtual screening platform for drug discovery" — 数十億化合物のAIスクリーニング
Pharmacological Reports(2025)"Polypharmacology: new drugs in 2023–2024" — 承認薬の約25%が多標的設計
NEJM(2007)"Effects of Torcetrapib in Patients at High Risk for Coronary Events" / PMC1702474 — トルセトラピブ第3相中止の詳細
PMC(2025)"From Lab to Clinic: How AI Is Reshaping Drug Discovery Timelines" — AI活用で12〜18ヶ月での候補化合物選定事例(Insilico Medicine・Recursionほか)
