Phase 1とは何か——「効くか」ではなく「安全に使えるか」を見極める試験 #09
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今回は、薬の臨床開発における最初の関門、Phase 1を見ていく。
Phase 1は、初めて薬を人間に投与する試験である。
投資家の目には、これがパイプライン入りと映る。
しかし、現実は厳しい。
Phase 1に入った薬のうち、最終的に承認を取得できるのは約10%とされる。10本のうち9本は、どこかで消えていく。
だからこそ、この試験が何を目的とし、何を判断するのかを理解することが重要だ。
「臨床試験」と聞けば、多くの人は「薬が効くかどうかを確かめる試験」を想像するだろう。
しかし、Phase 1は、それとは少し違う。
Phase 1の主目的は、有効性の証明ではない。
安全に使える用量の範囲を探り、体内で薬がどう動くかを確認すること。
それが、Phase 1の中心的な目的である。
この記事を読み終えるころには、Phase 1という試験の重みと、パイプラインを見る目が少し変わるはずだ。
Phase 1の本当の目的——初めて人に投与し、安全な用量を探ること
Phase 1は、多くの場合、FIH(First-in-Human)、つまり「初めてその医薬品を人間に投与する試験」でもある。
この言葉には、重みがある。
試験管の中で、マウスやサルの体内で動いてきた化合物が、初めて人間の体内に入る。
この瞬間まで、その医薬品は人間の体内に一度も入ったことがない。
だからこそ、Phase 1で最初に問われるのは「効くかどうか」ではない。
問うのは、これだ。
「最初の人間への投与で何が起きるか」
「どのくらいの用量までなら、人間は耐えられるのか」
「体の中で、どのように吸収され、代謝され、排泄されるのか」
たとえば、ぜんそくの新薬を開発しているとしよう。
その薬がぜんそく患者さんで実際に効くかどうかは、Phase 1では主な関心事ではない。
まず確認すべきなのは、人間に安全に投与できるのか、そして体内でどのように動くのかである。
動物実験で安全そうに見えたとしても、それが人間にもそのまま当てはまるとは限らない。
マウス、ラット、サルで得られたデータは重要だ。
しかし、人間の生理学的特性、遺伝子多様性、代謝の違い、個人差——これらはすべて新しい変数になる。
だから、最初の投与は極めて慎重に設計される。
Phase 1は、薬の可能性を試す場であると同時に、
「人間に投与する」という重大な一線を越える場なのである。
対象者——なぜ、健康な人に試すことが多いのか
Phase 1では、多くの低分子薬や一部の抗体医薬において、健康なボランティアを対象に試験が行われることが多い。
理由はシンプルだ。
病気そのものの影響や、すでに服用している薬との相互作用をできるだけ減らし、「その薬だけで何が起きているのか」を見やすくするためである。
たとえば、患者さんに新薬を投与して体調変化が起きた場合、それが薬の影響なのか、もともとの病気の影響なのか、判断が難しくなることがある。
だから、まず健康な人で「この薬は人間の体内でどう動くのか」「安全に投与できるのか」を確認する。
ただし、すべてのPhase 1が健康な人で行われるわけではない。
代表的な例外が、がん領域である。
抗がん剤は副作用リスクが高く、健康な人に投与することは倫理的に難しい。また、がん患者さんでなければ、腫瘍が小さくなるかどうかなど、初期の有効性シグナルを確認できないことも多い。
そのため、がんのPhase 1では、健康なボランティアではなく、がん患者さんを対象に試験が始まることが多い。
もう一つの例外が、細胞療法・遺伝子療法である。
CAR-T細胞療法やAAVベクターを用いた遺伝子治療のような治療は、一度体内に投与すると、通常の飲み薬のように簡単に中止できない場合がある。
そのため、健康なボランティアへの投与は倫理的に難しく、対象疾患を持つ患者さんを対象にPhase 1を開始することが多い。
つまりPhase 1の対象者は、「健康な人か、患者さんか」で機械的に決まるわけではない。
薬のリスク、疾患の重さ、参加者に期待できる利益、そしてデータの解釈しやすさを総合的に見て決められるのである。
開始用量と用量漸増——低い用量から、安全な範囲を探る
Phase 1では、いきなり高い用量を投与することはない。
最初の投与量、つまり開始用量は、動物実験の毒性データ、薬理作用、薬の種類、対象疾患などをもとに、十分な安全マージンを取って決められる。
動物で安全そうに見えた用量を、そのまま人間に使うわけではない。
人間では予想外の反応が起きる可能性があるため、通常はかなり低い用量から始める。
特に、免疫系に強く作用する薬や高リスクのバイオ医薬品では、より慎重な考え方が必要になる。
そこで使われる考え方の一つが、MABEL(Minimum Anticipated Biological Effect Level:最小予期生物学的効果量)である。
MABELとは、簡単に言えば、
「人間で何らかの生物学的反応が起こり始めると予測される最小量」を見積もり、そのさらに下から慎重に始めるという考え方だ。
つまり、「動物で毒性が出なかったから大丈夫」と考えるのではなく、
「人間で反応が起こり始める可能性があるなら、その手前から始める」
という、より保守的な安全設計である。
開始用量が決まったら、次は少人数ずつ投与し、安全性を確認しながら段階的に用量を上げていく。
これが用量漸増試験である。
たとえば、流れはこうだ。

ここで大事なのは、「重い副作用が出るまで試す」という意味ではないということだ。
Phase 1では、血液検査、心電図、バイタルサイン、自覚症状などを細かく確認しながら進める。
検査値の異常や強い症状が見られた場合、それ以上の用量に進むかどうかを慎重に判断する。
ここで出てくる重要な言葉が、DLTとMTDだ。
DLT(Dose-Limiting Toxicity:用量制限毒性)とは、
用量を上げる判断を止めるきっかけになる副作用や検査値の異常のことだ。
たとえば、ある用量で強い症状や注意すべき検査値の変化が見られた場合、それがDLTと判断されることがある。
一方、MTD(Maximum Tolerated Dose:最大耐容量)とは、
DLTなどの結果をもとに、「許容できる範囲で投与できる上限はこのあたりだ」と推定される用量のことである。
つまり、DLTは「何が起きたか」。
MTDは「その結果、どの用量までなら使えそうか」。
この2つを見ながら、次のPhase 2で試す用量の見通しを立てていく。
Phase 1で大きな安全性問題がなく、次に試す用量の見通しが立てば、開発はPhase 2へ進む。
逆に、安全域が狭すぎる、体内で期待した動きを示さない(十分な血中濃度が得られない)、用量設計に無理があるといった結果であれば、開発継続への期待は下がる。
用量漸増試験とは、アクセルを踏んで限界まで攻める試験ではない。
低い用量から慎重に始め、危険な兆候を早く見つけながら、次のフェーズへ進める道筋を探す試験なのである。
PK/PD——「体がどう薬を扱うか」を測る
Phase 1では、単に「安全か」だけでなく、体がその薬をどう扱うのかも調べる。
ここで重要になるのが、PKとPDである。
PK(Pharmacokinetics:薬物動態)とは、
薬が体内でどのように吸収され、分布し、代謝され、排泄されるかを見ることだ。
簡単に言えば、
体が薬に何をするかを見る。
薬を投与したあと、一定時間ごとに採血し、血液中の薬の濃度を測定する。
すると、次のようなことがわかる。
どのくらい早く吸収されるのか
どれくらいの時間で体から消えていくのか
1日何回投与が適切なのか 食事の影響を受けるのか
6人の健康なボランティアに同じ用量を投与しても、全員の血中濃度が同じになるわけではない。
吸収が早い人もいれば、代謝が遅い人もいる。
PKデータを取ることで、「何時間ごとに投与すればよいか」、「どのくらいの用量が妥当か」といった、用量設計の基本情報が得られる。
一方、PD(Pharmacodynamics:薬力学)とは、
薬が体に対してどのような作用を示しているかを見ることだ。
簡単に言えば、
薬が体に何をするかを見る。
糖尿病薬であれば血糖値。
高血圧薬であれば血圧。
免疫系に作用する薬であれば、特定の免疫マーカー。
このように、薬が狙った生物学的作用を本当に起こしているかを確認する。
Phase 1では、被験者が健康なボランティアである場合、病気の改善そのものは見られない。
しかし、糖尿病薬なら「血糖値にわずかな変化があるか」、免疫薬なら「標的となる細胞や分子に変化があるか」といった薬理学的なシグナルを見ることがある。
このPK/PDの情報は、次のフェーズに進むうえで非常に重要だ。
なぜなら、薬はただ体内に入ればよいわけではないからだ。
血中濃度が低すぎれば、効果が出ない。
高すぎれば、副作用が出る。
Phase 1では、
効果が期待できる濃度と、
毒性が出る濃度の間にあるスイートスポットを探っていく。
ここで得られるデータが、Phase 2でどの用量を試すべきかの土台になる。
誰がPhase 1を動かしているのか
Phase 1は、製薬会社だけで完結する試験ではない。
専門のPhase 1ユニットを持つCROや大学病院・専門施設と連携して実施されることが多い。
CROとは、Contract Research Organizationの略で、日本語では医薬品開発業務受託機関と呼ばれる。
製薬会社から委託を受け、臨床試験の運営を支援する専門会社だ。
ただし、外部委託といっても、製薬会社が丸投げしているわけではない。
開始用量や試験デザイン、安全性判断の大枠は、スポンサー企業の臨床薬理学者、毒性学者、薬事担当者、臨床開発担当者が担う。
一方、被験者の管理や検査、現場での試験運営は、Phase 1ユニットの医師・看護師・治験コーディネーターなどが支える。
製薬会社で働いていても、自分が直接Phase 1の現場に立つとは限らない。
この構図を知っておくと、開発プロセス全体の見え方が変わってくる。
Phase 1は、単なる「初期の臨床試験」ではない。
前臨床、薬事、臨床薬理、安全性、外部委託先との連携が交差する、非常に総合的なプロジェクトなのだ。
安全設計の失敗から学ぶ——TGN1412事件
Phase 1では、安全性を最優先にしながらも、できるだけ多くの情報を効率的に集める必要がある。
効率を重視しすぎると、安全性のリスクが高まる。
安全性を重視しすぎると、開発スピードは落ちる。
このバランスの難しさを示す有名な事例が、TGN1412事件である。
2006年、ドイツの企業TeGeneroが開発した免疫活性化薬TGN1412のPhase 1試験で、深刻な副作用が発生した。
8人の被験者のうち、6人が実薬、2人がプラセボを投与された。
実薬を受けた6人は、短い間隔で次々と投与され、その後、全員が多臓器不全を伴う重い副作用を起こし、集中治療室に入院する事態となった。
この事件から得られた教訓は明確だった。
最初の被験者に投与したあと、十分な時間を空けて反応を確認していれば、次の被験者への投与を止められたかもしれない。
TGN1412事件では、動物実験だけでは人間での危険性を十分に予測できないことも明らかになった。
つまり、動物実験を通過しても、人間で同じ安全性が保証されるわけではない。
この事件を受けて、免疫系に強く作用する高リスク薬では、最初の投与方法、被験者間の投与間隔、ヒト細胞を使った追加的な安全性評価が、より重視されるようになった。
Phase 1は、希望の入口であると同時に、
人間に初めて投与することの重みを忘れてはいけない場でもある。
Phase 1が意味すること——数字と投資家の視点から
では、Phase 1を外から見る人間——投資家——の目には、この試験はどう映るのか。
まず、数字を確認しよう。
Phase 1からPhase 2に進める確率は、一般に約6割前後とされる。
つまり、Phase 1に入った薬のうち、3本に1本程度はここで止まるイメージだ。
そして、Phase 1から最終承認まで到達できる確率は、全体として約10%前後とされる。
Phase 1の入口に立った10本のうち、9本はどこかで脱落する。
製薬業界には、
Fail fast, fail cheap 「早く失敗せよ、安く失敗せよ」
という考え方がある。
一見、冷たい言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、製薬開発では非常に重要な考え方である。
薬の開発費は、後期フェーズに進むほど大きくなる。

Phase 1で見切れば損失は比較的小さい。
しかし、Phase 3まで進んでから失敗すれば、数十億円から数百億円規模の投資が失われることもある。
だからこそ、Phase 1で早く課題を見つけることには大きな意味がある。
つまりPhase 1は、有望な薬を次に進める試験であると同時に、
見込みの低い薬を早く落とすためのふるいでもある。
次回へ——Phase 2では、何が問われるのか
今回は、Phase 1の大枠を見てきた。
Phase 1は、薬が初めて人間に投与される重要な試験である。
しかし、その主目的は「効くかどうか」を証明することではない。
安全に使える用量の範囲を探ること。
体内で薬がどう動くかを確認すること。
次のフェーズに進めるだけの根拠を集めること。
それがPhase 1の役割である。
また、Phase 1に入った瞬間、その化合物は会社のパイプラインに正式に載る。
ただし、Phase 1入りは、成功を意味しない。
むしろ、ようやく本格的な検証の入口に立った、という意味に近い。
では、Phase 1を通過した薬は、次に何を問われるのか。
ここで初めて、問いは大きく変わる。
この薬は、本当に患者さんに効くのか。
次回は、Phase 2の世界に入る。
安全性と用量を確認した薬が、初めて「有効性」という本番の問いに向き合う。その設計と、企業価値への意味を見ていこう。
注記
本記事は、公開情報・規制資料・AIを活用したリサーチをもとに、筆者が内容を確認・編集して整理したものです。
筆者はPhase 1試験の実務担当者ではないため、実際の運用は企業・国・試験内容・モダリティによって異なる点にご留意ください。
今回の内容はいかがでしたか?
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それでは、また次回の記事で。
参考資料
Kenter, M.J.H. & Cohen, A.F.(2006)"Establishing risk of human experimentation with drugs: lessons from TGN1412" The Lancet — TGN1412事件の経緯と制度的教訓
MHRA(2006)"Investigation into adverse incidents during clinical trials of TGN1412" — 英国規制当局による調査報告と規制強化の経緯
ICH E8(R1)(2021)"General Considerations for Clinical Studies" — 臨床試験設計の国際ガイダンス
FDA(2006)"Exploratory IND Studies; Guidance for Industry, Investigators, and Reviewers" — 初期臨床試験の規制フレームワーク
BIO(2023)"Clinical Development Success Rates 2011-2020" — Phase 1〜承認までの段階別通過率データ
Wong CH, Siah KW, Lo AW(2019)"Estimation of clinical trial success rates and related parameters" Biostatistics — Phase 1から承認までの累積成功率(約9.6%)の推計
