エーザイ2025年度決算振り返り——レケンビ普及の「入り口」が変わり始めた
前提: エーザイの事業構造・レケンビの基本については別稿(エーザイ決算予習記事2026年4月)を参照。
今回は、エーザイ決算全体の中でも、特にレケンビの進捗に絞って振り返ります。
この記事は私の復習のために書いたものでもあります。もし間違いがあれば、勉強のためどうぞご指摘ください。
前回確認したかった3点
前回の記事で「今回の決算で確認したい3点」を挙げていた。振り返るとこんな感じだった。
FY2027の2,500〜2,800億円への道筋
FY2026予想1,435億円からさらに大きな上積みが必要。BBMとIQLIK(レケンビの皮下注製剤SC)、欧州償還、中国アクセス改善がそろえば近づくが、まだ条件付き。EU市場の実績
EUで販売承認済み。ただし各国で価格・償還判断が必要。普及には時間差がありそう。皮下注で始める初期療法の審査延長
FDA判断は2026年8月24日に延長。会社側は、現時点で承認可能性に関する懸念は示されていないと説明している。
数字より「なぜ伸びているか」が面白かった
FY2025のレケンビ売上は880億円。
FY2026予想は1,435億円で、前年比+63%である。
数字としては順調に見える。
ただ、今回の決算説明で印象的だったのは、数字そのものよりも「なぜ伸びているのか」の説明に力が入っていた点だ。
キーワードは、BBM(血液バイオマーカー)である。
BBMが診断の入口を広げる
レケンビを使うには、早期アルツハイマー病であり、かつアミロイド病理が確認されている必要がある。
これまでは、アミロイドPETや脳脊髄液検査が中心だった。
ただ、PETは高額で実施施設も限られる。脳脊髄液検査は腰椎穿刺が必要になる。
つまり、薬があっても、治療対象の患者を見つけるまでに大きなハードルがあった。
そこで注目されているのがBBMである。
BBMは、血液中のバイオマーカーを使って、アルツハイマー病に関連するアミロイド病理の可能性を評価する検査である。PETや脳脊髄液検査に比べると、患者や医療機関の負担は小さい。
エーザイはこれを「革命的」と表現している。
「パスウェイはそのスピードとキャパシティの両面から根本的に改善され、多くの当事者様がより『簡便かつ利便に治療に向かう』ことができる。これは革命的である。」
BBM検査数は過去2年で約12倍に増え、投与中の患者数も前年同期比で約1.8倍になっている。
少し粗い逆算をしてみると——
(粗い逆算・参考値)
アメリカズのFY2025売上446億円をおおむね米国中心の売上とみなし、推定実売価格を1人あたり年18,000〜20,000ドル程度と置くと、米国での投与患者数は約1.5万人程度と逆算できる。
一方、早期ADかつアミロイド陽性の治療対象患者は米国で約140万人とされており(ICER, 2023)、単純計算では浸透率は約1%前後になる。
これは、売上地域や実売価格を仮置きしたかなり粗い計算であり、実人数ではなく通年換算に近い概算である。
実際保険にカバーされて、薬価を払える層はもう少し限定されるかもしれませんが。
ただ、それでも「まだ多くの対象患者に届いていない」という構図は見える。
だからこそ、診断の入口を広げるBBMが重要になる。
皮下注製剤(SC)を初期療法から使えるか
現在のレケンビは、初期治療では隔週の点滴投与(IV)が基本であり、患者にも医療機関にも負担がある。
米国では、皮下注製剤(SC)が維持療法としてすでに承認されている。
具体的には、18カ月のIV初期治療を終えた後の維持療法として、週1回の皮下注射が使える。
一方、最初から皮下注射で治療を始める「初期療法」については、FDAの審査が2026年8月24日に延長された。当初は2026年5月24日予定だったが、3カ月延長された形だ。
決算説明では、延期の背景について、データ不足や有効性・安全性への懸念ではなく、ラベリング(添付文書)の文言調整に時間を要しているとの説明だった。具体的には、点滴(IV)と自己注射(SC)を併用・切り替えする際の解釈について、当局と調整しているという。
会社側は、これは審査の本質に関わるものではないとして、承認の見込みについて「何ら不安を持っていない」と強調していた。
そのため、悲観する材料ではなさそうだが、最終判断はまだ出ていない。
地域によって状況がかなり違う
米国では、診断から治療までのパスウェイが少しずつ動き始めている。
一方、欧州ではEUで販売承認を得ていても、それだけで主要国すべてで広く使えるわけではない。各国で価格や償還の判断が必要になる。
中国では商業健康保険への収載が進み、アクセス改善が進展。一方で、診断体制、支払い環境、地域差を含めた普及基盤は引き続き注目点。
日本については特に詳細な言及はなかったが、米国のようにBBMを活用した診断・治療パスウェイは、まだ整備途上と見たほうがよさそうだ。
つまり、レケンビはグローバル製品ではあるが、普及のスピードは地域によってかなり違う。
黒字化はもう少し先
決算Q&Aでは、「FY2026にレケンビは黒字化するか」という質問があった。
会社の答えは、研究開発費を含めた完全な黒字化はFY2026では達成されない、というものだった。
ただし、収益性は改善に向かっているとのこと。
FY2025はレケンビへの積極投資で費用が増えていた。一方、臨床試験費用はピークを越えつつある。FY2026は売上が+63%伸びる計画であり、費用の伸びをどこまで抑えられるかが焦点になる。
完全な黒字化はFY2027以降かなという印象だ。
Kisunlaとの競合
レケンビを見るうえでは、Eli LillyのKisunlaとの競合も無視できない。
Kisunlaは月1回投与で、アミロイドPETで十分な低下が確認されれば投与停止を検討できる点が特徴である。
一方、レケンビは安全性面で扱いやすく見える部分があり、皮下注製剤(SC)IQLIKによる維持療法の選択肢もある。
ただし、競争は薬そのものだけでは決まらない。 BBMを含む診断パスウェイも重要になる。
欧州では、RocheがLillyと共同開発したElecsys pTau217を展開しており、検査機器基盤ではRocheが有利に見える。一方、富士レビオのLumipulseもpTau217系検査で欧州展開を進めている。
これらの検査は特定薬剤専用という意味ではない。Rocheの検査でアミロイド病理が示唆された患者が、レケンビを使うこともありうる。
ただし、診断後にどの治療導線へつながりやすいかは、今後の競争ポイントになりえる。
現時点ではKisunlaの売上規模はまだ大きくないが、今後どのペースで立ち上がるかは見ておきたい。
今後の方向性について
Q&Aでは、少し先の話も出ていた。
BBMのさらなる普及
タウを標的とする次世代薬
将来的な経口薬の可能性
このあたりはまだ中長期の話である。
今すぐ業績に大きく効くテーマというより、エーザイが次にどのようなアルツハイマー治療を描いているかを見る材料として捉えたい。
現時点で一番重要なのは、まずレケンビがどこまで実際の患者に届くかである。
個人的な感想
今回の決算で一番印象に残ったのは、エーザイが「薬の有効性」だけでなく、患者に届けるパスウェイの話にかなり力を入れていた点だ。
それでも、BBMと皮下注製剤(SC)によって診断と投与のハードルが下がれば、レケンビの普及を後押しする可能性がある。
次に見ておきたいこと
2026年8月24日:皮下注製剤(SC)の初期療法のFDA判断(当初5月24日から3カ月延長)
ドイツ、英国、スペイン、イタリアなどの欧州の保険償還の交渉の進捗
本記事は公開情報に基づく個人的な整理であり、投資推奨ではありません。
なお、「新薬はどう生まれ、どう承認され、どう売られるのか」を体系的に解説する業界解説シリーズを現在連載中。合わせてご確認ください。
参考資料
エーザイ株式会社「2025年度決算説明会資料」、2026年3月期 決算説明会音声(mp3) 2026年5月15日
エーザイ株式会社「2025年度決算短信」2026年5月15日
Eisai / Biogen, “Update on FDA Priority Review of LEQEMBI IQLIK Subcutaneous Injection as a Starting Dose for Early Alzheimer’s Disease,” 2026年5月
ICER, Lecanemab for Alzheimer’s Disease: Final Evidence Report, October 2023
FDA / Prescribing Information, LEQEMBI / LEQEMBI IQLIK関連資料

