売上が伸びているのに株価は最安値圏——エーザイ決算で見るべきポイント
免責事項 本記事の財務数値および将来予測は、作成時点での公式発表や報道に基づく参考情報です。情報の正確性や完全性を保証するものではなく、特定銘柄の投資勧誘を目的としたものでもありません。投資に関する最終決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願いいたします。
※追記:レケンビSC開始投与をめぐるFDA判断は、2026年5月24日から8月24日に延期されました。SC開始投与は重要カタリストである一方、承認時期の後ろ倒しはFY2026計画の確認ポイントになります。
※訂正・追記:レケンビの「2,800億円」目標を2027年度に2,500億〜2,800億円を目指す中期目標に訂正しました。
決算振り返りの記事として、こちらをご参照ください。
エーザイの株価は今、10年来の安値圏にある。
2021年につけた高値12,765円から見ると、本日(2026/5/1)の終値の4,688円台は高値の約37%、つまり最高値から約6割下落した水準だ。
一方で、業績の数字だけを見ると、必ずしも悪い話ばかりではない。
主力のアルツハイマー病薬「レケンビ」のグローバル売上は、FY2025(2026年3月期)に会社計画765億円を大きく上回り、880億円前後で着地する見通しだ。
FY2024(2025年3月期)の443億円から、約2倍に拡大したことになる。
全社の売上収益も、過去最高水準に迫る勢いだ。
売上は伸びている。
なのに株価は最安値圏にある。
この逆説を解くことが、5月15日のエーザイ決算を投資家として読む出発点になる。
エーザイという会社の構造
まず、エーザイという会社の構造を押さえておきたい。
エーザイは、神経領域とがん領域の2分野に経営資源を集中する製薬会社だ。
日本の製薬会社としては、かなり事業を絞り込んでいる。
収益の柱を長年支えてきたのが、レンビマ(一般名:レンバチニブ)である。
甲状腺がん、肝臓がん、腎細胞がんなどに使われる分子標的薬で、現在も全社売上収益の40%超を占める屋台骨だ。
しかし、エーザイが本当に賭けてきたのはもう一方の柱だ。
それが、アルツハイマー病治療薬である。
その投資の重さを示す数字がある。
エーザイのR&D費は年間1,665億円。
売上収益比で21%に達する。
大手製薬企業のR&D費比率が概ね15%前後であることを考えると、エーザイの先行投資の重さがわかる。
しかも長年、この投資の大きな部分が、アルツハイマー病研究に向けられてきた。
この戦略の背景には、エーザイはかつて、アリセプト(ドネペジル)という認知症薬で世界的な成功を収めた経験がある。
この成功が、アルツハイマー病領域への深い知見と、「この領域に賭け続ける」という組織の強い意志につながってきた。
さらに、エーザイは創業家による経営を続けている。
長期視点で大きなテーマに投資し続けられる一方、期待通りに進まなかったときのリスクも大きい。
レケンビは、その長期投資が報われるかどうかを象徴する存在である。
そのレケンビが、ついに売上を生み始めた。
そして、今のエーザイは、先行投資を回収するフェーズの入口に立っている。
レケンビとは何か——なぜここまで難しかったのか
レケンビを理解するには、アルツハイマー病治療薬開発の難しさを押さえる必要がある。
アルツハイマー病の治療薬開発は、製薬業界でも最難関の一つだった。
過去16年間で、アルツハイマー病領域のPhase 3臨床試験の成功確率はわずか3.1%とされる。
世界の大手製薬企業も、この領域で長年失敗を重ねてきた。
背景にあるのが、アミロイドβ仮説である。
これは、脳内に蓄積するアミロイドβというタンパク質が、アルツハイマー病の発症や進行に関わるという考え方だ。
2000年代以降、この仮説に基づく治療薬開発が世界中で進められた。
しかし、ファイザー、バイエル、メルクなどの大手企業も、次々と開発に失敗してきた。
その中で、エーザイが開発したレカネマブ、商品名レケンビは、大規模なPhase 3試験で明確な有効性を示した。
認知機能・日常生活機能の悪化を示すCDR-SBという指標で、低下の進行をプラセボ比27%抑制したのである。
これが大きいのは、レケンビが単に症状を一時的に和らげる薬ではなく、病気の進行そのものに働きかける疾患修飾療法(DMT)だからだ。
レケンビは、アミロイドβプロトフィブリルを脳内から除去することで、病気の進行を遅らせることを目指す。
つまり、従来薬とは考え方が大きく異なる。
ただし、革新的な薬が市場に出ても、すぐに普及するとは限らない。
レケンビには、処方拡大を妨げる3つの壁があった。
壁① 誰に使うかの診断が難しい
レケンビが対象とするのは、早期のアルツハイマー病患者である。
中等度以降の患者には承認されていない。
そのため、治療前には、
本当にアミロイドβが脳内に蓄積しているか
を確認する必要がある。
確認には、アミロイドPET検査や脳脊髄液検査などが使われる。
しかし、こうした検査を実施できる医療機関は限られている。
つまり、薬が承認されても、
対象患者を見つける
正しく診断する
投与できる施設につなぐ
というプロセスがボトルネックになる。
直近の決算説明でも、エーザイはレケンビ普及に向けて、かかりつけ医と専門医の連携を強化し、早期発見から診断・治療につなげる導線を整えることを課題として挙げていた。
壁② 治療継続の負担
現在の標準的な投与は、2週間に1度の点滴静注である。
点滴静注は、IVとも呼ばれる。
静脈から薬を投与する方法だ。
患者は病院に月2回通い、そのたびに点滴を受ける必要がある。
これは患者本人だけでなく、家族や介護者にも負担がかかる。
しかも対象となるのは、軽度認知障害または軽度認知症の段階の患者だ。
まだ日常生活を送れている人にとって、2週間に1度の通院を続けることは簡単ではない。
この通院負担が、患者、家族、医師のすべてにとって、処方拡大のハードルになっていた。
壁③ 副作用の監視体制
レケンビには、ARIAと呼ばれる副作用リスクがある。
ARIAとは、アミロイド関連画像異常のことだ。
脳の浮腫や微小出血などが起こる可能性がある。
投与中は、MRIによるモニタリングが必要になる。
症状を伴うARIAは一部に限られ、多くは軽微または無症候性とされる。
ただし、発生した場合には慎重な経過観察が必要だ。
そのため、レケンビを安全に使うには、薬を投与できるだけでは不十分である。
MRI検査や副作用対応の体制がある医療機関が必要になる。
この3つの壁が重なり、薬の有効性が証明された後も、実際の処方拡大には時間がかかった。
裏を返せば、これらの壁が取り除かれるほど、市場は広がるということでもある。

数字で見る現在地——売上は伸びたが、利益化はこれから
ここで見たいのは、単なる売上成長ではない。
レケンビは確かに伸びている。
しかし、投資家が見ているのは、その売上が利益に変わるスピードである。
まず、レケンビのグローバル売上の推移を整理する。
| 年度 | 売上収益 |
| FY2023(2024年3月期) | 43億円 |
| FY2024(2025年3月期) | 443億円 |
| FY2025(2026年3月期) | 880億円 |
地域別では、米国446億円、日本244億円、中国124億円、EU等66億円前後の構成だ。
日本売上は米国売上の55%規模まで育っており、国内市場での浸透は国際的に見ても大きい。
四半期では、中国の在庫積み増しという特殊要因を除くと、実力値は200〜210億円/四半期の水準で推移していると見るのが自然だ。
一方で、全社連結では営業利益率7%前後という水準が続いている。
レケンビへの先行投資が利益を圧迫している構図は、まだ変わっていない。
会社が示しているシナリオでは、FY2026(2027年3月期)にレケンビ事業を黒字転換させ、全社営業利益率10%以上を目指す流れになる。
つまり今のエーザイは、
売上が伸びている会社
というより、
これから利益化できるかを市場に問われている会社
なのである。
レンビマという時限爆弾
エーザイへの投資で見落とせないリスクが、レンビマの特許切れ問題だ。
現在、レンビマの米国での後発品参入は、複数のジェネリックメーカーとの特許訴訟和解により、原則として2030年7月1日まで先送りされている。
ただし、これは「2030年まで完全に安心」という意味ではない。
2030年以降、後発品参入リスクが現実化するということだ。
製薬業界では、大型薬の特許が切れると、売上が急速に落ちることがある。
これをパテントクリフという。
レンビマは、全社売上の40%超を占める。
この柱が2030〜2031年にかけて崩れ始めた場合、同じ時期にレケンビが十分な利益規模に育っているかどうかが、エーザイにとって極めて重要になる。
会社が示すシナリオはこうだ。
レケンビのグローバル売上は、FY2027(2028年3月期)に2,500~2800億円を目指す。
つまり、レンビマが失速する前に、レケンビを次の収益の柱に育てるという計算である。
市場が見ているのは、まさにこの橋渡しがうまくいくかどうかだ。
競合Kisunlaとの構図
レケンビの競合として、Eli LillyのKisunlaがある。
一般名はドナネマブ、日本名はケサンラである。
Kisunlaも、レケンビと同じ抗アミロイド薬だ。
両薬の大きな違いは、投与をいつ終えるかという考え方にある。
レケンビは、現時点では継続投与・維持療法を前提とした使い方が中心である。
一方のKisunlaは、脳内のアミロイドが十分に除去された時点で投与を終了できる設計になっている。
この「有限治療」という考え方は、患者や医師にとって受け入れやすい可能性がある。
ずっと治療を続けるのではなく、一定期間で終えられる可能性があるからだ。
ただし、Kisunlaにも制約がある。
特定の遺伝子型、ApoE4ホモ接合体の患者では副作用リスクが高く、欧州では当該患者層への承認が制限されている。
現時点では、処方患者数や売上の面でレケンビがリードしている。
ただし、欧州市場や日本市場で2剤の競合がどう進むかは、今後の重要な観察点になる。
5月15日の決算で見るべき3つのポイント
5月15日の決算で見るべきなのは、売上の伸びそのものではない。
その売上が利益に変わる道筋が、どこまで具体的に示されるかである。
見るべきポイントは3つある。
① レケンビが2027年度2,500億〜2,800億円に向かう道筋を示せるか
まず最大の注目点は、FY2027(2028年3月期)のレケンビ売上2,500億〜2,800億円計画を維持するかどうかだ。
数字の流れを整理する。
| 年度 | レケンビ売上 | 区分 |
| FY2023(2024年3月期) | 43億円 | 実績 |
| FY2024(2025年3月期) | 443億円 | 実績 |
| FY2025(2026年3月期) | 880億円 | 速報(5/15確定済) |
| FY2026(2027年3月期) | 1,435億円 | 計画(5/15更新済) |
| FY2027(2028年3月期) | 2,500億〜2,800億円 | 2025/3/25 ニュース |
FY2024からFY2025は約2倍。ここまでは実績として確認できる。
投資家が見るべきなのは、FY2026にレケンビ事業が黒字転換へ向かい、2027年度の2,500億〜2,800億円という目標に向けた成長曲線が現実的に見えるかどうかである。
会社が目標とする営業利益率10%以上(FY2027)を達成できれば、利益面でのインパクトはさらに大きくなる。
ただし、レケンビはBiogenとの共同商業化品であり、販売費、ロイヤリティ、利益配分を経た後に、どれだけエーザイに利益が残るかが重要だ。
② EU市場の初期実績はどうか
ドイツとオーストリアでは、2025年8〜9月にレケンビの発売が始まった。
今回の通期決算でEU売上の初期数字が開示されれば、欧州展開の速度を測る最初のデータポイントになる。
欧州は、承認後も国ごとに保険適用や価格交渉が必要になる。
米国や日本と比べて、実際の処方拡大まで時間がかかることが多い。
だからこそ、初期の立ち上がりが市場予想に対してどうかを見る意味がある。
③ SC開始投与の審査延長をどう説明するか
当初、5月24日にレケンビの開始投与向けSC製剤についてFDA判断が予定されていた。
しかし、FDAの審査期限は3か月延長され、新しいPDUFA日は2026年8月24日となった。
そのため、5月15日の決算では、経営陣がこの審査延長をどう説明するかが重要になる。
見るべきポイントは、単に「遅れたかどうか」ではない。
追加情報の内容がどの程度のものなのか。
FY2026のレケンビ売上計画に影響するのか。
SC開始投与の承認時期をどう見込んでいるのか。
医療現場への展開準備に遅れが出るのか。
ここを確認したい。
SC開始投与は重要カタリストだが、判断は8月24日に延期
当初、次に注目すべき日は5月24日だった。そして、レケンビSC開始投与をめぐるFDA判断は、当初の5月24日から2026年8月24日に延期された。
SC開始投与は、投与負担を下げ、処方拡大を後押しする重要な要素であることに変わりはない。
なお、維持療法向けのSC製剤(LEQEMBI IQLIK 360mg、週1回)は、2025年8月にすでにFDA承認を受けている。
今回の焦点は、『最初からSC注射で治療を始められるか』である。
この変化が意味することを整理する。

2週に1度の通院は、最大の処方ハードルのひとつであり続けた。
これが皮下注射になることで、投与そのものの負担は大きく下がる。
患者の裾野が広がり、既存患者の継続率も改善する可能性がある。
ただし、ここで注意すべき点もある。
SC投与になったとしても、治療が完全に「自宅だけで完結する」わけではない。
診断、アミロイド確認、MRIによる安全性監視、副作用対応は、引き続き医療機関で必要になる。
したがって、SC製剤の意味は「医療機関が不要になること」ではない。
より正確には、投与負担を下げ、専門施設のキャパシティ制約を緩和し、処方拡大のボトルネックを減らすことにある。
FY2027の2,500~2,800億円という計画は、このSC承認を重要な前提として組み込んでいると見るべきだろう。
FDA審査はPriority Review、つまり優先審査の指定を受けている。ただし、今回のように審査期限が後ろ倒しになると、計画達成の時間軸には不確実性が残る。
現時点では、会社側はFDAから承認可能性に関する懸念は示されていないと説明している。
したがって、焦点は「承認されるか」だけでなく、8月24日の判断がFY2026の成長シナリオにどの程度影響するかに移ったといえる。
今の配当を続ける体力はあるか
エーザイを見るうえで、配当も重要な論点だ。
配当利回りは3%台半ばで、エーザイは長期間にわたり減配を避けてきた。
一方で、足元の配当性向は高い。FY2024実績では約98%、FY2025も会社予想ベースでは100%を超える可能性がある。
つまり、今の配当は、足元の利益で余裕を持って払っているというより、将来のレケンビ収益化を前提に維持している配当に近い。
レケンビが黒字化し、全社利益が伸びれば、配当性向は自然に正常化していく。
逆に、黒字化が遅れれば、配当維持の余力は徐々に厳しくなる。
ここも、5月15日の決算で確認したい論点である。
まとめ
エーザイの現在地をひと言でまとめるなら、こうだ。
レンビマで稼ぎ、その資金をアルツハイマー病治療薬に大きく投じてきた。
その薬がようやく売上を生み始めた。
しかし投資を回収するには、FY2027に2,500~2,800億円という今の約3倍の売上を実現し、その売上を利益に変える必要がある。
市場はその実現を半信半疑で見ている。
だから株価は最安値圏にある。
5月15日の決算で見るべきは、単なる売上実績ではない。
レケンビの2,500~2,800億円への道筋を描けられるのか。
その根拠として、SC承認、EU展開、中国成長をどこまで具体的に語るのか。
そして、レケンビSC開始投与をめぐるFDA判断は、当初の5月24日から2026年8月24日に延期された。
SC開始投与は、投与負担を下げ、処方拡大を後押しする重要な要素であることに変わりはない。
ただし、FY2026の成長シナリオを見るうえでは、承認時期の後ろ倒しがどの程度影響するのかも確認ポイントになる。
決算の数字だけでなく、経営陣が何を語るか、FDAが何を判断するか。
その両方を合わせて読むことで、エーザイが描く成長シナリオの解像度が高まるはずだ。
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参考情報
レケンビ売上収益(速報)について — エーザイ株式会社
FDA、SC維持療法(LEQEMBI IQLIK)承認 — Eisai Co., Ltd.
FDA、SC開始投与sBLAをPriority Reviewで受理 — Eisai Co., Ltd.
EU(ドイツ・オーストリア)発売開始 — Eisai Co., Ltd.
レンビマ特許訴訟和解 — Eisai Co., Ltd.
レケンビFY2025売上計画およびFY2026目標 — エーザイ関連資料
Kisunla EU Marketing Authorization — Eli Lilly / EMA
アルツハイマー病治療薬市場・Phase 3成功確率に関する報道資料
認知症治療薬希望患者への実際の投与率に関する報告
エーザイの認知症薬レケンビ、27年度に売上高2800億円(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC259500V20C25A3000000/)

