塩野義製薬の株価調整をどう見るか——過去最高益と「次の柱」の見極め
塩野義製薬の株価が冴えない。
一見すると、不思議に見えるかもしれない。
なぜなら、業績だけを見れば、塩野義は決して悪くないからだ。
2025年度の売上収益は4,997億円、営業利益は1,667億円。
売上収益・営業利益は過去最高を更新し、最終利益も大きく伸びた。
ただし、過去最高とはいえ、会社予想の1,850億円に対しては達成率90.1%と、未達に終わっている。事業投資や米国事業に関連する費用、開発品の減損などが響いた。
さらに会社は、2026年度の業績予想として、売上収益7,000億円、営業利益2,200億円を掲げている。
数字だけを見れば、成長は続いているように見えるが、その中身が結構変わる。
もちろん、塩野義だけが特別に売られているわけではない。
薬価制度、特許切れ、研究開発費の増加、米国市場での価格圧力など、製薬株全体にも逆風はある。
加えて、塩野義の株価はそれまで大きく上昇していた。
今回の動きには、業績そのものが悪化したというより、上昇後の利益確定や一時的な調整という面もある。
好決算であっても、すでに期待が株価に織り込まれていれば、発表後に売られることは珍しくない。
では、そのうえで市場は何を確認しているのか。
塩野義については、会社固有の論点がある。
ゾコーバ後の感染症事業はどうなるのか。
ViiVへの依存は大きすぎないか。
Radicava/ラジカットの買収は、本当に利益につながるのか。
今回の記事では、塩野義の株価調整を、この3つのポイントから整理してみたい。
塩野義をざっくり理解する3つの柱
まず、塩野義製薬の収益構造を簡単に整理しておきたい。
塩野義は「感染症に強い製薬会社」として知られている。
ただし、今の塩野義をそれだけで見ると、少し実態を見誤る。
現在の塩野義は、大きく分けると次の3つの柱で成り立っている。
① 感染症の薬
ゾコーバ、ゾフルーザなどの急性呼吸器感染症薬は、2025年度実績で338億円、2026年度予想で416億円。
これとは別に、薬剤耐性菌向けのセフィデロコルも欧米で成長しており、2025年度の米欧売上は合計441億円だった。② ViiVから入ってくるHIV関連収入
2026年度のHIVフランチャイズのロイヤリティー収入は2,760億円を見込む。
売上収益7,000億円のうち、約4割を占める大きな柱である。③ Radicava/ラジカットという新しい柱
2026年度は米国Radicavaで1,017億円、国内ラジカットで70億円の売上を見込む。新しく取り込んだ事業として、売上拡大の大きな要因になる。
ここで重要なのは、塩野義がもともと高収益な会社だという点である。
2025年度の営業利益率は約33%。ViiV由来のHIVロイヤリティー収入が大きく、製薬会社の中でも収益性の高さが目立つ。
だからこそ、市場は「売上が増えるか」だけでなく、「利益率を維持できるか」も見ている。
Radicava/ラジカットで売上が増えても、それがViiVのように高い利益率を生むとは限らない。市場は、売上の大きさだけでなく「どれだけ利益として残るのか」を見ている。
① 感染症の薬——塩野義の原点だが、次の成長は見えにくい
塩野義の原点は、感染症領域である。
代表的な製品には、COVID-19治療薬のゾコーバ、インフルエンザ治療薬のゾフルーザ、薬剤耐性菌向けの抗菌薬セフィデロコルがある。
この領域は、塩野義の研究力を示す重要な分野だ。
ゾコーバは、COVID-19流行期に塩野義の感染症創薬力を示した製品である。国内で緊急承認を取得し、一時的に大きな売上を生み出した。
しかし、COVID-19が季節性感染症として扱われるようになる中で、ピーク時のような需要が続くとは考えにくい。
もちろん、ゾコーバの価値がなくなったわけではない。
ただ、今後も塩野義全体の成長を引っ張る大型製品であり続けるかは、別の問題である。
感染症領域は社会的意義が大きい。
一方で、事業としては難しさもある。
流行規模に左右される。
政府調達の有無で売上が変わる。
抗菌薬は医療上重要でも、商業的には大きな売上を作りにくい場合がある。
つまり、感染症は塩野義の強みである。
しかし、この柱だけで今後の高成長を作れるかというと、市場はまだ慎重に見ている。
これが、株価が冴えない1つ目の理由である。
② ViiV——高収益を支えてきた強力な資産
次に重要なのが、ViiV Healthcareである。
ViiVは、GSK、Pfizer、塩野義製薬が関わるHIV医薬品専業の会社である。HIV治療薬・予防薬を展開しており、世界のHIV市場で大きな存在感を持つ。
塩野義は、HIV薬の創製に関わってきた会社であり、その成果としてViiVからロイヤリティーや配当を受け取ってきた。
2026年度のHIVフランチャイズのロイヤリティー収入は2,760億円を見込んでおり、売上収益7,000億円の約4割を占める大きな柱である。
ここで大事なのは、ViiVは単なる外部投資ではないという点だ。
ドルテグラビルやカボテグラビルは、塩野義のインテグラーゼ阻害薬研究から生まれた成果であり、HIVは塩野義の創薬力を示す代表例でもある。
HIV治療は、近年大きく変わりつつある。
従来は、毎日薬を飲んでウイルスを抑える治療が中心だった。しかしHIVは長期にわたり治療を続ける必要があり、毎日の服薬そのものが患者にとって負担になる。
そこで広がっているのが、長時間作用型注射剤、いわゆるLAIである。ViiVのCABENUVAは、塩野義が関与したインテグラーゼ阻害薬カボテグラビルを含む配合剤で、2か月に1回の筋肉注射でHIVを抑える治療選択肢である。
「毎日の飲み薬」から「数か月に1回の注射」へ。
この投与負担の軽減が、HIV市場での競争力を左右する重要なテーマになっている。
※薬の「届け方」を変える技術については、別記事「薬は“届け方”でここまで変わる——DDSという見えない主戦場」で詳しく整理している。
一方で、この領域でも競争は激しい。ギリアドのレナカパビルのように、より投与間隔の長い薬も出てきており、ViiVがLAIへの移行をうまく進められるかは、塩野義の利益にも影響する。
塩野義はViiVへの追加出資により、議決権比率を21.7%まで引き上げた。これはHIV事業の成長をより深く取り込むという意味ではプラスである。
ただし、ViiVは塩野義の完全子会社ではなく、GSKが過半を持つ会社である。
つまり、ViiVは塩野義にとって非常に強い資産である一方、塩野義が完全にコントロールできる事業ではない。
だからこそ、市場はViiVの強さを評価しながらも、その依存度の大きさを気にしている。
ViiVの成長が続けば、塩野義にとって大きな追い風になる。
一方で、競争環境が厳しくなれば、塩野義の利益にも影響が及びやすい。
これが、株価が重くなった2つ目の背景である。
③ Radicava/ラジカット——新しい柱になるかはこれから
3つ目の柱が、Radicava/ラジカットである。
塩野義は、田辺ファーマからALS治療薬エダラボン事業を取得した。
米国ではRadicava、日本ではラジカットとして知られる薬である。
ALSは、筋萎縮性側索硬化症と呼ばれる難病で、治療選択肢が限られている疾患である。
塩野義にとって、この買収の意味は大きい。
これまで感染症の印象が強かった塩野義が、希少疾患領域へ本格的に踏み出すからである。
2026年度予想では、米国Radicavaの売上として1,017億円、国内ラジカットとして70億円が示されている。
2025年度の売上収益が4,997億円だったことを考えると、これはかなり大きな売上貢献である。
ただし、Radicava買収は、単に薬を一つ買ったという話ではない。
米国で希少疾患薬を販売する体制、患者支援、保険アクセスへの対応力も含めて、事業基盤を取り込む意味がある。
つまり、塩野義にとってRadicava/ラジカットは、2026年度の売上拡大を支える柱であると同時に、米国で希少疾患事業を広げるための足場でもある。
一方で、買収は「売上が増えるから成功」とは限らない。
大事なのは、買った事業がきちんと利益を生み、買収に使ったお金を回収できるかである。
その売上からどれだけ利益が残るのか。
米国での販売体制や患者支援にどれくらい費用がかかるのか。
長期的に安定して売上を維持できるのか。
ここは、まだこれから確認していく必要がある。
市場は、Radicavaの売上だけでなく、この基盤を使って塩野義が米国で次の成長を作れるのかを見ている。
これが3つ目のポイントである。
まとめ——市場は「過去最高益」より「次の柱」を見ている
ここまで見てきたように、塩野義の株価下落は、会社の魅力がなくなったことを意味するわけではない。
塩野義には、感染症研究の蓄積がある。
ViiVという強力な資産もある。
さらにRadicavaを通じて、米国希少疾患事業へ本格的に踏み出そうとしている。
会社資料でも、2025年度以降の成長ドライバーとして、海外事業、国内事業、HIV事業が示されている。
これは、塩野義が「感染症中心の会社」から、ViiVとM&Aを組み合わせた成長企業へ移ろうとしていることを表している。

それでも株価が冴えないのは、市場が「過去最高益」ではなく、「次の柱の確度」を見ているからだ。
塩野義は今、感染症に強い高収益企業から、ViiVとM&Aを組み合わせた新しい成長企業へ変わろうとしている。
その転換が成功すれば、今の株価下落は一時的な調整だったと振り返られるかもしれない。
今回の株価調整は、単なる失望売りというより、上昇後の利益確定に、次の成長ストーリーの確度を見極めたい市場の慎重姿勢が重なったものだといえる。
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参考資料
塩野義製薬 2025年度決算説明資料・決算短信
塩野義製薬 2025年度決算説明会トランスクリプト
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塩野義製薬 田辺ファーマからのエダラボン事業の買収に関するお知らせ
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