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薬は“届け方”でここまで変わる——DDSという見えない主戦場 #05

このシリーズのラインナップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。



前の記事では、薬にはさまざまな種類があることを見てきた。

低分子薬、ペプチド、抗体薬、ADC、核酸医薬、細胞・遺伝子療法。

どのモダリティを選ぶかによって、作り方も、コストも、患者の使い方も変わる。

しかし、ここで一つ、とても大事な問いが残る。

その薬は、どうやって体の中の必要な場所まで届くのか。

どれほど優れた成分でも、体の中で壊れてしまえば効かない。
必要な場所に届かなければ、薬としての価値は出ない。

つまり薬は、作っただけでは完成しない。
届けて初めて、薬になる。

この「届け方」を設計する技術が、ドラッグデリバリーシステム(DDS)である。

なぜ、ある薬は錠剤で飲めるのか。
なぜ、ある薬は注射でなければならないのか。
なぜ、病院で点滴する薬が、自宅で自己注射できるようになるのか。

この記事では、製薬業界を理解するうえで欠かせない「届け方」の技術、DDSを見ていく。

薬の価値は、成分だけで決まらない。
どう届けるかで、患者の使いやすさも、薬の売上も、企業の競争力も変わる。



なぜ薬によって、飲み薬・注射・点滴に分かれるのか

薬の形は、好みで決まるわけではない。
多くの場合、薬の「分子の性質」によって決まる。

飲み薬として使うには、胃や腸で壊れず、腸の壁を通り抜けて血液に入る必要がある。

低分子薬は、この条件を満たしやすい。
分子が小さく、構造を調整しやすいため、飲み薬にしやすい。

一方、抗体薬は巨大なタンパク質であり、飲めば消化酵素で分解される。
仮に分解を免れても、腸の壁を通り抜けるには大きすぎる。

だから抗体薬は、基本的に点滴や注射で体内に入れる必要がある。

GLP-1薬のようなペプチドも、消化管で分解されやすく、腸から吸収されにくい。
核酸医薬は体内で壊れやすく、さらに細胞の中に入りにくい。
細胞療法は、生きた細胞を体に戻す治療であり、飲み薬という選択肢はない。



ここで重要なのは、薬の種類が変わると、届け方の課題も変わるということだ。

同じ成分でも、届け方によって使いやすさは大きく変わる。


薬が体内でたどる流れ——ADMEをざっくり押さえる

DDSを理解するうえで、少しだけ押さえておきたい考え方がある。

それが、ADMEである。

ADMEとは、薬が体内でたどる4つの流れを表す言葉だ。

  • 吸収(Absorption):体の中に入る

  • 分布(Distribution):必要な場所に運ばれる

  • 代謝(Metabolism):体内で分解される

  • 排出(Excretion):体の外に出ていく

要するに、薬は体の中で、

入る
届く
分解される
出ていく

という流れをたどる。

DDSは、このADMEの流れをうまくコントロールする技術である。

薬を壊れにくくする。
狙った場所に届ける。
必要な時間だけ効かせる。
最後は安全に出ていかせる。

こうした工夫によって、薬の価値は大きく変わる。


DDSは何を変えるのか——入口・時間・目的地

では、DDSは具体的に何を変えているのか。

大きく分けると、三つある。

一つ目は、入口を変えることだ。

飲み薬が難しければ、注射、貼り薬、吸入、舌下投与など、別のルートを使う。
これにより、消化管や肝臓で分解される問題を避けることができる。

二つ目は、時間を変えることだ。

薬を一気に放出するのではなく、少しずつ放出する。
これにより、効果を長く保ち、服薬回数を減らすことができる。

三つ目は、目的地を変えることだ。

薬を全身に広げるのではなく、できるだけ狙った臓器や細胞に届ける。
これにより、効果を高め、副作用を抑えることができる。

つまりDDSとは、

どこから入れるか
いつ放出するか
どこに届けるか

を設計する技術である。

この三つを押さえると、DDSの全体像がかなり見えやすくなる。


実例で見るDDS①——効く時間を延ばすインスリンとHIV LAI

DDSの価値をわかりやすく示す例が、インスリンである。

インスリンは糖尿病治療に欠かせない薬だが、昔の治療では1日に何度も注射が必要になることがあった。
患者にとって、これは大きな負担である。

そこで重要になったのが、「どのくらいの時間効かせるか」という設計だ。

製剤技術の進化によって、インスリンはより長く、より安定して効くように改良されてきた。
薬の効く時間をコントロールできれば、1日何度も注射する薬が、1日1回で済むようになる。

つまりDDSは、単に薬を便利にする技術ではない。
患者の生活そのものを変える技術なのである。

インスリンのデバイス技術についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事をご参照ください。

同じ時間を操る意味で、DDSの面白さを逆方向から示すのが、HIV治療薬だ。

同じ「時間を操る」という意味で、もう一つ面白い例がHIV治療薬である。

多くの薬は、「注射しかなかったものを、飲み薬にする」方向で進化する。
ところがHIVでは、逆に「飲み薬だったものを、あえて注射にする」進化が起きている。

HIVは、現在の治療では長期にわたりウイルスを抑え続ける必要がある。従来は、毎日薬を飲み続けることが治療の中心だった。

しかし、毎日の服薬は患者にとって負担になる。
服薬が不安定になると、ウイルス抑制が不十分になり、耐性リスクにもつながる。

そこで登場したのが、長時間作用型注射剤(LAI:Long-Acting Injectable)である。

ViiVのCABENUVAは、低分子薬であるカボテグラビルを含む配合剤で、体内でゆっくり効くように設計されている。これにより、毎日薬を飲むのではなく、2か月に1回の注射でHIVを抑える選択肢が生まれた。

ここで起きているのは、単なる投与経路の変更ではない。

「毎日飲む」から「2か月に1回投与する」へ。
薬の効く時間を設計することで、患者の負担を大きく変えている。
届け方の最適解は、病気によって正反対になることがある。
どちらも、患者にとっての使いやすさを突き詰めた結果である。

なお、ViiVのHIV薬は塩野義製薬の収益にも大きく関わっている。塩野義の決算や株価を見るうえで、ViiVとLAI製剤がなぜ重要なのかは、別記事「過去最高益なのに、なぜ塩野義製薬の株価は下がったのか」で整理している。


実例で見るDDS②——「包んで届ける」LNP

次に、LNP(脂質ナノ粒子)を見てみよう。

LNPとは、簡単にいえば、薬を脂質の粒で包んで届ける技術である。

この技術が特に重要になったのは、mRNAや核酸医薬のような壊れやすい薬が登場したからだ。

mRNAやsiRNAのような核酸は、そのまま体内に入れても分解されやすい。
また、細胞の中に入るのも簡単ではない。

そこで、脂質の粒で包む。

イメージとしては、壊れやすい荷物を保護ケースに入れて運ぶようなものだ。

LNPは、薬を分解から守り、細胞の中へ届けるための重要な技術である。
mRNAワクチンや核酸医薬の発展を支える基盤技術の一つといえる。

ここでもポイントは同じだ。

有効成分がどれだけ優れていても、細胞の中に届かなければ働けない。
LNPは、その「届ける」という課題を解決する技術なのである。


実例で見るDDS③——肝臓に届ける“住所ラベル”GalNAc

DDSの中でも、わかりやすい例がGalNAc(ガルナック)である。

GalNAcは、薬を肝臓に届けるための“住所ラベル”のような技術だ。

肝臓の細胞の表面には、GalNAcを認識する受容体、ASGPRが多く存在している。
薬にGalNAcという目印をつけると、肝臓の細胞がそれを見つけて取り込む。

この仕組みは、特に核酸医薬で重要だ。
核酸医薬は、狙った細胞の中に入って初めて効果を発揮するからである。

GalNAcを使うことで、薬を効率よく肝臓に届けることができる。
代表例が、コレステロールを下げるレクビオ(一般名:インクリシラン)だ。

ここでも、薬の価値を決めているのは成分だけではない。

どこに届けるか。
どうやって細胞に取り込ませるか。

その設計が、薬の使いやすさと競争力を左右している。


飲めるGLP-1薬はどう生まれたのか

DDSの面白さを、いま最も身近に感じられるテーマがある。

それが、GLP-1薬である。

GLP-1は、食後に分泌されるホルモンだ。
インスリン分泌を促し、食欲を抑える働きがある。

このGLP-1の働きを利用した薬が、GLP-1受容体作動薬である。
糖尿病治療だけでなく、肥満症治療でも注目されている。

ただし、GLP-1薬には大きな課題があった。

もともとGLP-1薬の多くは、注射薬だった。
なぜなら、有効成分がペプチドというタンパク質に近い性質を持つ分子だからである。

ペプチドは、飲み薬にするのが難しい。

胃や腸で分解されやすい。
腸の壁を通りにくい。
そのまま飲んでも、十分に吸収されにくい。

つまり、GLP-1薬は「飲み薬にしにくい薬」だった。

では、なぜ飲めるGLP-1薬が生まれたのか。
ここには、二つの異なる考え方がある。

詳しく見ていこう。


アプローチA——届け方で突破する

一つ目は、届け方を工夫して、飲めるようにする方法だ。

代表例が、経口セマグルチドである。
ノボ ノルディスクは、吸収促進剤SNACを使うことで、セマグルチドを飲み薬として使えるようにした。

SNACは、胃の中でペプチドが分解されにくい環境を作り、さらに吸収を助ける役割を持つ。

簡単にいえば、壊れやすく吸収されにくい分子を、なんとか胃から体内に入れるための補助技術である。

これはまさにDDSの発想だ。

分子そのものは飲み薬に向いていない。
それでも、届け方を工夫して飲めるようにする。

ただし、この方法には難しさもある。

吸収される割合は高くない。
また、服用条件も厳しくなりやすい。

起床後すぐに飲む。
決められた量の水で飲む。
服用後しばらく飲食を避ける。

こうした制約がある。

それでも、注射薬だったGLP-1薬を飲み薬に近づけたという点で、非常に大きな技術的進歩である。


アプローチB——そもそも飲みやすい分子を作る

もう一つの考え方は、そもそも飲み薬に向いた分子を作るという方法である。

ここで重要な例が、中外製薬が創製したorforglipronだ。

orforglipronは、GLP-1受容体を刺激する低分子薬である。
中外製薬はこの候補をEli Lillyにライセンスし、Lillyがグローバルで開発を進めている。

この発想は、DDSとは少し違う。
SNACのように「届け方を工夫して飲ませる」のではなく、最初から飲み薬にしやすい分子を設計しているからだ。

ただし、ここに大きな難しさがある。

GLP-1受容体は、本来、ペプチドのような比較的大きな分子が作用する受容体である。
そこに、小さな低分子で働きかけるのは簡単ではない。

たとえるなら、大きな鍵を前提に作られた鍵穴を、小さな鍵で動かそうとするようなものだ。

中外製薬は、化合物ライブラリーや構造解析などを活用し、低分子でGLP-1受容体を動かす候補を見つけ出した。

ここで見えてくるのは、薬づくりの二つの方向性だ。

一つは、届け方を工夫して、難しい分子を使えるようにすること。
もう一つは、最初から届けやすい分子を設計すること。

どちらも、患者にとって使いやすい薬を作るための挑戦である。

そしてこの対比は、DDSの本質をよく表している。

薬の価値は、成分そのものだけでなく、
体の中にどう届けるか、そもそも届けやすい形にできるかで大きく変わるのである。


DDSはなぜ企業の競争力につながるのか


たとえば、武田薬品のエンタイビオペンがわかりやすい。

エンタイビオ(一般名:ベドリズマブ)は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの治療薬で、もともとは病院で点滴静注する薬だった。
しかし、皮下注射のペン型製剤が登場したことで、自宅で自己投与できる選択肢が広がった。

成分そのものを変えたわけではない。
変えたのは、届け方である。

病院で受ける薬から、日常の中で使える薬へ。
この変化は、患者の負担を下げ、治療を続けやすくし、薬の競争力も高める。

さらに、製剤や投与方法の工夫は、特許や競合との差別化にもつながる。

つまりDDSは、患者価値と事業価値を同時に高める技術なのである。


DDSを読むと、製薬企業の見方が変わる

製薬会社を見るとき、私たちはつい「どんな新薬を持っているか」に注目しがちだ。

もちろん、それは重要だ。
しかし、もう一歩深く見るなら、

その薬を、どう届けようとしているのか

にも注目したい。

飲み薬にできるのか。
注射の回数を減らせるのか。
自宅で使えるようにできるのか。
狙った臓器に届けられるのか。

こうした問いは、患者の使いやすさ、薬の売上、競合品との差別化、特許戦略、企業の収益性につながっている。

DDSを理解すると、製薬企業のニュースの見え方が変わる。

「新しい成分が出たか」だけでなく、
「その薬はどう届けるのか」
「患者の使い方はどう変わるのか」
「企業の競争力にどうつながるのか」

という視点で読めるようになる。

薬の価値は、成分だけで決まらない。
薬は、届けて初めて価値になる。

次回は、「モダリティ」「DDS」「企業戦略」がどう結びつくのかを見ていく。


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それでは、また次回の記事で。


参考資料

  • Module6_Key Concepts in Drug Delivery I〜IV_transcript.txt(UCSD DDC Course)— ADME・DDS基礎

  • PMC(2024)"Recent Advances in Lipid Nanoparticles for mRNA delivery" — LNP技術と応用

  • PMC(2020)"Delivery of Oligonucleotides to the Liver with GalNAc" — GalNAc-siRNA仕組みと承認薬

  • PMC(2022)"SNAC and the development of oral semaglutide" — Rybelsus経口デリバリー機構

  • Fortune Business Insights(2025)"Drug Delivery Systems Market" — DDS市場規模約3,000億ドル(先進DDS)

  • PMC / Frontiers(2025)"Advances in clinical applications of microneedle" — マイクロニードル臨床開発の動向

  • Markets and Markets(2025)"Smart Drug Delivery Systems Market" — スマートDDS市場と関連技術

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