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抗菌薬国産化はなぜ難しいのか――工場を建てても終わらない理由


製薬業界の解説シリーズも取り組んでいます→ 目次は第1回の記事でご確認いただけます。


2026年6月2日、Meiji Seikaファルマが岐阜工場(岐阜県北方町)で、抗菌薬原薬の国内一貫製造に向け、最終工程を担う「無菌化設備」の起工式を開きました。完成は2027年、品質確認(バリデーション)は2028年、出荷開始は2030年の予定です。

ニュースとしては、「日本が抗菌薬を自前で作れるようになる」という前向きな話に見えます。ただ、国産化は工場が建てば完成するわけではありません。本当の難所は、設備が稼働した「あと」にあります。

この記事では、国内の状況と他国の動きを整理したうえで、国産化を持続させるには何が必要なのかを考えます。



1. 何が起きているのか

厚生労働省の資料によれば、注射剤の大半を占めるβラクタム系抗菌薬は、その原材料をほぼ100%中国に依存しています。肺炎などの感染症治療や手術時の感染予防に欠かせず、供給が途絶すれば医療現場に直接影響します。

政策の対象は抗菌薬全般ではなく、主に次の4成分です。

  • アンピシリン・スルバクタム

  • ピペラシリン・タゾバクタム

  • セファゾリン

  • セフメタゾール

実際、2019年には、術後感染症の予防に広く使われるセファゾリンが品薄となり、手術を延期した例もあったとされます。中国の原薬メーカーで起きた製造トラブルが、世界的な供給不足につながりました。

この事態を受け、抗菌性物質製剤は経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に指定されました。政府は約553億円を投じ、Meiji Seikaファルマ、富士フイルム富山化学、大塚化学、シオノギファーマを中心に国内製造・備蓄体制を整備しています。シオノギファーマの計画にはPharmiraも参画しており、行政上は5法人が2つの計画に参加しています。

目標は、輸入原薬をすべて国産品に置き換えることではありません。海外からの供給が途絶しても、対象となる抗菌薬を国内で継続供給できる体制を2030年までにつくることです。

初期の政府構想では、平時は主に輸入原薬を使い、途絶時に国産原薬で補うことが想定されています。一方、将来は平時から国産原薬を一定割合使う案も検討されています。

つまり、ここでの「脱・中国依存」は、輸入をゼロにすることではなく、供給が止まったときの代替能力を国内に持つ「デリスキング」です。

6月の起工式は、そのための重要な一歩です。


2. なぜ難しいのか

国産化には、構造的に「採算が合わない」という問題があります。

業界団体の試算では、対象となる抗菌薬原薬を国産化した場合、製造コストは海外製の3倍から10倍に高まるとされています。

中国企業は世界市場向けに大量生産できます。一方、日本の国産原薬は主に国内向けで、生産量が限られるため、スケールメリットが働きにくいのです。

では、増えたコストを薬価に上乗せできるかというと、簡単ではありません。多くの抗菌薬は発売から長い年月が経ち、薬価が低く抑えられています。製造原価だけが上がれば、国産化に取り組む企業ほど赤字を抱えかねません。

JGA-NEWSでは、抗菌薬1錠の薬価を100円、輸入原薬のコストを20円とした仮定例が示されています。原薬費が5倍になれば製品コストは180円となり、薬価が変わらなければ1錠あたり80円の赤字です。実際の製品原価ではありませんが、問題の構造を端的に示しています。

一方、国産原薬を使った製品の薬価を引き上げれば、医療費や保険財政の負担が増えます。

さらに、入院医療費の一部が包括払いとなるDPC対象病院では、割高な国産抗菌薬が病院側のコスト圧力となり、採用されにくくなる可能性があると業界側は懸念しています。

DPCは、包括評価と出来高評価を組み合わせた制度です。包括範囲に入る薬では、仕入れ価格が上がっても、その全額を追加請求できるとは限りません。そのため、同等の効果なら安い薬を選ぶインセンティブが働きやすくなります。

つまり、「作れる」ようになっても「使われ続ける」とは限らない。ここが、設備着工というニュースの裏にある難しさです。


3. 他国はどうしているのか

これは日本だけの問題ではありません。中国は抗菌薬原料の世界最大級の供給国であり、欧米も特定の原料を中国に強く依存しています。

各国の対応には、力点の違いがあります。

米国では、重要な原薬を約6か月分備蓄する「戦略的API備蓄(SAPIR)」を打ち出しました。FDAによる国内製造施設の事前評価や、米国内製造を伴う申請の優先化なども進めています。さらに、特定の中国系バイオ企業に関する政府調達制限も法制化されました。

EUでは、域内製造への資金支援や許認可の迅速化を盛り込む「重要医薬品法」が議論されています。2026年5月には、EU理事会と欧州議会が暫定合意に達しました。ドイツでは、特許切れ抗菌薬の入札を複数に分け、その一部にEU・EEA域内で製造された原薬を使う条件を設けています。

インドでは、PLI制度の支援を受け、年産1万5,000トン規模のペニシリンG工場が2024年10月に開所しました。中国製中間体への依存を減らす狙いです。巨大な国内市場と輸出市場を持つため、日本よりもスケールメリットを得やすい点が異なります。

共通するのは、最安値だけを追求した結果、国内の製造基盤が弱くなったという反省です。

各国は、価格だけでなく、供給の安定性や製造場所も評価する仕組みへと舵を切り始めています。


4. これは抗菌薬だけの話ではない

「採算は低いが戦略的に不可欠」「安さを求めて海外に集約」「有事に供給が止まる」という構造は、医薬品以外にもあります。

半導体のレガシー品が典型です。自動車や家電に使われる成熟ノードのチップは、単価も利益率も低い。一方、供給が止まれば、自動車の生産ライン全体が止まります。

レアアースや重要鉱物も同様です。各国が利益率の低い精錬・加工工程を手放した結果、中国への依存が固定化しました。

共通する経済学はシンプルです。

最安値だけを基準に調達すると、供給途絶のリスクが価格に十分織り込まれません。その結果、平時には余剰に見える設備、在庫、複数の調達先が過少になりやすい。レジリエンスは、コストとして削られていきます。

平時の効率と有事の備えがトレードオフになる財では、市場に任せるだけでは備えが不足しやすい。だから各国は、補助金、備蓄、調達条件などで介入しています。

ただし、選択肢は「中国依存か、完全国産化か」の二つではありません。

国内に予備能力を持つ。複数国から調達する。同盟国と分業する。原薬や製剤を備蓄する。長期契約を結ぶ。

これらをどう組み合わせるかという設計の問題です。


5. 本当の論点は「出口」にある

抗菌薬の国産化を「補助金で工場を建てる話」と捉えると、本質を見誤ります。

設備投資を支援するプッシュ型政策は、いわば入口です。本当の問いは、平時には十分使われないかもしれない予備能力の維持費を、誰がどの方法で支払うのかです。

業界側も、薬価上の措置に加え、政府による買い取りなどの「プル型支援」を求めています。作らせるだけでなく、買い支える仕組みがなければ続かないという主張です。

出口の選択肢は、大きく4つあります。

  • 薬価プレミアム
    国産原薬を使った製品の薬価を引き上げる。

  • 最低購入量・長期契約
    政府や医療機関が一定量の購入を約束する。

  • 備蓄と定期入れ替え
    政府が買い取り、期限前に医療現場へ流して更新する。

  • 能力維持への対価
    生産量ではなく、「必要なときに作れる状態」を維持することに支払う。

最後の仕組みは、いわば供給保障の保険料です。

ここには、抗菌薬特有の難しさもあります。

普通の製品なら、たくさん売れれば工場を維持できます。しかし抗菌薬は、耐性菌対策のため、必要な患者に適切な量だけ使わなければなりません。

工場を維持するには売上が要る。しかし、維持のために使用量を増やすわけにはいかない。

だから国際的にも、企業への対価を販売数量から切り離す「デリンク型」の支援が議論されています。薬を多く売ることではなく、「必要なときに供給できる能力」そのものに対価を払う考え方です。

日本でも、国産原薬の一定割合の使用、薬価上の措置、時限的な補助制度などが検討されています。2026年1月には、抗菌薬原薬の追加備蓄などに約71億円を充てる方針も決まりました。

一方、薬価補填、政府買い取り、稼働保証をどう組み合わせ、設備を長期に維持するか。その完成形はまだ固まっていません。

政策を見るときは、設備補助という「入口」だけでなく、薬価、調達、備蓄、維持費という「出口」まで描けているかを見る必要があります。


おわりに ― 誰が「備え」の費用を払うのか

抗菌薬の国産化は、工場が建てば終わりではありません。

平時には十分使われないかもしれない設備を動かせる状態に保ち、必要なときに供給する。そのためには、薬価、政府調達、備蓄、能力維持への対価を組み合わせる必要があります。

最安値を追求すれば、平時の医療費は抑えられる。一方、供給途絶への備えは薄くなります。

国内の生産能力を維持すれば安心は増えますが、その費用は誰かが負担しなければなりません。

平時には余剰に見える生産能力を維持する「保険料」を、税金、保険料、薬価、備蓄予算、企業負担のどこで支払うのか。

そして、その負担を保険料や税金という形で国民が引き受けることに、どうやって理解を得ていくのか。

抗菌薬国産化の本当の難しさは、工場を建てることではなく、この二つの問いに答えを出すことにあります。


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本記事は「作れても採算が合わない」という供給側の話でした。そもそも抗生物質は"効く薬ほど売れない"という市場の失敗を抱えています。その需要側の構造(Achaogenの破産、英NHSのサブスク型報酬など)は → 効く新薬ほど、売れない——抗生物質ビジネスの「壊れた市場」

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出典・参考


本記事は公開時点の情報に基づく解説であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

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