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血液が原料の薬「血漿分画製剤」——特許が切れても崩れない異端のビジネス

製薬業界の解説シリーズも取り組んでいます→ 目次は第1回の記事でご確認いただけます。


2026年7月、ある発表があった。

日本血液製剤機構が、約2000億円を投じて北海道・千歳に新工場を建設し、免疫グロブリン製剤の増産体制を強化する。新工場は2032年度の稼働を目指し、既存拠点の再整備とあわせて、原料血漿の処理能力を段階的に現在の約2倍(65万L→130万L)へ引き上げる計画だ。

2000億円。そして、完成は6年後。

薬を増やすのに、なぜこれほどの金額と時間がかかるのか。

答えは、この製品の原料にある。工場では作れない。ヒトの血液(血漿)だ。

アルブミン、免疫グロブリン——名前は聞いたことがあるかもしれない。これらの薬は、普通の薬とほとんど真逆の産業構造から生まれている。

普通の新薬は、化学合成やバイオ技術で「作る」。特許が競争力の源で、特許が切れれば後発品に一気に置き換わる。

血漿分画製剤は、そうではない。原料は工場では作れず、増産にも時間がかかる。だからこの産業は、特許ではなく「血液をどれだけ集められるか」で勝負が決まる。結果として、特許切れでは簡単に崩れない、独特の堀を持つ。

この記事では、血漿分画製剤という特殊なビジネスを、投資・経営の視点で読み解く。冒頭の2000億円が「なぜ必要なのか」も、最後には見えてくるはずだ。



そもそも何のビジネスか——「1本の血漿から薬を取り分ける」

血漿分画製剤とは、血液の液体成分である血漿に含まれるタンパク質を、分離・精製して薬にしたものだ。

ポイントは、1本の血漿から複数の製品を同時に取り出すという産業の型にある。原料が有限だからこそ、1リットルの血漿からどれだけ多くの製品を取れるかが、そのまま収益を左右する。

主な製品は、患者層のまったく違う3本柱に集約される。

  • 免疫グロブリン(IG)=収益の柱。生まれつき抗体を作れない原発性免疫不全症の患者では、長期にわたって使われる。近年はCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)など神経・自己免疫疾患での使用も世界的に増えている。継続使用が必要になりやすく、需要を読みやすい。この免疫グロブリンだけで、市場の4割超を占める(Mordor Intelligenceの「Plasma Protein Therapeutics Market」で2025年に42.1%)。

  • アルブミン。手術・大量出血・熱傷・肝硬変・敗血症などで、循環血液量を保つために使う急性期医療の定番だ。

  • 凝固因子。血友病の治療に使う。ただしここは後述のとおり、遺伝子組換え(人工合成)製剤への置き換えが進んでいる分野である。

さらに、希少疾患向けの特殊タンパクという高収益ニッチがある。遺伝性血管性浮腫に使うC1インヒビター、先天性の欠乏症に使うアルファ1アンチトリプシンなどだ。これらは、希少疾患で限られた治療選択肢を担うことが多い。患者数は少ないが単価が高く、価格競争が起きにくい。

世界市場の規模は、Mordor Intelligenceの「Plasma Protein Therapeutics Market」で、2025年に約321億ドル(およそ5兆円)、2031年に約439億ドルへ拡大する見通しとされている(年5%台の成長)。


なぜ「異端」なのか——普通の製薬との4つの違い

この産業の核心は、普通の薬とはコスト構造も供給構造も違う点にある。

① 原料費が異常に重い

一般的な低分子医薬品では、原料費が製造原価に占める割合は小さいことが多い。ところが血漿分画製剤では、原料である血漿が原価の50%超を占める(Marketing Research Bureau)。工場の技術よりも、原料をどれだけ確保できるかが勝負になる。

② だから川上(採血)を自社で持つ

原料がすべてを決めるため、大手は米国を中心に血漿採取センター(プラズマセンター)を自前で大量に保有する。ドナーの腕から患者のバイアルまでを一貫して握る、垂直統合型のビジネスだ。これは普通の製薬企業にはない資産である。

③ 増産が効かない

原料が献血・売血に依存するため、需要が伸びても急には増やせない。製造にも時間がかかる。免疫グロブリンは製造に7〜12か月を要する(一般的なバイオ医薬の2〜3か月より長い)。人工的に合成できる薬と違い、増産には構造的な時間差がある。

④ 世界の血漿の約7割が米国産

米国は有償ドナー(売血)が認められ、大量の採血ができる。そのため世界の分画用血漿は米国への依存度が高く、業界資料では約7割前後が米国由来とされる。この一点が、後で見る日本の課題に直結する。

まとめると、こういうことだ。

普通の薬は「特許」で守る産業。血漿分画製剤は「供給力」で守る産業。

特許が切れても、採血網・製造ノウハウ・規制対応をゼロから作るのは容易ではない。だから、この産業は簡単には崩れない。

もちろん競争はある。製剤改良、投与経路、供給安定性、価格交渉では各社が競い合う。ただし、低分子薬のように、特許切れを機に後発品へ一気に置き換わる構造ではない。


だから世界は寡占になる——グローバルの構図

供給力が堀になる産業では、規模を持つ者が圧倒的に有利になる。実際、血漿分画製剤の市場は、CSL・武田薬品・Grifols・Octapharma・Kedrionといった少数の大手が大きなシェアを握る寡占だ。市場調査でも、これらの企業が主要プレーヤーとして挙げられている。

主要プレーヤーは次の5社である。

  • CSL Behring(豪州CSL傘下)。業界最大級。免疫グロブリンと希少疾患に強く、研究開発にも積極的な「バイオ企業寄り」。

  • 武田薬品(日本)。2019年のシャイアー買収で血漿事業を獲得した。血漿分画は同社の主力事業のひとつという位置づけである。

  • Grifols(スペイン)。世界最大級の採取センター網を持つ「インフラ企業寄り」。

  • Octapharma(スイス)。創業家が保有する非上場企業。上場の圧力がなく、長期目線で投資できる。

  • Kedrion(イタリア)。中堅。地域・製品でニッチを取る。

各社の違いを一言で言えば、CSLは「研究開発の広さ」、Grifolsは「採血網の物量」で差別化している、と整理できる。武田は買収で得た複数事業のひとつとして血漿を持つ点で、専業各社とは経営上の位置づけが異なる。

なぜ新規参入がほとんど起きないのか。それは、この産業が3つの層で堀を築いているからだ、と考えると理解しやすい。

  1. 川上の規模——何百もの採血センターとドナー基盤を作るには何年もかかる。

  2. 川中の技術——1本の血漿からどれだけ多くの製品を取り出せるか(収率)が各社の技術差になる。

  3. 川下のポジション——希少疾患向けなど、治療選択肢が限られる領域では、価格競争が起きにくく収益性が高くなりやすい。

この3層が重なるため、寡占が長く続く。

なお、製品ごとに潮流は逆を向いている。免疫グロブリンは需要が伸び続ける一方、凝固因子は遺伝子組換え薬に侵食されている。同じ事業の中に、伸びる製品と縮む製品が同居しているのもこの産業の特徴だ。


そして日本の課題——「自給」という重荷

ここまで、世界の血漿分画製剤ビジネスを見てきた。寡占が進み、供給は米国に集中している。

では、日本はどうか。ここで視点を国内に移す。

日本を理解する鍵は、「国内自給」という言葉にある。

自給率はなぜ下がるのか

血漿分画製剤の原料は、国民の献血だ。ここには国際的な原則がある。「血液は自国民の無償献血でまかなうべき」という考え方だ(WHO・国際赤十字の理念)。日本も血液法で、国内自給を基本方針に掲げている。

だから日本では、自給率がしばしばニュースになる。「自給率が下がった」=国が掲げた原則から後退したという意味を持つからだ。

いま、その自給率が下がる方向に、3つの力が同時に働いている。

  • 需要が増えている——免疫グロブリンの適応が広がり、使用量が急増している。国内の献血由来だけでは足りず、輸入で穴を埋める。すると自給率は下がる。

  • 原料が細っている——少子高齢化で献血を支える世代が減っている。過去の需給推計では、2025年に33〜65万人分の献血が不足しうるとされた(厚労科研資料)。足元の実績は年により振れるが、献血可能人口の減少と免疫グロブリン需要増という構造問題は続いている。

  • 地政学リスク——世界の血漿の約7割は米国産だ。輸入に頼るほど、米国の採血事情や有事に振り回される。

実際の数字を見ると、令和5年度(2023年度)の国内自給率は、人免疫グロブリン製剤が75.3%、アルブミン製剤が71.1%だった(厚労省・血液事業部会)。しかも免疫グロブリンの低下は急だ。JBによれば、その自給率は2015年度の約95%から、2025年度には約59%まで下がる見込みだという(令和6年度=2024年度の実績でも、アルブミン72.6%・免疫グロブリン68.1%と低下が続いている)。

10年で、ほぼ完全自給から6割割れへ——需要増に国内供給が追いつかない現実が、数字にはっきり出ている。

米国大手のようには原料を集められない

そもそも、なぜ日本は米国のように大量に集められないのか。制度が根本的に違うからだ。

米国では、血漿の提供に謝礼を払う「有償ドナー」が認められている。だから週2回まで通うドナーが集まり、大量の血漿が集まる。世界の分画用血漿の約7割前後が米国由来とされるのは、この制度が大きい。

一方、日本は無償の献血が原則で、有償の売血は認められていない。つまり日本は、需要が増えても「お金を払って集める」という手段を持たない。献血者が減れば、そのまま原料不足に直結する。

国内で自給を担うのは、主に3社だ。

  • 日本血液製剤機構(JB)——2012年に日本赤十字社と田辺三菱系(ベネシス)の血漿分画事業が統合して発足した一般社団法人。

  • KMバイオロジクス——明治ホールディングス傘下。ワクチンと血漿分画が主力。

  • 武田薬品——国内でも血漿分画製剤を手がける一社。

これらの国内メーカーは、規模で世界大手に劣り、献血由来という制約も抱える。だから「国内の自給体制をどう維持するか」が、厚労省の審議会でくり返し議論されている。

原料の仕入れ方も、米国大手とはまったく違う。第3章で見たように、Grifolsなど海外大手は採血センターを自前で建て、原料をみずから握りにいく。だが日本では、それができない。

採血ができるのは日本赤十字社だけで、集まった原料血漿は、厚労省の「需給計画」に基づいて3社に配分される。量・配分・価格が国の管理下にあるため、需要が急に伸びても、企業判断だけで機動的に増産することはできない。この構造も、日本が自給維持に苦しむ理由のひとつだ。

2000億円投資が示す「薬の安全保障」

ここで、冒頭の2000億円に戻る。

JBが処理能力を倍増しにいくのは、まさにこの構図への答えだ。ただし見落としてはいけないのは、増やすのは工場の「処理能力」だという点だ

原料の血漿そのものは、献血で有限のまま急には増えない。日赤が血漿成分献血の体制を強化し、原料も少しずつ増やす計画はあるが、機動的には増えない。だからこそ、限られた血漿から免疫グロブリンをより多く取り出す「分画能力」の増強が要になる。

とはいえ工場の完成は2032年度——増産を決めてから薬が出るまで6年かかる。医薬品の工場が、建ててもすぐには動かせない理由は記事15:GMPと品質管理で詳しく触れている。

「薬の安全保障」が、2000億円という具体的なコストと、6年という時間として表面化したのがこのニュースである。

しかも、この事業はもともと採算が厚いとは言いにくい。日本経済新聞によれば、日本血液製剤協会の集計で、血漿分画製剤の原価率は約6割、営業利益率は3%にとどまる。薬価改定により価格も約40年にわたって下がり続け、2025年には薬価収載時から5割ほど低下していたという。採算の薄い事業に、一企業が2000億円を投じるのは容易ではない。

だから、国も動く。政府は官民で投資する戦略17分野の一つに「創薬・先端医療」を位置づけ、その中で免疫グロブリンの国内自給率100%を目指している。原料血漿の確保など、ワクチンや抗菌薬とあわせて2040年度までに7.2兆円を投じる計画だ。血漿分画製剤の自給は、いまや一企業の経営判断ではなく、官民で担う国家テーマになりつつある。

投資・経営の目で見れば、日本の自給率は単なる「献血の善意」の話ではない。需要の増加、人口減少、海外依存が重なる、医薬品の安定供給の問題である。

一方で、自給率は高ければ高いほど良い、という単純な話でもない。国内自給を高めれば有事には強くなるが、その分、設備投資や維持費、原料確保のコストは膨らむ。2000億円という投資は、その象徴だ。

だから論点は、「自給か輸入か」の二択ではない。どこまでを国内で持ち、どこからを国際調達で補うのか。その線引きをどう考えるかにある。

世界が寡占と米国依存で回るなか、日本はどこまで自前にこだわり、そのコストを誰が負担するのか。

血液という、工場では作れない原料の上に成り立つこの産業は、その難しさを映し出している。


この記事のポイント

  • 血漿分画製剤は、ヒトの血漿から複数の薬を取り分けるビジネス。収益の柱は、需要が伸び続ける免疫グロブリンである。

  • 原料である血漿の確保が最大のボトルネックになるため、特許ではなく「供給力」が堀になる。

  • 世界市場は少数の大手が握る寡占構造で、分画用血漿は米国への依存度が高い。

  • 日本は国内自給を原則に掲げるが、需要増・献血者減・米国依存が重なり、自給率の維持が課題になっている。


合わせて読みたい——「普通の薬とは違う」市場と安全保障

血漿分画製剤と同じく、通常の医薬品とは違う市場構造や、医薬品の安全保障をテーマにした記事です。


Hiro|製薬企業の経営企画担当。製薬業界をビジネス視点で解説。


さらに詳しく知りたい方へ(一次情報・専門資料)

本記事は「投資・経営視点での読み方」に絞っている。数字や制度の詳細は、以下の一次情報で最新の内容を確認いただきたい。

  • 日本経済新聞「血液製剤 生産能力を倍増 自給率28年ぶり6割以下」(2026年7月8日朝刊)

  • 厚生労働省 薬事審議会 血液事業部会 議事録(国内自給率の公式値。令和5年度:人免疫グロブリン75.3%、アルブミン71.1%)

  • ミクスOnline「日本血液製剤機構 北海道千歳市に新工場建設」(2000億円投資・処理能力倍増・自給率推移)

  • 一般社団法人 日本血液製剤機構「国内自給率の向上」

  • Mordor Intelligence「Plasma Protein Therapeutics Market」(世界市場規模・製品別シェア)

  • Marketing Research Bureau「The Plasma Industry」(コスト構造の解説)

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