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放射性医薬品とは何か——「効く薬」を、減る前に届けられるか

製薬業界の解説シリーズも取り組んでいます→ 目次は第1回の記事でご確認いただけます。


前立腺がんの治療薬 Pluvicto は、がん細胞を狙って放射線を届ける。

臨床試験で効果が示され、承認されれば、あとは必要な患者に投与すればよい——普通の薬なら、そう考えるかもしれない。

しかし、放射性医薬品ではそう簡単ではない。

患者が治療を受ける前に、まず PET 検査で標的があるかを確認しなければならない。薬は作った瞬間から放射能が減り始めるため、在庫として長く保管できない。投与できる病院には専用の設備と病室が必要で、原料となる放射性同位元素も自由に調達できるわけではない。

つまり、薬が効くことが証明されても、

診断できなければ使えない。
作れても、間に合う時間内に運べなければ使えない。
病室がなければ投与できない。

放射性医薬品は、良い薬を作るだけでは事業にならない。

効く薬を、減る前に、投与できる場所まで届け続けられるか。

その仕組み全体が価値を決める。

2026年8月、核医学大手の Curium は、前立腺がんの PET 診断薬 Pylarify を持つ Lantheus を最大約80億ドルで買収することで合意した。取引はまだ完了していない。

Curium 自身も、診断用の放射性医薬品とその製造・供給網に強みを持つ企業である。

その Curium が、なぜ PSMA-PET 診断で強い会社に、これほどの値を付けたのか。

その答えも、放射性医薬品では診断、製造、物流、投与施設が一つの事業としてつながっていることを理解すれば見えてくる。

本記事では、Pluvicto を中心事例に、この構造を投資・経営の視点から整理する。



1.放射性医薬品とは何か——標的に「放射線」を届ける薬

放射性医薬品とは、放射性同位元素(アイソトープ)を含む薬のことだ。

構造はシンプルで、大きく3つの部品からできている。

  • 標的に結合する分子(リガンド)——がん細胞の表面にある目印を狙う部分

  • 放射性同位元素——実際に放射線を出す部分

  • 両者をつなぐ部分(キレート/リンカー)

標的に結合する分子が「住所」を担い、放射性同位元素が「中身」を担う。薬が標的に集まったところで、近くの細胞に放射線を当てる。

考え方としては、ADC(抗体薬物複合体)に近い。ADC が「抗体でがん細胞を狙い、細胞を殺す薬物を届ける」のに対し、放射性医薬品は「標的分子でがん細胞を狙い、放射線を届ける」。届ける中身が、化学物質か放射線かの違いである。治療に使うものは RLT(放射性リガンド療法) と呼ばれる。

体外から照射するリニアックや陽子線と違い、放射性医薬品は体内に投与する薬である。そのため、医薬品と放射性物質の両方のルールが、製造・輸送・投与施設にかかる。これが、以降で見る制約の出発点になる。


2.セラノスティクス——「見つける薬」と「叩く薬」が対になる

放射性医薬品を、他のモダリティと分けているのが、この考え方だ。

セラノスティクス(theranostics) ——therapeutics(治療)と diagnostics(診断)を合わせた造語である。

同じ標的を狙う分子に、画像に写る核種を組み合わせれば診断薬になり、細胞を叩く核種を組み合わせれば治療薬になる。

平たく言えば、こうだ。

同じ「目印」を使って、先に写し、次に叩く。

診断薬で「その患者に標的があるか」を確かめ、あった患者にだけ治療薬を投与する。この運用が、薬の設計そのものに組み込まれている。

臨床的には、効く見込みのある患者を先に選べるという意味を持つ。経営・投資の視点で見ると、もう一つ別の意味が出てくる。治療薬を売るためには、診断薬とその検査インフラが先に要る、ということだ。

なお、すべての放射性医薬品に専用の診断薬が必要なわけではない。本記事で扱うのは、Pluvicto のように、同じ標的を狙う診断薬と治療薬を組み合わせるセラノスティクス型である。

この型では、多くの医薬品と違い、診断薬と検査能力が、治療を受けられる患者数の上限を左右する。診断が普及していない地域では、治療薬は承認されていても使われない。患者を選べないからである。


3.Pluvicto は、どうやってがんを狙うのか

その代表例が、冒頭で触れたノバルティスの Pluvicto(プルヴィクト、ルテチウム Lu 177 ビピボチドテトラキセタン) である。この薬1本を、承認から患者の病室まで追いかけると、放射性医薬品という産業の形がそのまま出てくる。

狙う標的は PSMA(前立腺特異的膜抗原) ——前立腺がんの細胞表面に多く現れるタンパク質だ。

運用は、3段階で進む。

  1. PSMA-PET 検査で、患者のがんに PSMA があるかを画像で確認する。この検査には、ガリウム68(Ga-68) で標識した診断薬を使う

  2. PSMA 陽性と確認された患者に、Pluvicto を投与する

  3. 薬は PSMA に結合し、ルテチウム177(Lu-177) がβ線を出して、近くのがん細胞を攻撃する

「写す」と「叩く」が、同じ目印を共有している。これがセラノスティクスの実装である。

そして、ここから話は製造と物流に移る。

Lu-177 の半減期は約6.7日。作った瞬間から、放射能は減り続ける。

診断側の Ga-68 はさらに厳しく、半減期は約68分しかない。遠方の製造拠点から完成した薬を広域配送するには、使える時間が短すぎる。

そこで、半減期が約9ヶ月ある親核種のゲルマニウム68(Ge-68) を入れたジェネレータを医療施設に置き、必要なときに Ga-68 を取り出して、施設内で診断薬を調製する。

半減期が短いほど、作る場所を使う場所に近づけるしかない。日単位の Lu-177 は製造拠点から運べる。68分の Ga-68 は、使う施設で作る。


4.なぜ Pluvicto は、普通の薬のように届けられないのか

ここが本記事の背骨にあたる。

普通の医薬品は、作って、在庫し、注文が来たら出荷する。放射性医薬品では、この前提が最初から成り立たない。制約は5つある。

① 在庫が持てない

半減期があるため、作り置きができない。倉庫に積んだ分は、待っている間に価値が下がっていく。

Lu-177 で約6.7日、Ga-68 では約68分。製造から投与までの時間そのものが、製品の性能に直結する。

② 工場の「場所」が競争条件になる

在庫で吸収できない以上、距離が効く。搬送に時間がかかる地域には、そもそも届けられない。

一般的な低分子薬であれば、少数の大規模工場から広域に供給できる。一方、短寿命の核種を使う放射性医薬品では、売りたい市場の近くに製造拠点を置く必要性がはるかに高い。

だから各社は、市場ごとに拠点を構える。ノバルティスは、米国内の RLT 製造拠点が稼働中・建設中あわせて5カ所あると説明している。

③ 患者ごとの受注生産に近い

日本では、薬剤の発注から入荷まで、準備期間として約2週間を見込む必要がある。ただし、完成した薬を2週間かけて運ぶという意味ではない。

PET 検査、病室、投与日を先に決め、その日に必要な放射能が残るように製造・輸送を組む。投与日から逆算して初めて、製造日と配送日が決まる。

投与日が決まっていなければ、この薬は流せない。

④ 投与できる施設が限られる

放射性医薬品は、投与すれば患者自身が一時的に放射線源になる。そのため受け入れ側にも要件がかかる。

Pluvicto の投与は管理区域で行い、放射線治療病室または特別措置室での入院が必要になる。学会通知も、実施できる施設が限られ、待機患者が生じる可能性を指摘している。

薬が承認されても、病室がなければ投与できない。

⑤ 核種そのものの供給が、薬の外側にある

原料となる放射性同位元素は、通常の製薬工場では作れず、原子炉や加速器などの専用設備を必要とする。

つまりこの産業は、通常の医薬品製造とは異なる産業インフラに、供給の一部を依存している。

適応拡大は、供給制約も拡大させる

2026年7月31日、FDA は Pluvicto を、より早い段階の転移性前立腺がん(ホルモン感受性)へ適応拡大した。ノバルティスは、この承認で対象患者層がほぼ2倍になると説明している。

なお、承認の根拠は画像上の無増悪生存——画像で見て悪化しなかった期間——であり、寿命を延ばしたかどうか(全生存)については、まだ統計的有意差に達していない。

そのうえで、供給の側から見ると、この承認の意味ははっきりしている。

対象患者が2倍になるとき、増やさなければならないのは薬だけではない。製造量、輸送回数、PET 検査枠、投与できる病室も、同時に要る。

②で触れた「米国内5拠点」という説明が、この承認発表と同じタイミングで出てくるのは偶然ではない。効能の拡大と供給の拡大は、この分野では同じ計画の一部である。


この供給網は、特許とは別の参入障壁になる。工場、輸送網、検査施設、投与病室は、資本を投じても短期間には増やせないからだ。


5.Pluvicto だけの問題ではない

ここまでは Pluvicto を通して見てきた。では、これはノバルティスの一製品に固有の事情なのか。

そうではない。同じ構造は、2026年に起きた他社の動きにも表れている。診断側と、原料側から1件ずつ見ておく。

診断網をさらに厚くする——Curium/Lantheus

2026年8月、Curium は、PET 診断薬 Pylarify を主力とする Lantheus を最大約80億ドルで買収することで合意した。取引は審査中である。

ここで見落としたくないのは、Curium 自身がすでに診断側の大手だという点である。同社の説明によれば、年間約1,400万人に診断ソリューションを提供し、60カ国以上に供給網を持つ。

つまりこれは、「治療薬の会社が診断薬の会社を買った」という案件ではない。診断と供給網に強い会社が、PSMA-PET という成長領域で強い会社を取り込み、セラノスティクスの基盤をさらに厚くする買収と見るほうが近い。

Pylarify が使うフッ素18は、Ga-68 より長い約110分の半減期を持つ。そのため、医療施設で作るだけでなく、地域の製造拠点から複数の施設へ配送する事業モデルを組みやすい。

これまでの大型買収が主に治療候補品を対象としてきたのに対し、ここで価値が付いているのは製品だけではない。それを製造し、限られた時間内に広域へ届ける能力と顧客基盤である。

買収で何を買っているのかという視点は、記事27:製薬M&A戦略入門で整理した枠組みが使える。

核種を先に押さえる——Ratio Therapeutics

同じ2026年7月、Ratio Therapeutics がシリーズCで7,000万ドルを調達した。資金は、アクチニウム225(Ac-225)を使う候補品の臨床開発だけでなく、製造インフラの拡張にも充てられる。同社はその直前に、Ac-225 の供給契約を相次いで結んでいた。

臨床初期の企業が、開発資金だけでなく、核種と製造能力を先に確保している。

これは、候補品だけでは事業化できないことを示している。


6.日本では、承認後に何が詰まっているのか

ここまでは主に海外の話である。では日本はどうか。ふたたび Pluvicto に戻る。

海外記事の翻訳では抜け落ちやすいが、この分野は日本固有の制約が最も分かりやすく出る領域でもある。

Pluvicto は2025年9月に国内承認され、11月に保険適用となった。国内初の標的放射性リガンド療法である。ノバルティスは丹波篠山に1億ドルを投じ、国内の製造拠点も建設している。

薬事、保険、製造への投資は、すでに進んでいる。問題は、その先だ。

制約①——診断側の入り口が狭い

日本で Pluvicto の適応判定に使えるのは、ガリウム(68Ga)を用いる PSMA-PET 検査に限られる

そしてこの検査に使うジェネレータとキットが国内承認されたのは2025年で、治療薬 Pluvicto とほぼ同時だった。診断側の設備は、まだ入ったばかりである。

4学会の通知は、「PSMA-PET 検査は実施可能な施設が限られる」ため、自施設でできない場合は他施設への紹介が必要になる、としている。

半減期68分の診断薬が、限られた施設にしかない。患者は検査を受けに移動する必要がある。

制約②——治療側の病室が足りない

Pluvicto の投与には、放射線治療病室または特別措置室での入院が必要になる。

では、その病室はどれだけあるのか。

日経BP「がんナビ」(2026年3月3日)によれば、放射線治療病室(アイソトープ病棟)がある医療機関は、全国で50数施設である。

4学会が「待機患者の発生が予想されます」と書いたのは、この供給側の細さを前提にしている。

さらに、入院中に一定の生活行動を自力で行えることなど、患者側にも条件がある。「効く患者」と「投与できる患者」は、同じではない。

制約③——次の世代では、核種そのものが詰まる

ここまでは Pluvicto の話である。だが同じ問題は、次の世代でもう一度起きる可能性が高い。

Pluvicto が使う Lu-177 はβ線を出す核種だが、次世代として世界中で開発が進んでいるのは、α線を出す Ac-225 である。α線はβ線より飛程が短くエネルギーが高いため、標的の近くにより強い作用を集中させやすいと期待されている(前章の Ratio 社の候補品も Ac-225 を使う)。

問題は、この Ac-225 を国内で安定的に確保できないことだ。日本原子力産業協会の記事(2025年10月)によれば、入手困難な状態が続き、臨床普及が遅れてきた。

その結果、国内ではまだ治験段階にある Ac-225 を用いた治療を求めて、オーストラリア、スイス、ドイツなどへ渡航する患者もいる。渡航費だけで約300万円の負担が発生しているという。

薬が高いのではない。薬のある場所まで行く費用が300万円かかっている、という話である。

国内製造に向けた準備も進んではいる。ただ、細いのは、安定した供給ルートである。

ここまで見ると、「日本は遅れている」と結論したくなる。だが、承認、保険、国内製造への投資はすでに進んでいる。

足りないのは、検査施設、投与病室、核種の供給ルートである。しかも、病室は病院の投資判断、核種は原子力・産業政策に関わる。製薬会社1社だけでは解決できないことが、この分野の難しさである。


7.放射性医薬品企業を見る3つの視点

放射性医薬品は、薬を発明すれば売れる事業ではない。核種を確保し、診断し、製造し、減衰する前に投与施設まで届ける仕組みが、企業価値を左右する。

したがって、この分野の企業を見るときは、臨床データに加えて、次を確認する必要がある。

  • 製造拠点と物流網

  • 診断・投与ができる施設の数

  • 核種の供給契約

企業価値をどう分解して見るかについては記事28:製薬企業の価値はどこにあるのかで扱った。放射性医薬品では、そこに供給網の項目が加わる。

次にこの分野のニュースを読むときは、臨床データの隣に、工場の数と病室の数を置いてみてほしい。ニュースの見え方が、少し変わるはずである。


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筆者について

経営コンサルティングを経て、現在は製薬企業の事業部門で経営企画を担当しています。

このブログでは、製薬業界を「会計 × 経営企画 × 投資家目線」で読み解いています。


免責事項

本記事は情報提供を目的としており、特定の投資の推奨・勧誘を行うものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。

また、本記事は医療上の助言を目的とするものではありません。治療に関する判断は、必ず医療専門職にご相談ください。

※表記について:解説シリーズの記事04・記事14では「放射線医薬品」と表記しているが、業界一般の呼称は「放射性医薬品」である。同じものを指す。


参考資料

Curium / Lantheus

Pluvicto 適応拡大

Ratio Therapeutics

日本の状況

核種の基礎データ

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