薬はどう作られるか——CMCと製造リスクの現実 #14
このシリーズのラインナップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。
前回は、治験を止める「患者募集」の壁を見た。
では、患者が集まり、臨床試験がうまくいけば、薬はそのまま市場に出るのだろうか。
実は、そうとは限らない。
臨床試験が成功しても、承認されないことがある。
理由は、有効性でも安全性でもない。
製造だ。
どれほど良い臨床データがあっても、
この薬を安定して作れる
と証明できなければ、承認は出ない。
FDAが承認申請を審査した結果、「このままでは承認できない」と判断した場合、企業にComplete Response Letter(CRL)を出すことがある。
CRLの理由は、安全性や有効性に限らない。
製造や品質管理に関する問題でも、承認は遅れる。
実際、2023年には、イーライリリーの潰瘍性大腸炎薬Omvohが、製造に関する指摘を受け、承認が約6か月遅れた。
しかも製造には、もう一つの難しさがある。
承認が出た瞬間に出荷するためには、承認前から作り始めなければならない。
承認されれば出荷できる。
しかし、承認されなければ、製造済みの在庫は損失になる。
今回は、CMC(Chemistry, Manufacturing, and Controls)——製造・品質管理の世界を見ていく。
この記事を読むと、臨床データと並んで「製造」が投資判断に直結する理由が見えてくる。
CMCの本質——薬を同じ品質で作り続けられるか
CMCで問われるのは、単に「薬を作れるか」ではない。
同じ品質の薬を、安定して、再現性高く作り続けられるか
である。
たまたま1回うまく作れた、では足りない。
原料、製造工程、不純物、品質試験、安定性、工場の製造体制。
これらをデータで示し、「商用製品として安定して供給できる」と証明しなければならない。
しかもCMCは、承認申請の直前に始まるものではない。
候補化合物が絞り込まれた段階から始まり、Phase 1・2・3と進むにつれて要求レベルが上がっていく。
初期の治験では、少量の治験薬を作れればよいかもしれない。
しかし、Phase 3に進む頃には、商用製造を見据えたプロセス、品質試験、安定性データ、製造設備の準備が必要になる。
つまりCMCは、薬の開発を裏側から支える、もう一つの重要な開発作業なのである。
モダリティによって、製造リスクは変わる
薬の種類、つまりモダリティが変わると、製造の難しさも大きく変わる。
記事04では、モダリティを「どのように病気を攻めるか」という視点で見た。
ここでは、同じモダリティを「どう作るか」という視点で見ていく。
低分子薬は、化学合成で比較的見通しを立てやすい。
抗体薬は、生きた細胞を使うため品質管理が難しい。
ADCは、抗体、リンカー、ペイロードを統合する必要がある。
核酸医薬は、有効成分だけでなくDDSが重要になる。
放射線医薬品は、半減期と供給網が制約になる。
細胞・遺伝子療法では、製造そのものが治療提供能力を決めることがある。
つまり、モダリティは「効き方」の違いであると同時に、「作り方」と「事業リスク」の違いでもある。
① 低分子——製造リスクは比較的低い
低分子薬は、化学反応を重ねて目的の分子を合成する。
いわば「化学のレシピ」に近い。
もちろん、低分子薬の製造が簡単という意味ではない。
原料の品質、不純物の管理、結晶形、安定性、スケールアップなど、管理すべきことは多い。
それでも、バイオ医薬品や細胞・遺伝子療法に比べると、製造プロセスの見通しを立てやすいことが多い。
分子構造が明確で、化学的に同じものを再現しやすい。
分析法も確立しやすく、特許切れ後にはジェネリック医薬品が参入しやすい。
そのため、投資家から見た低分子薬の主なリスクは、製造そのものよりも、特許切れ後の売上急落、つまりパテントクリフになりやすい。
低分子薬は製造リスクが比較的低い。
しかし、「低分子だから製造は簡単」と決めつけるのは危険である。
② 中分子・ペプチド——作るのは意外に難しい
GLP-1薬のようなペプチドは、低分子とは違う難しさを持つ。
ペプチドは、アミノ酸が連なった分子である。
低分子薬より大きく、タンパク質医薬よりは小さい。
そのため、低分子とバイオ医薬品の中間に位置するモダリティと考えるとわかりやすい。
一見すると、アミノ酸を順番につなげればよいように見える。
しかし、実際には工程が長く、精製も難しい。
オゼンピックの有効成分であるセマグルチドは、31個のアミノ酸からなるペプチドである。
低分子薬に比べて、合成・精製の管理が複雑になりやすい。
ペプチドはアミノ酸を順に結合させるため、鎖が長くなるほど不純物管理や精製の難度が上がる。
目的物に似た不純物ができやすく、それを取り除く工程が重要になる。
また、ペプチドは分解されやすい性質もある。
製造工程だけでなく、製剤化、保存条件、安定性試験も重要になる。
ペプチド薬は、GLP-1薬のように巨大市場を狙える一方で、製造能力が供給制約になりやすい。
需要が急拡大したときに、どれだけ安定して大量生産できるかが、企業の競争力になる。
③ 抗体——生きた細胞が作る薬
タンパク質医薬や抗体薬は、化学合成だけで作る薬ではない。
多くの場合、生きた細胞に目的のタンパク質を作らせる。
そのため、低分子薬とは製造の考え方が大きく変わる。
抗体薬では、遺伝子操作した細胞を培養し、目的の抗体を作らせる。
その後、細胞培養液から抗体を取り出し、精製し、品質を確認する。
ここで難しいのは、生きた細胞が関わることだ。
培養条件のわずかな違いが、品質に影響することがある。
温度、pH、栄養、培養期間、細胞株、精製工程。
こうした条件の違いが、タンパク質の構造や糖鎖、凝集、不純物に影響する可能性がある。
そのため、工場移転や製造条件の変更を行うたびに、変更前後で同じ品質であることを証明する必要がある。
これが、バイオ医薬品の製造コストと開発期間を押し上げる。
同じ理由で、バイオ医薬品の後続品——バイオシミラー——を作ることも簡単ではない。
低分子薬のジェネリックは、基本的に有効成分が化学的に同一であることを示す。
一方、バイオシミラーは先行品と完全に同一ではなく、構造・生物活性・有効性・安全性などの面で「高度に類似し、臨床的に意味のある差がない」ことを示す必要がある。
そのため、製造プロセスと品質解析の力そのものが参入障壁になる。
さらに最近では、抗体薬も複雑化している。
たとえば二重特異性抗体は、2つの標的を同時につかむように設計された抗体である。
通常の抗体より構造や設計が複雑になりやすく、製造・品質評価・安全性管理の難度も上がる。
抗体薬は、効果の面では非常に強力なモダリティである。
しかし、その強さを支えているのは、生きた細胞を使い、品質を厳密に管理する高度な製造技術なのである。
④ ADC——抗体、毒薬、リンカーを統合する
ADCは、抗体薬物複合体と呼ばれるモダリティである。
抗体と低分子毒素をリンカーでつないだ薬だ。
記事04では、ADCを「抗体を運び屋にする薬」として説明した。
製造の視点で見ると、ADCはさらに難しい。
なぜなら、ADCは複数の技術を統合する薬だからである。
抗体を作る。
毒性の強いペイロードを作る。
抗体とペイロードをリンカーでつなぐ。
その結合状態を管理する。
最終製品として安全に製剤化する。
このすべてが必要になる。
ADCで特に重要なのが、DAR(Drug-to-Antibody Ratio)、つまり抗体1個あたりに結合している薬物の数である。
抗体に薬物が少なすぎれば、十分な効果が出にくい。
多すぎれば、安定性や安全性に影響する可能性がある。
つまり、抗体に何個の薬物が結合しているかは、有効性と安全性に直結する。
そのばらつきを管理することが、ADCの大きな技術的課題になる。
さらに、ADCは高毒性物質を扱うため、専用設備や厳格な封じ込めも必要になる。
ペイロードはがん細胞を殺すほど強力な薬物である。
それを製造現場で安全に扱うには、高度な設備と作業管理が欠かせない。
そのため、ADCは製造リードタイムも長くなりやすい。
承認前に製造を進める場合、もし承認が遅れたり、承認されなかったりすれば、在庫リスクも大きくなる。
ADCは、臨床データや市場性だけでなく、製造能力そのものが競争力になるモダリティである。
第一三共のADCビジネスでは、承認前の製造準備、製造委託契約、棚卸資産評価損といった論点が実際に注目された。
この事例については、以下の記事で詳しく整理している。
⑤ 核酸医薬——届ける包み材も難しい
siRNAやmRNAのような核酸医薬では、有効成分そのものに加えて、届ける技術も重要になる。
核酸は、DNAやRNAに関わる分子である。
病気に関わるタンパク質そのものではなく、そのタンパク質を作る設計図を狙う。
この考え方は非常に魅力的だ。
低分子薬や抗体薬では狙いにくい標的でも、mRNAなどを制御することで治療できる可能性がある。
しかし、核酸医薬には製造・送達の難しさがある。
まず、核酸は体内で壊れやすい。
そのまま投与しても、分解されたり、目的の細胞に届かなかったりする。
そのため、DDS、つまりドラッグデリバリーシステムが極めて重要になる。
siRNAでは、肝臓に届けるためにGalNAcのような技術が使われることがある。
mRNAでは、LNPという脂質ナノ粒子で包んで届ける必要がある。
COVID-19ワクチンの大量生産でも、このLNP製造とスケールアップが大きな課題になった。
核酸医薬では、有効成分の品質だけでなく、それを包む材料、粒子の大きさ、安定性、保存条件、製剤化まで含めて管理しなければならない。
⑥ 放射線医薬品——半減期との戦い
放射線医薬品の製造には、他のモダリティにはない制約がある。
それが半減期だ。
治療に使われる放射性同位元素は、時間とともに自然に放射活性が下がっていく。
たとえばPluvictoで使われるルテチウム-177、Lu-177の半減期は約6.7日である。
通常の医薬品のように長期間在庫を積み上げることはできない。
製造してから患者に投与するまでのリードタイムを最小化することが、製造戦略の核心になる。
そのため、放射線医薬品では、製造拠点の立地、投与施設までの物流、投与スケジュールの調整が重要になる。
製造しても、患者に届くまでに時間がかかれば、放射活性は低下してしまう。
さらに、薬に使うアイソトープを安定的に確保できるかも重要になる。
PluvictoではLu-177が使われるが、次世代の放射線医薬品ではAc-225のような別のアイソトープも注目されている。
実際、NovartisはNiowaveとAc-225の長期供給契約を結ぶ一方で、米国内では自社のRLT製造拠点も拡充している。
つまり、外部からのアイソトープ確保と、自社の製造・供給網の強化を並行して進めている。
これは、放射線医薬品の競争が、臨床データだけでなく、製造インフラと原料供給網の確保にも広がっていることを示している。
放射線医薬品では、
何を標的にするか
どのアイソトープを使うか
どこで作るか
どれだけ早く患者に届けるか
が一体になっている。
まさに、科学、製造、物流が一つになったモダリティである。
この「科学・製造・物流が一体になる」構造を、Pluvictoを例に工場から病室まで一本追いかけた記事はこちらです。
→放射性医薬品とは何か——「効く薬」を、減る前に届けられるか
⑦ 細胞・遺伝子・ウイルスを使う治療——製造と投与体制が治療の上限を決める
細胞・遺伝子・ウイルスを使う治療では、製造の考え方そのものが変わる。
たとえばCAR-T療法では、患者のT細胞を取り出し、遺伝子を導入して、再び体内に戻す。
患者ごとのオーダーメイド製造になるため、一般的な医薬品のように大量在庫を作ることができない。
つまり、製造能力そのものが、治療できる患者数の上限を決める。
CAR-Tでは、患者から細胞を採取する。
製造施設へ送る。
細胞を加工する。
品質を確認する。
再び医療機関へ戻す。
患者に投与する。
この一連の流れが、途切れず、正確に、患者ごとに管理されなければならない。
ここでは、製造だけでなく、物流、医療機関の体制、患者スケジュールの調整まで含めて重要になる。
遺伝子治療でも、ベクター製造が大きな論点になる。
AAVなどのウイルスベクターを使う場合、高品質のベクターを十分な量で作れるかが、開発と商用化の制約になる。
腫瘍溶解ウイルスのように、遺伝子改変されたウイルスを治療に使う場合も、製造・品質管理は簡単ではない。
ウイルスを安定して製造し、力価や純度を管理し、安全性を確認する必要がある。
この領域では、薬を作るというより、
治療を実行できる仕組みを作る
という感覚に近い。
細胞・遺伝子・ウイルスを使う治療は、科学的には非常に魅力的である。
しかし、製造、物流、投与施設、品質管理、償還まで含めた体制が整わなければ、広く患者に届けることは難しい。

DSとDP——原薬を「使える薬」にする
CMCでは、DSとDPという言葉がよく出てくる。
DS(Drug Substance)は、有効成分にあたる原薬である。
一方、DP(Drug Product)は、患者が実際に使える最終製品の形を指す。
たとえば、錠剤、注射剤、凍結乾燥製剤、プレフィルドシリンジなどである。
ここまで見てきたように、モダリティによってDP化の難しさは大きく変わる。
低分子薬なら錠剤化、バイオ医薬品や核酸医薬なら無菌充填や冷蔵・冷凍保管、放射線医薬品なら投与タイミングまで含めた設計が重要になる。
つまりCMCでは、有効成分を作るだけでなく、それを患者が使える形に仕上げるところまで考える必要がある。
スケールアップという壁
研究室で作れた薬が、工場でも同じように作れるとは限らない。
容器が大きくなると、かき混ぜ方、熱の伝わり方、反応の速さが変わる。
バイオ医薬品では、培養槽のサイズが変わるだけで、細胞のふるまいも変わる。
つまり、
ラボで作れること
工場規模で安定して作れること
は、まったく別の話である。
これがスケールアップの壁だ。
初期の研究では、少量の薬を作れればよい。
Phase 1では、少人数の被験者に投与する治験薬を作れればよい。
しかし、Phase 3では多数の患者に投与するため、より多くの治験薬が必要になる。
さらに承認後には、商用規模で安定供給しなければならない。
この段階で製造プロセスがうまく拡大できなければ、開発計画は大きく狂う。
CMCが開発の早い段階から動き出す理由は、ここにある。
薬の開発では、科学的に効くかどうかだけでなく、
その薬を将来どのくらいの規模で、どのくらい安定して作れるかも考えなければならない。
製造リスクは投資判断に直結する
ここまで見ると、CMCは単なる工場の話ではないことがわかる。
製造リスクは、企業価値に直結する。
まず、承認遅延のリスクがある。
臨床データが良くても、製造・品質に問題があれば承認が遅れることがある。
次に、供給不足のリスクがある。
承認されても、十分に作れなければ売上は伸びない。
需要があるのに供給できない場合、機会損失になる。
さらに、製造先行リスクもある。
製薬企業は、承認後すぐに出荷できるよう、FDA審査中から製造を進めることがある。
承認されれば、すぐに患者に届けられる。
しかし、CRLを受け取れば、製造済みの在庫が使えなくなり、廃棄コストや評価損につながる可能性がある。
このリスクは、モダリティによって大きく変わる。
低分子薬のように比較的作りやすい薬では、在庫リスクはまだ管理しやすい。
一方、ADCやバイオ医薬品のように製造工程が長く複雑な薬では、リードタイムが長くなり、承認前に積み上がる在庫も大きくなりやすい。
放射線医薬品では、半減期の制約があるため、通常の在庫戦略とはまったく違う考え方が必要になる。
細胞療法では、そもそも一般的な意味での大量在庫を作ることが難しい。
そして、コスト構造の問題もある。
作るのが難しい薬ほど、設備投資、製造原価、品質管理コストが大きくなりやすい。
これは利益率にも影響する。
一方で、複雑なモダリティでは、製造できること自体が参入障壁にもなる。
抗体、ADC、核酸医薬、放射線医薬品、細胞・遺伝子療法では、製造ノウハウや供給網が競争力になる。
つまり、製造は「裏方」ではあるが、事業上は表舞台に近い。
まとめ
患者募集を乗り越え、臨床試験が完走しても、それだけで薬は市場に出ない。
承認申請では、
この薬は効くのか
安全に使えるのか
同じ品質で安定して作れるのか
DSを作る。
DPに仕上げる。
工場規模にスケールアップする。
承認前から製造リスクを取る。
そして、同じ品質で安定して作れることを規制当局に示す。
CMCとは、薬を「作れる」と証明する仕事である。
そして、作れるだけでもまだ十分ではない。
次に問われるのは、その薬を正しく、継続的に、同じ品質で作り続けられるかである。
次回は、その「正しく作る」を支える仕組み——GMPと品質管理の世界を見ていく。
注記
本記事は、公開情報・規制資料・AIを活用したリサーチをもとに、筆者が内容を確認・編集して整理したものです。筆者はCMCや製造部門の実務担当者ではないため、実際の運用は企業・国・製品・モダリティ・製造委託先によって異なる点にご留意ください。
参考資料
ICH Q1A(R2)"Stability Testing of New Drug Substances and Products"
ICH Q8(R2)"Pharmaceutical Development"
ICH Q10 "Pharmaceutical Quality System"
EMA "Guideline on manufacture of the finished dosage form"
FDA "Pharmaceutical Quality / Chemistry, Manufacturing, and Controls" 関連資料
Eli Lilly — Omvoh / mirikizumab CRL and approval related press releases
Biotage — Solid Phase Peptide Synthesis / Peptide Purification
Cytiva — mRNA vaccine process development
JCO Oncology Practice — "Barriers to Access to CAR-T Therapy"
Novartis / FiercePharma — Pluvicto and radioligand therapy manufacturing expansion
EMA — Strategic recommendations on radiopharmaceutical supply chain
第一三共関連公開資料・決算説明資料 — ADC事業、DXd-ADC、製造委託契約、棚卸資産評価損に関する情報
