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なぜ製薬会社はアメリカ市場を重視するのか——世界医薬品市場の構造と日本の立ち位置 #02

このシリーズのラインアップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。

日本の製薬会社は、日本で薬を売る会社。

そう考えがちだが、実際の収益構造は大きく異なる。

武田薬品工業やアステラス製薬は売上の8割超を海外で稼ぎ、住友ファーマでは米国だけで約7割を占める。日本の大手製薬会社は、国籍では日本企業でも、収益構造ではすでにグローバル企業である。

以下は、2026年6月時点で各社が公表している最新の通期決算を、売上高順に並べたものである。

会社ごとの差はあるものの、上位10社の多くで海外由来売上が過半を占める。小野薬品工業のように、海外製品売上だけでなく、米国企業から受け取るオプジーボやキイトルーダのロイヤルティが重要な企業もある。

つまり、日本の製薬会社を日本市場だけで理解することはできない。本社は日本でも、売上を生む市場や薬価政策の影響を受ける場所は、すでに世界へ広がっている。

その中でも、特に大きな存在がアメリカだ。

では、なぜ日本の製薬会社は、これほどアメリカ市場に依存しているのか。

背景には、世界医薬品市場の約半分を占める市場規模、高い薬価、そしてFDAが持つ世界的な影響力がある。



アメリカはなぜ製薬市場の中心なのか

世界の医薬品市場において、アメリカは圧倒的な存在だ。

2024年の世界医薬品市場では、アメリカが約48.8%を占め、中国、ドイツ、日本がそれに続く。国別売上で見ると、アメリカは約7,978億ドル、中国は約1,128億ドル、ドイツは約698億ドル、日本は約616億ドルとされている。つまり、アメリカだけで世界市場の約半分を占めている計算になる。

なぜアメリカがここまで圧倒的なのか。理由は大きく二つある。

一つ目は、薬が世界で最も高く売れる市場だということだ。
アメリカでは長らく、政府が一律に薬価を決める仕組みが弱く、製薬企業は比較的高い価格を設定しやすかった。日本や欧州では、政府や公的保険制度が薬価を強くコントロールする。一方、アメリカでは保険会社、PBM、政府制度、企業保険などが複雑に絡み合うものの、結果として新薬の価格水準は世界的に高くなりやすい。

製薬会社にとって、これは非常に大きい。
同じ薬でも、アメリカで高く売れるかどうかによって、グローバル全体の収益性が大きく変わるからだ。

二つ目は、アメリカがルールメイカーでもあるということだ。
FDA(米国食品医薬品局)の承認は、事実上の世界標準として機能している。FDAで承認されれば、その後の欧州や日本での承認戦略にも大きな影響を与える。だから多くの製薬企業は、最初からFDAを最重要の承認機関として見据え、臨床試験や開発計画を組み立てる。

つまり、製薬業界では今もなお、
「まずアメリカ、その後に世界」
という考え方が基本にある。

しかし、この前提は少しずつ揺らぎ始めている。


アメリカの薬価前提は変わり始めている——IRAとMFN

アメリカはこれまで、製薬会社にとって「高く売れる市場」と見られてきた。

しかし近年は、米国政府による薬価引き下げ圧力が強まっている。その代表例が、IRA(インフレ抑制法)と、MFN(最恵国待遇)薬価政策である。

IRAは、メディケアで支出額の大きい一部の薬について、米国政府が製薬企業と価格交渉できるようにした制度だ。

ただし、単なる自由交渉ではない。交渉後の価格であるMFP(Maximum Fair Price:最大公正価格)には、上市後の年数に応じた上限が設けられている。

たとえば、MFPは米国内の平均的なメーカー価格であるnon-FAMPを基準に、上市から9年以上12年未満では75%以下、12年以上16年未満では65%以下、16年以上では40%以下とされる。

つまり、長く売られている薬ほど、低い価格上限がかかる設計である。

対象はすべての薬ではなく、一定期間販売され、メディケアで大きな支出を占める一部の薬に限られる。それでも、アメリカでも政府が薬価に直接関与し、対象製品の収益予測に下方圧力をかける制度が始まった意味は大きい。

もう一つがMFNである。

MFNとは、簡単に言えば、アメリカの薬価を他国の低い価格に近づけようとする考え方だ。

日本や欧州では、公的保険制度や政府の価格交渉によって、薬価がアメリカより低く抑えられることが多い。そのため、アメリカが他国の価格を参照するようになれば、日本を含む海外の薬価が、米国価格にも影響する可能性が出てくる。

日本で低い薬価がつけば、将来の米国価格の参照材料になるかもしれない。そうなれば、グローバル製薬企業は、日本での価格設定や上市の順番に、これまで以上に慎重になる可能性がある。

IRAとMFNは、どちらもアメリカの薬価を抑える圧力だが、性格は異なる。

IRAやMFNによって、アメリカ市場の魅力がすぐに失われるわけではない。アメリカは今も、世界最大で、製薬会社にとって最重要の市場である。

ただし、「アメリカなら高く売れる」という前提に、政策的な制約が入り始めたことは間違いない。

これから製薬会社に問われるのは、単に薬を承認させることではない。

どの国で、どの価格で、どの順番で上市するか。そして、ある国の価格が、別の国の価格交渉にどう影響するか。

アメリカの薬価政策は、もはやアメリカ国内だけの話ではない。世界の薬価戦略、日本の薬価制度、そして製薬企業の投資判断につながるテーマになっている。


日本の立ち位置:世界4位、でも「優先度」が下がっている

日本は今も、世界有数の医薬品市場である。
ただし、その存在感は相対的に低下している。

2024年の国別医薬品市場では、アメリカ、中国、ドイツに続く世界4位。かつては世界2位だったが、薬価抑制、人口動態、円安、成長率の低さなどを背景に順位を下げた。

日本市場の特徴は、PMDAによる独自の承認制度と、国が薬価を決める国民皆保険にある。

患者にとっては、高額な新薬にもアクセスしやすい。一方、製薬企業から見ると、日本は「承認されても価格が下がりやすい市場」である。

かつて問題だったのは、海外承認から日本承認までの遅れであるドラッグ・ラグだった。近年は改善が進んだが、より深刻なのがドラッグ・ロスである。

ドラッグ・ロスとは、海外で承認・発売された薬が、日本では申請すらされない状態を指す。遅れて届くのではなく、そもそも日本に来ない。

PhRMAによると、2014年から2023年末までに米国または欧州で発売された一方、日本では未発売の新薬は245品目にのぼる。欧米で後期開発段階にありながら、日本で開発されていない薬も少なくない。

これは単なる業界用語ではない。

製薬会社に勤める立場からすれば、

「自分たちが扱う薬は、本当に患者に届いているのか」

という問いにつながる。

日本の薬価制度は、患者負担を抑えるために重要である。一方、薬価が低すぎれば、グローバル企業にとって日本で開発・申請する優先順位が下がりかねない。

さらにMFNによって、日本の低い薬価が米国価格の参照材料になれば、企業は日本での価格設定や上市時期に、より慎重になる可能性がある。

日本の薬価は、もはや国内だけの問題ではない。
グローバルな価格戦略の一部になりつつある。


日本における薬価制度改革の動き

ドラッグ・ロスへの危機感が高まる中、日本政府も薬価制度改革を進めている。

2024年度改革では、革新的新薬の評価、外国平均価格調整の見直し、迅速導入に向けた仕組みなどが議論された。狙いは、製薬企業が「日本にも出す価値がある」と判断しやすい市場をつくることにある。

ただし、改革は簡単ではない。

日本の国民皆保険は、患者が高額な薬にもアクセスしやすい一方、医療財政に負担をかける。薬価を高くすれば新薬を呼び込みやすくなるが、医療費は増える。薬価を抑えれば財政負担は軽くなるが、ドラッグ・ロスのリスクが高まる。

新薬へのアクセスと、医療保険財政の持続可能性をどう両立するか。

ここに、日本の薬価政策の難しさがある。

さらにMFNによって、日本の低い薬価が米国価格の参照材料になれば、企業の日本での価格設定や上市判断にも影響しかねない。

日本の薬価制度は、国内の医療費を管理する仕組みであると同時に、グローバルな価格戦略を左右する要素になりつつある。


まとめ:薬の価値は、市場構造の中で決まる

製薬会社の価値は、単に「良い薬を持っているか」だけでは決まらない。

その薬が、どの市場で、どの価格で、どの制度のもとで使われるのか。
そこまで見てはじめて、収益性や成長性が見えてくる。

アメリカは今も最重要市場である。
しかし、IRAやMFNによって、「アメリカでは高く売れる」という前提は少しずつ変わり始めている。

日本も大きな市場でありながら、薬価抑制とドラッグ・ロスという課題を抱えている。
つまり、日本の薬価制度も、国内政策であると同時に、グローバル企業の上市判断に影響する要素になっている。

製薬ニュースを読むときは、売上や臨床試験の結果だけでなく、その背後にある市場構造を見る必要がある。

なぜアメリカが重視されるのか。
なぜ日本で新薬が使えないことがあるのか。
なぜ薬価政策が企業価値に影響するのか。

その答えは、世界医薬品市場の構造の中にある。


あわせて読みたい:米国薬価を、もう一歩深く

この記事では、米国市場がなぜ重要か、そしてIRAやMFNがその前提をどう揺らし始めているかを、世界市場の構造から見た。

「では、米国の薬価は実際どう決まり、誰がそれを払うのか」を一歩踏み込んで知りたい方は、解説シリーズの次の2本へ。

そして、この記事で触れたMFNがその後どうなったかは、次の記事で扱っている。


参考資料

  • IQVIA(2025)“Top 10 Pharmaceutical Markets Worldwide, 2024”

  • IQVIA Institute(2025)“The Global Use of Medicines Outlook Through 2029”

  • CMS(2024)“Medicare Drug Price Negotiation Program: Negotiated Prices for Initial Price Applicability Year 2026”

  • KFF(2026)“Key Facts About Medicare Drug Price Negotiation”

  • Reuters(2026)“Trump announces drug pricing deal with Regeneron”

  • The White House(2026)“Fact Sheet: President Donald J. Trump Announces Deal with Regeneron to Bring Most-Favored-Nation Pricing to American Patients”

  • PhRMA Japan(2025)“Continuous Innovation-Friendly Policy Reforms”

  • 厚生労働省(2024)「令和6年度薬価制度改革の骨子」

  • FDA(2026)“New Drug Therapy Approvals 2025”

  • Morgan Stanley(2026)“Obesity Drugs Are Scaling Fast”

  • EvaluatePharma(2024)“World Preview 2024”


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