第2回 クラシック音楽はなぜ親しみにくいのか(前編)
※本記事は連載で、全体の目次はこちら(第0回)になります。第1回から読む方はこちらです。
クラシック音楽が親しみにくい理由を説明する前に、まずコンテンツとの向き合い方についてのそもそも論の話をしたいと思います。
コンテンツとの向き合い方についてのそもそも論
コンテンツとの向き合い方については、大きく分けて二つあると私は考えています。
一つ目は「自分本位で主観的な向き合い方」です。これは、一言でいうと俺様的な態度でコンテンツに接する向き合い方といえます。この向き合い方では「自分の退屈を紛らわしてくれる面白いものはないか」という態度でコンテンツを探し、自分をどれだけ楽しませてくれるか、自分がどれだけ共感できるかといった主観だけでその良し悪しを判断します。
二つ目は「謙虚で客観的な向き合い方」です。こちらは「自分が楽しめるか共感できるかということとは関係なく、世の中には優れた作品がある」という態度でコンテンツと向き合います。私は、大学生時代に時間があったので、このような向き合い方で、傑作と言われている映画(黒澤明作品、パルム・ドール受賞作など)や世界文学(ドストエフスキー)、過去の音楽遺産(クラシック音楽、ジャズ、プログレ)と接してきました。その結果、クラシック音楽が人生になくてはならないものになったのです。このように「謙虚で客観的な向き合い方」をしていれば自然と、音楽における傑作群の一角を占めるクラシック音楽を一通り聴いてみることになると思うのです。
過去の傑作を理解するには、一筋縄ではいかないことが多々あります。楽しめるようになるまでに集中力や忍耐力を必要とするものもありますし、前提となる知識が必要になるものもあるでしょう。例えばドストエフスキーの文学を理解するにはキリスト教などの知識が必要です。それらを持ち合わせていない状態で「自分本位で主観的な向き合い方」をしている人は、これらが「自分を楽しませてくれない」と感じてしまい、価値観や知見が拡がっていかず、成長できないでしょう。それでは、すぐに飽きてしまうエンタメの刹那的な快楽しか味わえないことになってしまいます。傑作とされているもののうち自分が良さを理解できないものには何か理由があるはずだ、と腰を据えて謙虚な気持ちで理解しようとすることで、「こういう面が評価されているんだ」と学ぶことが多く、それが自身の成長に繋がり自分の世界がどんどん豊かになっていきます。
前置きが長くなりましたが、最近クラシック音楽を聴く人が少ないのは、先ほど紹介した「自分本位で主観的な向き合い方」をしている人が多いことが要因であるような気がしてなりません。なぜなら、自分本位な姿勢でなければ、過去の傑作を一通り理解してみたいと思うのは当然だと思うからです。
ただ、過去の傑作を一通り理解してみたいと思って、クラシック音楽を聴いてみてもいまいちピンとこない、共感できないと感じることがあると思います。そこで、なぜクラシック音楽が退屈でつまらないと思われることが多いのかについて、腰を据えて考えていきましょう。
でも聴いてみてもイマイチ良さがわからない
クラシック音楽が傑作とされていて、世界中の一流の音楽家が取り組んでいるのは知っているものの、聴いてみてもイマイチだという人が多いでしょう。
クラシック音楽が置かれている状況は「裸の王様」のようだと言えるかもしれません。クラシック音楽は「バカにはわからない魅力」を身にまとっており、みんな内心退屈だと思っているにもかかわらず、率直な意見を公言しにくいような状態です。クラシック音楽が好きでコンサートによく行く、CDをよく買うという人が居ようものなら、内心「見栄を張っているな」とか「世間体や評判を気にしているのかな」と思ってしまう背景にはこういった状況があります。
そこで、クラシック音楽が理解しにくい理由を音楽の三大要素(リズム、メロディー、ハーモニー)に声質、歌詞、容姿、パフォーマンス(ダンスなど)の要素も含めたうえで紐解いていきたいと思います。
1.リズムが明確でないことが多い。
ポップスやロック、ジャズでは楽器構成にドラムセットが含まれており、これが明確にリズムを律しています。それに対してクラシック音楽は、このような楽器構成にはなっておらず、ティンパニなどの打楽器が常にリズムを刻んでいるわけでもないので、リズムが掴みにくくノリにくいと思います。
2.メロディーも追いかけにくいことがある。
ポップスなどとは異なり、クラシック音楽は一つのメロディーを様々な楽器が引き継いでいったりするので追いかけにくい、そもそも複数のメロディーが同時進行していたりするので、複雑で共感しにくいということがあります。
3.そもそもメロディーが口ずさめないものが多い。
ピアノやヴァイオリンの超絶技巧のフレーズを口ずさめないのは、言うまでもありませんが、普通のフレーズでも口ずさめないものが結構あります。例えば、ブルックナーの交響曲ではメロディーが3オクターヴも跳躍することがありますので、人の声では再現不可能です。また、従来の調性感からすると調子外れに聴こえるメロディーが含まれていることもよくあります(ショスタコーヴィチに多い印象がありますが、聴き慣れると珍味のように楽しめるようになります)。
4.共感しやすい歌詞があまりない。
ポップスなどでは歌詞が重要な要素で、その時代の市井の人たちの心象をうまく言い表したものが人気を集めています。それに対してクラシック音楽は、歌詞がない器楽曲(インストゥルメンタル)がほとんどで、歌詞があっても神がどうとか人類愛がどうとかアナクロ(時代錯誤)なことを言っていることが多いので、感情移入しにくいでしょう。
5.基本的に声質の個性や容姿、パフォーマンスを楽しむものでもない。
ポップスなどでは、歌い手の声質の個性や容姿、衣装、パフォーマンスも重要な要素で、これらの総合的な魅力で勝負しています。一方、クラシック音楽の歌は張り上げたような裏声(ベルカント)で歌うものがほとんどです。この歌い方だと地声を使うポップスと比べて、歌い手の声質の個性がかなり薄まってしまいます(もちろんマリア・カラスのように声を聴いただけで誰かわかるような個性的な歌声を持った人もいますが)。また、容姿についてもクラシック音楽界は基本、実力主義ですし、容姿端麗な人が魅力的な衣装を着てダンスパフォーマンスをしてくれることもありません(バレエではあるかもしれませんが)。そのため、集客力という点でどうしてもクラシック音楽は不利になります。
これらの中でも、リズムとメロディーが掴みにくいというのが、クラシック音楽が敬遠される要因として大きいと思っています。これについて、お答えするとクラシック音楽は音楽の三大要素のうち、ハーモニーに重点を置いているという事情があります。クラシック音楽は基本的に合奏(アンサンブル)のハーモニーを楽しむものなので、聴衆はレストランで美味しい料理を味わうようにハーモニーを味わっています。音色の混ざり合いの妙味(音のマリアージュ)を堪能しているので、みんな最後の余韻がなくなるまでおとなしく静かに聴いているのです。そもそも世界の二大オーケストラとされているベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「フィルハーモニー」とは「ハーモニーを愛する」という意味の言葉です。
一方で、ポップスやロックはどちらかというとメロディーやリズムに重点を置く音楽なので、聴衆も立ち上がって盛り上がったり、掛け声をかけたり、踊ったり?(ヲタ芸)と、ハーモニーの観点では好ましくない応援の仕方をします。ちょうどスポーツ観戦で応援するような感じです。このような音楽の聴き方に慣れているとクラシック音楽を聴いている聴衆は眠たそうにしているとか、退屈そうにしていると思ってしまうかもしれません。実際にクラシック音楽を聴いてみてもハーモニーを楽しむのに慣れていないので、眠くなってしまいます。ですが、ハーモニーを楽しめるようになり、リズム、メロディー、歌詞、声質の個性、パフォーマンス偏重の聴き方を改めれば退屈ではなくなると考えています。つまり、クラシック音楽を楽しむには、普段の音楽の聴き方を切り替える必要があるのです。
