【イベントのお知らせ】「日常と政治参加/労働と社会参画」(自由座談会)@共同書庫2026/06/21
くらしをひとつの領土と見て、そのへりにあたる部分を、いくらか専門化した芸術、学問、政治と見る。そう見る時に、くらしの中に芸術、学問、政治がとりこんであるというだけでなく、くらしとも見え芸術とも見えるへりの部分が、「限界芸術」としてあり、くらしとも見え学問とも見える学問が「限界学問」としてあり、くらしとも見え政治とも見える部分が「限界政治」としてある。
来る6/21(日)14:00-17:30に、
共同書庫連続企画「日常から考える」の一企画として
自由座談会「日常と政治参加/労働と社会参画」を開催します。
現在参加者を募集しています。ぜひ参加をご検討ください。
【連続企画について】(お申込みもこちらのリンク内から可能です)
本イベント概要
本イベントは、
日常生活を送ることと政治に参加することがどう繋がっているのか/いないのか、そしてまた、多くの大人にとって一日の時間の大半を占める(家事労働なども含む)労働と、社会参画がどう繋がっているのか/いないのか
その場に集まった皆で話し合う座談会です。
ゲストの先生方お二人と参加者(定員7名)が一つの机を囲んで、自由に意見を交わします。なにか「正解」などを設けるわけではなく、参加者が日々生活ないし労働するなかで考えていること・悩んでいることについて、会場の皆で3時間ほど話し合い、考える会です。
専門家の先生方による「講義」ではなく、専門家と一般の方が同じ机を囲む「座談会」であることが特徴です。先生方には、一方では議論を整理し深めたるための理論を適宜提示していただきながら、また一方では「ふつうの人」として発言していただきます。
今日、多くの人にとって政治があいかわらず日常から縁遠いものと感じられています。また一方では、日常が「政治的なもの」に覆われている時代ともいえるような面もあり、この関係は難しさを孕んでいます。例えば「遠い国の戦争」や環境問題を前にしたときしばしば語られる、「私たちの何気ない日常がそうした暴力に加担している」といった言葉、あるいは、「政治のエンタメ化」を謳った政治家の躍進や、それに対するポピュリズムだという批判…。ただ、そういったことについてSNSでは日々激しい「論争」が繰り広げられますが、しかし、この複雑な関係や戸惑いを、普通の言葉で喋る場は、決して多くありません。そしてまた多くの人は、日々政治のことばかりを考えているわけではないはずです。職業人として、あるいは組織人として、日々の労働や仕事に多くの時間を割いて、生活を送っています。であるにもかかわらず、政治や社会に関することは、そうした時間とは別のこととして語られることが今なお多い。本企画では、政治参加と労働を別々の問題としてではなく、「社会との関わりを私たちはどのように引き受けているのか」という一つの問いの両側面として考えてみたいと思います。
政治に関心を持っている人はもちろんですが、むしろ政治参加について関心を持ちつつも政治と日常生活との距離に困難や無気力感、戸惑いを感じている人、また、日々の労働の「社会的意義」について疑問や葛藤を持っている社会人や新社会人、就活生、フリーランスの方などに参加していただきたいです。皆で考えていけたらと思います。

ゲストについて
日常/労働と政治/社会はいかに繋がっているのか繋がっていないのか──。
座談会のゲストにはお二人、いずれもこのテーマを考えるのにぴったり先生をお呼びしました。
佐野亘先生(京都大学:専門は政治学、公共政策学)
政治学や公共政策を大学で教えています。政治や政策について、単に理想を語るでもなく、かといって現実を説明するだけでもなく、「そもそもどう考えたらいいのかな」という問いを、できるだけたくさん生み出せるように、と日々思っています。答えのない問いについて、いろんなひとといっしょに考えたいです。

佐野先生とは、企画者も以前、共同書庫の企画で一度お話させていただきましたが、専門性の高いことを普段使いの言葉で話されるその柔らかな語り口がとても魅力的でした。専門家として「教える」というような感じではなく、同じ目線で話しながら、なお導いてくださる印象がありました。加えて印象的だったのは、その専門やご興味がひとつには、「どうしたら市民がボトムアップで政治に参加し行政とも連携しながら政策決定に参加できるか」という問いにあるにもかかわらず、「市民が政治に参加することは良いことだ」と最初から決めつけていない姿勢でした。むしろ、先生の語り口は、多くの人々が政治に関心を持たないことは当たり前のことだということを受け止めたうえで、政治になお人々が参加するとはどういうことで、そのために何ができるかを考えていらっしゃるように思えました
阿部真大先生(甲南大学:専門は労働社会学)
1976年、岐阜市の生まれです。専門は社会学で、なかでも、労働社会学を中心に研究してきました。資本主義社会のもとでの「働くこと」と、私たちの暮らしや社会とのつながりを、ずっと考え続けています。当日は、一人の労働者、生活者として、日々、感じるモヤモヤを持ちながら、皆さんとお話しできたらと思っています。

阿部先生は、「やりがい搾取」という言葉のもととなる概念を提唱した先生で、労働する一個人と社会全体の構造のかかわりについて考えてこられました。本連続企画の別企画の読書会で扱う『「会社」のなかの仕事「社会」のなかの仕事』をはじめ、親しみやすく、多くの人の生活実感に応えるような著作を多数書かれています。
先生自身、大学卒業後に一度バイク便ライダーとして働き、そこで得た感触をもとにしながら研究や執筆をつづけられており、生活実感と学問の理論を往復するような書き口が、その著作の魅力です。
政治学と労働社会学、この二人の先生を交えて、日常と政治の間にある亀裂や虚無感、労働と社会参加の間にある困難や葛藤に迫れたらと思います。お二人の専門が異なるからこそ、一つの答えに収束するのではなく、多角的な視点から考えることができると考えています。
この座談会で考えたいこと
座談会で話す内容については、当日の参加者の関心に合わせて自由度高く設定したいと思っています。
大きな問いとしては
①日常生活と政治参加はどのように連続しまた断絶しているのか
②私たちの日常の多くを占める仕事と、社会参加(社会貢献)はどのような関係にあるのか
という2つがあります。
私たちは政治に参加するときには「一人の市民」として扱われることが多い一方で、現実には組織の一員として働きながら多くの人が生きています。この二つの立場のあいだには緊張関係があり、現代を生きる多くの人がこの構造的な亀裂を一人一人のうちに抱えているのではないでしょうか。この亀裂について見つめる、というのが大きなテーマです。
これを中心として、以下、参考程度に想定されるトーク内容を書きます。
・「選挙に行く」こと以外の政治参加のかたちについて
・多くの人が政治に参加することはいいことか? ポピュリズムは(どこが)問題なのか?
・政治に参加することについて無力感(ニヒリズム)に陥った時に…。
・日々働くことは、社会貢献につながっているか? 社会貢献とは何か?
・職業人(雇い主)の社会参画と組織人(雇われ人)の社会参画の違い
・「労働」と「仕事」の違いは何か?
・そもそも政治や社会に関心をもたなければならないのか?
・そもそも「政治」と「社会」の違いはなにか?
・「自己実現」と「社会貢献」の罠? そして「やりがい搾取」について
などなど。
ざっと書いてみましたが、これ以外にも自由に話せれば嬉しく思います。
参加者のみなさんにとって
知り合いとお誘いあわせのうえの参加も歓迎です。
皆さんのご参加をお待ちしています。
*本企画についてライブ配信やアーカイブの配布はございません。
*当日交わされた内容について、個人が特定される情報を伏せたかたちで活字化し発表する可能性があります。申し込みの際にはご確認ください。
