米国とイラン、全面戦争へにじり寄る:ホルムズ海峡をめぐる報復の連鎖と世界経済への衝撃
2026年の夏、世界のエネルギー物流の急所であるホルムズ海峡で、米国とイランが再び激しく撃ち合っています。6月にいったんは暫定停戦の覚書が結ばれ、原油価格も落ち着きを取り戻しかけていました。ところが7月に入ると商船への攻撃が再燃し、合意はあっけなく崩れ去りました。米軍はイラン内陸部の橋や港湾まで標的を広げ、イランはクウェートやカタール、オマーンといった湾岸諸国へ報復の手を伸ばしています。どちらの側にも大きな戦争を避ける理由があるにもかかわらず、双方が主導権を握ろうと押し合いを続けるうちに、当事者が望まない「総力戦」へと引き寄せられつつあるのです。本稿では、米ウォール・ストリート・ジャーナルが2026年7月17日に報じた最新の戦況を軸に、そもそも何が争点なのか、なぜ止まらないのか、そして日本を含む世界経済にどのような衝撃が及ぶのかを、できるだけ具体的な数字とともに読み解いていきます。

1. いま何が起きているのか:7日連続の空爆と「制御不能」の警告
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、米国とイランの戦闘はこの数週間で明確に拡大しました。米軍はより広い範囲の標的を叩き、欧州から中東へ戦闘機を移動させ、イランはペルシャ湾一帯で攻撃を仕掛けています。戦闘の焦点はホルムズ海峡の支配権にありますが、今回の応酬は、より大規模な戦争への逆戻りリスクを高めています。
米軍は、イランの内陸部にある橋やそのほかの標的まで攻撃対象を広げ、湾岸の海運への攻撃をやめさせるために、イラン全体への圧力を強めています。きっかけは、海峡の航行を再開させるための合意が前週に崩れ去ったことでした。これに対してイランは、より広範で、より死者を伴う攻撃で応じています。
記事が伝える現局面で目を引くのは、米中央軍(CENTCOM)が発表した「7日連続の空爆」という事実です。これは6月に暫定合意が署名されて以降、最大のエスカレーションだとされます。米中央軍は金曜午後(米東部時間)に、新たな空爆は「イランの軍事能力を低下させ続けることを狙ったものだ」と説明しました。
こうした状況を、イランの治安機構を専門とし、テネシー大学チャタヌーガ校で教えるサイード・ゴルカー氏は、次のように警告しています。「このエスカレーションは急速に激化し、制御不能になりつつある」。そして「どちらの側も望んでいなくても、われわれは総力戦に逆戻りするリスクがある」と続けました。当事者の意思とは別に、力学そのものが戦争を大きくしていく危うさを、専門家の言葉が端的に言い表しています。
大規模な紛争への逆戻りは、原油価格を押し上げます。原油価格はすでにこの一週間で10%以上も上昇しており、世界経済に重くのしかかります。これはトランプ大統領自身が繰り返し懸念を示してきたリスクでもあります。同時に、イランは莫大な再建の課題を抱え、政府に強い不満を持つ国民を抱えています。つまり、双方に大きな衝突を避けたい事情があるのです。それでも、それぞれが少しでも優位に立とうと押し合うことで、制御を失ったエスカレーションの連鎖への恐れが強まっている、というのがゴルカー氏の見立てでした。
2. 発端はホルムズ海峡:崩れ去った「イスラマバード覚書」
今回の再燃を理解するには、6月にさかのぼる必要があります。
2026年2月末に始まった米・イスラエルによるイランへの攻撃は、いったん6月中旬の暫定停戦の覚書へと収束していきました。この覚書は署名地の名を取って「イスラマバード覚書」と呼ばれ、報道によれば60日間の暫定合意という性格を持っていました。中身の柱は大きく分けて二つあります。一つはホルムズ海峡における商業航行の安全確保、もう一つはイラン産原油に対する米制裁の一部緩和です。核査察や凍結資産といったより難しい問題は、この60日の間に協議していく枠組みとされました。恒久的な解決ではなく、あくまで時間を稼ぐための取り決めだったと説明されています。
ウォール・ストリート・ジャーナルは、海峡はトランプ大統領が1カ月前にイランと署名した覚書のもとで開かれるはずだった、と記しています。ところが、この合意は、オマーン沿岸の海峡を通る通航を米国が護衛しようとする取り組みを止めさせようとする、イランの新たな海運攻撃のなかで崩れました。
崩壊の経緯を時系列で追うと、緊張の再燃がいかに急だったかがわかります。6月後半には戦闘終結と和平交渉の進展を受けて海峡の通航が回復し、湾岸からの輸出は戦前の約75%の水準まで戻りつつありました。原油価格も大きく下落し、6月のブレント原油は平均で1バレルあたり約84ドルと、前月から約20ドルも下がっていました。市場は「停戦と供給回復」を明確に織り込んでいたのです。
しかし6月末には早くも貨物船への攻撃が再発し、米軍が報復としてイランの軍事施設を空爆する応酬が起きました。決定的だったのは7月上旬です。イランがホルムズ海峡で複数の商船を攻撃したと報じられ、そのなかにはカタールのLNG船やサウジの原油タンカーも含まれていたとされます。米中央軍はこれを停戦合意への明確かつ危険な違反だと非難し、イラン国内の軍事目標を大規模に攻撃しました。トランプ大統領は「イランとの覚書は終わった」「時間の無駄だ」と発言し、6月に一時解除していたイラン産原油への制裁免除を撤回しました。
こうして、覚書の中核だった「航行の安全」と「制裁緩和」という二つの柱が同時に崩れ、暫定和平は事実上、機能を停止しました。ウォール・ストリート・ジャーナルが伝える「7日連続の空爆」は、この合意崩壊の後に始まった、最大のエスカレーション局面なのです。
この崩壊の速さは、そもそも覚書がどれほど脆い基盤の上に立っていたかを物語っています。60日間という期限つきの暫定合意は、根本的な対立点を先送りにしたまま、戦闘の一時停止と経済的なメリットだけを先に交換する仕組みでした。海峡の管理権をどちらが握るのか、核問題をどう扱うのか、制裁をどこまで解除するのか。こうした本丸の争点は何一つ決着していませんでした。そこへ、たった数隻の商船攻撃という一つの引き金が加わっただけで、双方が相手を「違反者」と認定し、合意全体が瓦解しました。互いへの不信が根深いまま、成果だけを急いで積み上げた合意は、小さな衝撃で崩れやすい。今回の経緯は、その典型例だと言えます。

3. 争点は「北ルート」:海峡の管理権をめぐる対立の本質
では、双方は具体的に何をめぐって撃ち合っているのでしょうか。表面的にはホルムズ海峡の支配権ですが、その核心は「どのルートで船を通すか」という一点に凝縮されています。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、イランはこの合意が、海峡を通る通航を自国が管理する権利を与えるものだと考えており、船舶にはイラン沿岸沿いの北側ルートを通ってほしいと考えています。一方の米国は、オマーン沿岸側を通る通航を護衛しようとしていました。つまり、船をイラン側の海域に通すのか、それともオマーン側に通すのか、という航路の主導権こそが、今回の対立の実質的な火種なのです。
海峡の管理権を握ることは、イランにとって単なる面子の問題ではありません。誰の海域を、どのような条件で船が通るのかを決められれば、それは有事における交渉カードになり、平時においても影響力の源泉になります。逆に米国にとっては、自国が主導する護送体制のもとで航行の自由を確保できるかどうかが、湾岸におけるプレゼンスと同盟国への信頼に直結します。だからこそ、双方とも簡単には譲れないのです。
米政府高官は今週初め、トランプ大統領が外交の膠着を打開するために米軍の作戦拡大に傾いていると述べていました。実際に米国は、飛行追跡データや事情に詳しい関係者によれば、欧州から中東へ戦闘機を戻していました。外交で動かないなら軍事的な圧力で相手の姿勢を変える、という判断が、今回の攻撃拡大の背景にあります。
この「北ルートか、オマーン側か」という航路の対立は、一見すると技術的で細かな話に見えます。しかし、その裏には主権と力の問題が横たわっています。国際法上、ホルムズ海峡はイランとオマーンの領海にまたがり、船舶には「通過通航権」が認められています。イランが自国沿岸の北ルートを通れと主張することは、事実上、海峡の通航を自国の管理下に置こうとする動きです。もし平時にこれが既成事実化すれば、有事にはその管理権が強力な圧力手段に転じます。米国が護送によってオマーン側ルートの安全を担保しようとするのは、この管理権をイランに独占させないためでもあります。船一隻がどちらの海域を通るかという問いは、湾岸の力の均衡そのものを左右する問いなのです。だからこそ、双方はわずかな譲歩も戦略的な後退とみなし、簡単には引けません。
4. 米国の攻撃はどこを叩いているのか:橋、港湾、そしてチャーバハール
米国の攻撃対象は、この局面で明確に広がりました。
まず象徴的なのが橋への攻撃です。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、最近の標的には、ホルムズ海峡に面した港湾・海軍基地であるバンダルアッバスへの補給路を断つための、複数の橋が含まれていました。バンダルアッバスは通常、イランのコンテナ取扱量の90%を処理する主要港です。米政府高官の話として、イランはこの施設を船舶攻撃にも使っているとされます。木曜夜の米軍による空爆では、バンダルアッバス周辺で橋への攻撃が複数報告され、港湾都市と近隣州を結ぶ幹線道路が閉鎖されたと、イラン国営放送IRIBが伝えました。補給と物流の結節点を叩くことで、港の機能そのものを削ごうという意図が読み取れます。
攻撃は沿岸部にとどまりません。イラン国営メディアと米国防当局者によれば、米国は海岸沿いだけでなく、国内全域で標的を攻撃してきました。その標的には、イランが商船攻撃に使ってきた兵器や監視システムが含まれ、具体的には小型ボート、沿岸レーダーサイト、防空システム、ミサイルやドローンの貯蔵施設などが挙げられています。海運を攻撃する能力そのものを、上流から断とうとしているわけです。
なかでも注目されるのが、イラン唯一の外洋・深水港であるチャーバハールへの度重なる攻撃です。ピート・ヘグセス国防長官は、チャーバハールにある海上通信塔が崩れ落ちる写真を投稿しました。この塔は海峡から東へ350マイル以上離れた、パキスタン国境近くに位置します。イラン当局はこの施設が攻撃されたことを認めたうえで、漁民の海上での捜索救助といった民生目的に使われていたと主張しました。もっとも、ペルシャ湾で勤務経験のある元英海軍士官のクリス・ロング氏は、この塔は観測や情報収集の拠点としても機能しうると指摘しています。民生か軍事かをめぐる主張の食い違いは、こうした紛争でしばしば見られる構図です。
こうした攻撃と並行して、米国は海上での実力行使も強めています。太平洋で活動していた第11海兵遠征部隊の2000人を超える海兵隊員が、この地域で作戦にあたっています。米軍は、海兵隊員がオマーン湾で商船に乗り込み臨検する写真を公開し、イランの港湾に対する封鎖の履行を強化していると示しました。攻撃だけでなく、海上輸送の物理的な管理にまで踏み込んでいることがわかります。
トランプ大統領は木曜夜のプライムタイム演説で、「われわれは同様にイランでも大きく勝っており、その労苦の果実をごく近いうちに目にするだろう」と述べ、攻撃継続を正当化しました。
ここで見落としてはならないのは、米国の攻撃が「軍事目標だけを狙っている」という説明と、現実に生じている影響との間にある溝です。バンダルアッバスはイランのコンテナ取扱量の9割を処理する経済の大動脈であり、そこへの補給路である橋を落とせば、軍事的な効果と同時に、民間の物流と市民生活にも打撃が及びます。チャーバハールの通信塔をめぐる「民生か軍事か」の主張の食い違いも、同じ構図です。イランがこれらの施設を船舶攻撃に使っているという米側の説明が正しいとしても、港湾や通信インフラは本来、経済活動と一体のものです。標的が軍事と民生の境界線上にあるほど、攻撃はイラン国内世論を硬化させ、報復の口実を与えやすくなります。米国が内陸部やインフラへと標的を広げるほど、短期的な軍事的優位と引き換えに、エスカレーションの燃料を投下している側面がある、ということです。

5. イランの反撃:クウェート、カタール、オマーンへ広がる戦火
一方のイランも、ただ攻撃を受けているわけではありません。むしろ、報復の地理的な範囲を意図的に広げています。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、この戦争を通じたテヘランの戦略は、米国を「上回るエスカレーションで疲弊させ、持ちこたえる(out-escalate and outlast)」ことでした。イランは今、米国の攻撃激化に応じて、自らの攻撃の地理的な広がりを拡大していると述べています。相手より一段上の激しさで応じ、時間を味方につけて耐え抜く。この「上回って、生き延びる」という発想が、イラン側の行動原理を貫いています。
具体的には、バーレーンやクウェートにある米軍基地への日常的な攻撃を、近年は超えて拡大させています。金曜日、クウェートはイランの攻撃が発電・淡水化施設に損害を与えたと発表しました。真夏の盛りにおける発電と淡水の供給への打撃は、とりわけ挑発的なエスカレーションであり、同国は緊急対応計画を発動せざるをえませんでした。クウェート軍によれば、木曜早朝以降、32件のドローン攻撃を迎撃したとしています。
さらにイランは、外交的な解決策を探る動きに関与してきたカタールとオマーンへの攻撃も始め、海運への攻撃も強めました。仲介役になりうる国々にまで攻撃を向けることは、外交の窓口そのものを狭める危うい動きです。
戦火はイラクにも波及しています。木曜日、イラク当局者によれば、ドローンが南部の港でタンカーとコンテナ船を狙い、イラク北部のクルド地域も標的になりました。同地域で最大の天然ガス田は、攻撃されるとの信頼できる脅威を受けて操業を停止しました。イラクのクルド当局によれば、金曜日には地域の中心都市エルビル上空でさらに複数のドローンが迎撃されたとしています。イラクでの攻撃については誰も犯行を認めていませんが、イランとその現地の同盟勢力は、これまで同地で頻繁にドローンを発射してきました。
海峡周辺の海運も直接の標的になり続けています。金曜日には、英王立海軍と連携する英海事貿易機関(UKMTO)によれば、ホルムズ海峡付近で別の船舶が正体不明の飛翔体による攻撃を受けました。
イランが仲介役の国々にまで攻撃を広げていることには、二つの意味を読み取ることができます。一つは、圧力を最大化する狙いです。カタールやオマーンは、米国とイランの間を取り持とうとしてきました。その両国を攻撃することは、「仲介しても安全は保証されない」というメッセージを突きつけ、湾岸諸国全体に動揺を広げます。もう一つは、リスクの分散です。攻撃対象を一点に集中させず、バーレーン、クウェート、カタール、オマーン、そしてイラクへと薄く広く展開することで、米国の防空・迎撃能力を各地に分散させ、疲弊させる効果を狙っています。これはまさに、テヘランが掲げる「相手を上回るエスカレーションで疲弊させ、持ちこたえる」という戦略の実践です。ただし、この戦略には大きな代償が伴います。仲介役を攻撃すれば外交の窓口はさらに狭まり、湾岸諸国の反発を招けば、イランは地域でますます孤立します。短期的な圧力と引き換えに、長期的な出口を自ら塞いでいるとも言えるのです。

6. ホルムズ海峡という急所:世界供給2割の意味
ここで、なぜこの海峡がこれほどまでに重大なのかを、あらためて数字で確認しておきましょう。攻撃の応酬の意味は、ホルムズ海峡が世界のエネルギーにとって占める位置を知って初めて、正確に理解できます。
ホルムズ海峡は、世界の石油(原油と石油製品の合計)の約20%、世界の海上石油貿易の4分の1を超える量、そして世界のLNG(液化天然ガス)貿易の約20%が集中する、他に類を見ないエネルギーの隘路(あいろ)です。2024年時点で、この海峡を通過する石油はおおむね日量2000万バレル前後にのぼりました。これは世界の石油消費のおよそ5分の1に相当します。海上石油貿易に対する割合で見れば、2022年には27.9%、2023年に27.2%、2024年に26.0%と、一貫して4分の1を超える水準で推移してきました。
通過する石油の出所は、湾岸の産油国です。イラン、イラク、クウェート、カタール、バーレーン、サウジアラビア、そしてアラブ首長国連邦(UAE)。このうちイラク、クウェート、カタール、バーレーンは、海上輸出の実質的な唯一の出口がホルムズ海峡であり、迂回できる代替ルートをほとんど持ちません。サウジアラビアとUAEには紅海やオマーン湾側へのパイプラインがありますが、その輸送能力は限られており、海峡を完全に代替できる規模ではないとされています。
そして、このフローの最大の当事者はアジアです。中国、インド、日本、韓国というわずか4カ国だけで、ホルムズ海峡を通ってアジアへ向かう原油とコンデンセートの約69%を占めています。世界全体で見ればホルムズ依存の石油は約2割にすぎませんが、その8割以上がアジア向けであり、この海峡が「アジアのエネルギー安全保障のアキレス腱」と呼ばれるのはこのためです。
日本の依存度はとりわけ高くなっています。日本の原油輸入は9割超が中東由来で、そのうち約74%(2023年実績)がホルムズ海峡を経由しています。統計の取り方によっては、日本の原油の約90%がホルムズ海峡経由とするデータもあります。いずれにせよ、日本の石油消費は「ほぼホルムズ頼み」と言える水準にあり、多くの専門家が日本を世界で最も脆弱な国の一つに数えています。LNGについてはやや分散が進んでいるものの、石油に関しては、この一本の海峡が日本経済の生命線を握っているのです。
2026年の紛争下では、この生命線が実際に細りました。2026年第1四半期には、ホルムズ海峡の石油フローは前年同期の日量約2040万バレルから約1460万バレルへと、およそ30%も減少しました。ゴールドマン・サックスなどの分析では、紛争が収まったあとも通過量は戦前水準の約7割までしか回復しない可能性が指摘されています。湾岸諸国がパイプラインなどの迂回ルートを最大限に活用しても、海峡そのものが持つ構造的なボトルネックは解消されないのです。
なぜ迂回が難しいのかも、押さえておく価値があります。サウジアラビアには紅海側へ抜ける東西パイプラインがあり、UAEにはオマーン湾のフジャイラへ向かうパイプラインがあります。しかし、これらの合計輸送能力は日量数百万バレル規模にとどまり、海峡を通る2000万バレル前後を吸収するにはまったく足りません。しかもイラク、クウェート、カタール、バーレーンには、そもそも実効的な迂回路が存在しません。つまり、ホルムズ海峡は「代わりの道がない一本橋」に近い存在であり、ここが細れば、湾岸産油国の多くは輸出の出口そのものを失うのです。産油国が地下にいくら石油を持っていても、運び出せなければ市場には届きません。埋蔵量や生産能力の話と、実際に世界へ供給できる量の話は、この海峡によって切り離されてしまうのです。
7. 2019年のタンカー危機と何が違うのか
ホルムズ海峡の緊張は、今回が初めてではありません。記憶に新しいのは2019年前後の「ホルムズ海峡危機」です。当時も、イラン情勢の緊張のなかで、日本の船社が運航するタンカーを含む複数のタンカーへの攻撃、英籍タンカーの拿捕、米・イラン間の対立激化が相次ぎました。しかし、2019年と2026年とでは、危機の質が大きく異なります。
2019年の危機は、主にタンカーへの攻撃や拿捕、機雷やドローンによる限定的で示威的な行動が中心でした。輸送量そのものは大きくは落ち込まず、主な影響は保険料の上昇と価格の短期的な急騰にとどまりました。「封鎖できるぞ」という可能性を見せつける局地的な危機だった、と整理できます。実際、完全な封鎖には至らず、日本や韓国は在庫と他ルートで乗り切ることができました。
これに対して2026年の危機は、規模も持続性も次元が違います。米・イスラエルによるイランへの大規模攻撃と、それに対するイランの報復、そして事実上の通航阻止に近い状態が重なり、通過量が実際に30%も減少しました。EIA(米エネルギー情報局)やIEA(国際エネルギー機関)、各種レポートは、今回の事実上の閉塞を、世界の石油・LNG供給の約2割を一時的に寸断するものとして、1970年代以降で最大級のエネルギーショックに位置づけています。
アジアへの影響も対照的です。2019年はコスト増こそあれ、物理的な供給途絶は限定的でした。しかし2026年には、ホルムズ依存度の高い日本、韓国、中国、インドなどで、燃料価格と電力コストの急騰、在庫管理の逼迫、さらには肥料や化学品まで含む広範な供給不安が現実の問題として立ち上がっています。ホルムズ海峡を通るのは石油とLNGだけではありません。世界の肥料関連輸送の約3分の1、LPG、石油化学品、硫黄なども多くがここを経由しており、影響はエネルギー以外の産業にまで波及するのです。
要するに、2019年危機が「封鎖の可能性を見せつけた局地的・示威的危機」だったのに対し、2026年危機は「実際に世界供給の2割が寸断され、通過量が3割減った構造的ショック」だという違いがあります。今起きているのは、過去の危機とは比較にならない規模の出来事なのです。
この違いは、市場の反応の仕方にも表れます。2019年のように示威的な攻撃が中心であれば、市場は「一時的な混乱」と見なし、価格の上昇も比較的短期で収まりやすくなります。しかし2026年のように、実際に通過量が3割も減り、しかもその状態が数カ月にわたって続くとなれば、話は別です。供給の減少が一時的なものではなく構造化するという見通しが広がれば、原油価格には持続的な上昇圧力がかかります。過去の危機を「今回もいずれ収まる」という前例として安易に当てはめると、事態の深刻さを見誤りかねません。危機の「質」が変わったことを、まず正しく認識する必要があります。

8. 経済への衝撃:原油価格の乱高下と日本への影響
こうした地政学的な緊張は、原油価格を通じて世界経済に直結します。
2026年の原油相場は、6月と7月で大きく表情を変えました。6月には停戦合意と供給回復への期待から、ブレント原油が平均で約84ドル、WTIが約82ドルと、それぞれ前月から約20ドルも下落しました。中東情勢の緊張緩和と供給不足懸念の後退が、価格を押し下げていたのです。ところが7月に入ると、商船攻撃の再発と合意崩壊を受けて、相場は再び急騰と乱高下を繰り返す局面に転じました。ある市場レポートは、ホルムズ海峡をめぐる対立により、原油がわずか2営業日で約12%上昇したと指摘しています。ウォール・ストリート・ジャーナルが「この一週間で10%以上上昇した」と伝えた原油価格の動きは、この不安定さを反映したものです。
もっとも、価格の見通しについては市場の見方が割れています。一方には、供給リスクを重視し、ホルムズ海峡がさらに閉塞すれば短期的に10%を超える急騰も十分あり得るとする警戒論があります。過去のサウジアラムコ施設攻撃やロシアによるウクライナ侵攻初期の事例に照らせば、有事プレミアムとして5%から15%程度が上乗せされうる、との試算もあります。他方で、IMFは7月の世界経済見通しで、2026年の原油スポット価格は平均で1バレルあたり78ドル程度になるとし、ホルムズ海峡を通る原油の減少分の一部は在庫の取り崩しで相殺されているため、価格上昇は比較的抑制されていると分析しました。モルガン・スタンレーやシティグループのように、供給過剰リスクや需要減速を重視し、むしろ価格予想を下方修正する見方も根強く残っています。
供給リスクと需要減速という二つの力が綱引きをするなかで、平均価格は70ドルから80ドル台に抑えられうるという見方と、海峡の閉塞次第で一気に跳ね上がるという警戒とが、同居しているのが現状です。OPEC自身も、中東が引き続き最大の供給地域であることを前提に、ホルムズ海峡をめぐる混乱が市場にとって最大のリスクだと明記しています。
価格そのものだけでなく、目に見えにくいコストが積み上がっている点にも注意が必要です。海峡での攻撃が続けば、この海域を通る船舶にかかる戦争保険料が跳ね上がります。保険料の上昇は、原油の店頭価格には現れなくても、運賃を通じて実質的な調達コストを押し上げます。さらに、危険を避けて迂回路を選ぶ船が増えれば、輸送距離が延び、時間もコストも余分にかかります。船会社がそもそも海峡への配船を控えれば、供給できる船腹そのものが細ります。原油の「価格」という一つの数字の背後で、こうした物流の摩擦が静かに増えていく。有事のコストは、価格表には載らないところにも潜んでいるのです。
実際の通航データも、緊張の深刻さを裏づけています。船舶追跡会社のKplerによれば、ホルムズ海峡を通る通航は3週間ぶりの低水準まで落ち込みました。しかも、そのうち半分はイラン船籍であり、通航の大半はイラン側のルートを通ったとされます。米国が護衛しようとしたオマーン側ルートではなく、イランが求める北側ルートに通航が偏っているという事実は、海峡の主導権をめぐる争いが、現実の物流の上でもイラン側にいくらか傾いている可能性を示唆します。
日本にとって、この事態は他人事ではありません。原油輸入の大半をホルムズ海峡に依存する以上、通航量の減少と価格の急騰は、そのまま燃料費や電力コストの上昇として跳ね返ってきます。円安が続く局面では、ドル建ての原油価格上昇の打撃はいっそう重くなります。仮に原油価格がドル建てで上がらなくても、為替が円安に振れれば、円建ての輸入コストは膨らみます。価格と為替の二重の圧力がかかりうる点に、日本特有の脆さがあります。
具体的な波及経路をたどると、原油価格の上昇はまずガソリンや灯油といった燃料価格に表れ、次いで電力・ガス料金に反映されます。電力の一部を石油やLNG火力に頼る日本では、発電コストの上昇が電気料金を押し上げ、それが製造業のコストに乗り、最終的にあらゆる製品・サービスの価格へと転嫁されていきます。物流費の上昇も同時に効いてきます。つまり、ホルムズ海峡の一発の攻撃は、時間差を伴いながら、企業の調達コスト、家計の光熱費、そして物価全体へと静かに、しかし確実に染み込んでいくのです。エネルギーを海外に依存する国にとって、遠い海峡の緊張は、決して遠い出来事ではありません。
9. 出口はあるのか:双方の「引けない事情」と今後のシナリオ
ここまで見てきたように、米国とイランには、実は大きな戦争を避けたい事情が双方にあります。
米国にとって、原油価格の高騰は世界経済への打撃であり、トランプ大統領が繰り返し懸念を表明してきたリスクです。物価とエネルギーコストの上昇は、国内政治にも跳ね返ります。イランにとっても、事情は切実です。すでに莫大な再建の課題を抱え、政府に強い不満を持つ国民を抱えるなかで、全面戦争への突入は体制の存続そのものを危うくしかねません。つまり、経済合理性の観点からは、どちらも「ここで大きく踏み込むべきではない」という結論に達するはずなのです。
それにもかかわらず、事態が止まらないのはなぜでしょうか。答えは、双方がわずかでも交渉上の優位を得ようと押し合っていることにあります。米国は軍事的圧力で外交の膠着を打開しようとし、イランは相手を上回るエスカレーションで疲弊させ、持ちこたえようとしています。それぞれが「もう一押しすれば相手が折れる」と考える限り、攻撃はやみません。そして、この「もう一押し」の積み重ねが、当事者の意図を超えて、制御不能の連鎖を生み出す危険をはらんでいます。ゴルカー氏が「どちらの側も望んでいなくても、総力戦に逆戻りするリスクがある」と述べたのは、まさにこの構造的な危うさを指しています。
今後のシナリオは、大きく三つに整理できます。第一は、いずれかの段階で再び暫定的な合意にたどり着き、通航が部分的に回復するシナリオです。6月のイスラマバード覚書がそうであったように、時間稼ぎの取り決めであっても、市場と物流にはいったんの安定をもたらします。ただし、覚書があっけなく崩れた経緯を踏まえれば、こうした合意の耐久性には疑問符がつきます。第二は、現在のような「低強度の消耗戦」が長期化するシナリオです。全面戦争には至らないものの、散発的な攻撃と報復が続き、通航量は戦前水準の7割程度で頭打ちになる。原油価格は高止まりし、有事プレミアムが常態化します。第三が、最も避けたい、制御不能なエスカレーションによる全面戦争への回帰です。海峡が長期にわたって閉塞すれば、世界供給の2割が寸断され、原油価格は短期的に大きく跳ね上がり、世界経済は深刻な供給ショックに見舞われます。
どのシナリオに向かうかは、双方が「引けない事情」と「引くべき事情」のどちらを優先するかにかかっています。そしてその判断は、しばしば冷静な計算ではなく、報復の連鎖のなかで下されていくのです。
10. まとめ:投資家・ビジネスパーソンが押さえるべき視点
最後に、この局面を見るうえで押さえておきたい視点を整理します。
第一に、今回の危機は「地域紛争」の枠を超えたシステムリスクだということです。ホルムズ海峡は世界の石油供給の約2割、海上石油貿易の4分の1超、LNG貿易の約2割が集中する隘路であり、そのフローの8割以上がアジア向けです。米国とイランの軍事的緊張は、単なる中東の出来事ではなく、世界のエネルギー物流の2割を直撃するリスクとして捉える必要があります。
第二に、価格の見通しには大きな幅があるということです。IMFやOPECは在庫取り崩しと他産地供給による相殺を前提に平均価格の抑制を見込む一方、海峡がさらに閉塞すれば短期的な急騰は十分あり得ます。この「振れ幅の大きさ」そのものが、当面のリスクです。単一の価格予想に賭けるのではなく、上下双方のシナリオに備える姿勢が求められます。
第三に、日本の脆弱性です。原油輸入の大半をホルムズ海峡に依存する日本にとって、通航量の減少と価格急騰は、燃料費・電力コスト・物価全体に直結します。エネルギー調達の分散や在庫戦略、そして為替の動向を含めて、この海峡の緊張を自社のコスト構造に落とし込んで考えることが、経営の現場に求められています。
第四に、事態の力学そのものへの注意です。双方に戦争を避ける理由があるにもかかわらず、優位を求めた押し合いが制御不能の連鎖を生みかねない。この「意図せざるエスカレーション」の危うさこそが、今回の局面の本質です。合意が結ばれても崩れやすく、小さな攻撃が大きな報復を呼ぶ。ニュースの一つひとつを、この構造のなかに位置づけて読むことが、状況を見誤らないための鍵になります。
加えて、この危機は「一度収束しても、また火がつきやすい」という性質を持っています。6月の覚書が示したように、暫定的な合意で通航が回復し、価格が落ち着く局面は今後も訪れうるでしょう。しかし、根本の対立が解けない限り、小さな引き金一つで再燃する構図は変わりません。だからこそ、価格が下がった局面での安心と、再燃した局面での警戒とを、行き来する準備が必要です。一喜一憂ではなく、上下双方のシナリオを織り込んで構えることが、この長期戦を生き抜く姿勢になります。
米国とイランは、どちらも望まないはずの全面戦争へと、じりじりとにじり寄っています。その一歩一歩が、ホルムズ海峡という世界経済の急所を通じて、私たちの暮らしと経済に跳ね返ってくる。だからこそ、この対立の行方から目を離すことはできないのです。
参考文献・出典
Benoit Faucon, Michael R. Gordon, Jared Malsin「The U.S. and Iran Creep Toward a Wider War With Escalating Attacks」The Wall Street Journal, 2026年7月17日
https://www.wsj.com/world/middle-east/the-u-s-and-iran-creep-toward-a-wider-war-with-escalating-attacks-7323c060U.S. Energy Information Administration (EIA)「ホルムズ海峡の石油・LNG通過量に関する統計」
OPEC「Monthly Oil Market Report」2026年7月13日発表
International Monetary Fund (IMF)「World Economic Outlook Update」2026年7月版
https://www.imf.org/-/media/files/publications/weo/2026/update/july/japanese/text.pdfJETRO「OPEC月報、6月の原油価格下落を報告」2026年7月
https://www.jetro.go.jp/biznews/2026/07/48ff877961cc9999.htmlReuters「米、イラン産原油の制裁免除撤回」2026年7月17日
https://jp.reuters.com/world/us/QUUV3UFEVJJTVMHZBJVKLUZKKE-2026-07-17/Reuters「米中央軍、イラン全土の軍事目標を攻撃」2026年7月14日
https://jp.reuters.com/world/security/F7QFZCIA7RIJJC3NKLRYBNPDOA-2026-07-14/Reuters「原油、供給リスクと需要減速懸念で乱高下」2026年7月9日
https://jp.reuters.com/markets/japan/PPDOC26ULBKRRDMXGILGBKNMZM-2026-07-09/Bloomberg「米イラン暫定和平、事実上機能停止」2026年7月9日
中央日報「イラン、報復の標的を湾岸・近隣諸国へ拡大」2026年7月
https://japanese.joins.com/JArticle/351829Greenpeace Japan「ホルムズ海峡と日本のエネルギー安全保障」
https://www.greenpeace.org/japan/result-report/report/hormuz-strait-japan-energy-security1/石油エネルギー技術センター/石油連盟 各種資料、Kpler(船舶追跡データ)
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