フランクのソナタ解説・3 嵐の第2楽章と魂の独白の第3楽章
私がなぜ作品解説をブログにするかと言うと、
分析自体が楽しくて好きだからです。
高校の音楽科時代に、音楽史や分析の授業でお世話になった吉岡容子先生。頭脳明晰で筋の通ったものの考え方凛とした生き方の、怖いけれどもとても尊敬する先生の授業は、
「楽譜は、このように読むのだ」
「作曲家は、このような意図を持って曲を書いているのだ」と、
まさに目から鱗の連続でした。
吉岡先生に出会わなければ、私はこんなに楽しいとは思わなかったかもしれません。
また、つくばで同じ桐朋の先輩中村恵さんの「楽譜の深読み会」に参加させていただいて、
いろいろ教えていただき勉強が深まったことも、なくてはならない有り難いご縁でした。
巡り合いの縁の力に感謝です。
その中でも特に、吉岡先生のモーツァルトの41番目の交響曲『ジュピター』の第4楽章の授業の事は忘れられません。
あの五重フーガは完璧な宇宙の調和のように思えて、今でもその感動をありありと思い出します。
私は音楽学の専門家でも、もちろん作曲でもないので、
知識が足りないところや間違ったところもあるかと思います。
そこはご了承くださいね。
一ヴァイオリン奏者として、今の時点で楽譜を読んで気がついたこと、
そこから見える景色の一部を共有できましたら幸いです。
今日のブログも長くなりそうですが、
ぜひ最後までお付き合いください。
光から影へ:第2楽章の幕開け
さて、苦い思い出を感じさせる和音の後に、憧れや暖かさを感じる和音へと移行して閉じられた第1楽章は、光の中で思い出を穏やかに回想するかのようでした。
しかし、第2楽章は全く違う展開を見せます。
最初からアレグロのテンポの中、ピアノの速い16分音符が荒れ狂います。
速い16分音符だからと言うだけではなく、
ここに置かれている和音が心の中にうごめくものを表しているからです。
実は、第2楽章の最初も「属9の和音」から始まります。
あれっ?第1楽章の最初も属9ではなかったでしょうか?
私はそこを何と表現したでしょう?
第1楽章の属9は「憧れ」と言ったのに、
なぜ第2楽章の属9は「荒れ狂った情熱」になるのでしょうか?

補足:音楽の法則「属和音」について
ここで改めて属和音のお話を。
慣れない用語の話は、一度「そういうことか!」と理解しても、
すぐに忘れるものです。
もう一度ここで属和音のことを、もう一歩詳しく解説します。
これであなたも音楽の仕組みの一つがわかって、
実は音楽は気分だけではなく、理論があって気持ちを表現していると受け止めてもらえることを期待しています。
でも、私もそうですが、1〜2回聞いた程度で覚えられたら相当な秀才です。
多分、これから解説を書くときには何度か繰り返すことになると思いますので、音楽にも法則があり、それが力を持って聞く人に迫ってくると思ってくださいね。
属和音とは?
ハ長調の場合、ハ(ド)の音から出発してドの音に戻ってくる音楽です。
イ長調なら、イ(ラ)から始まりラに終わる。この出発点の音を「主音」と呼びます。
そして「属音」とは、主音から上に数えて5つめの音。
ハ長調ならド・レ・ミ・ファ・ソと数えて、ソが5番めなので、ソが属音というわけです。
「属和音」とは、その属音の上に乗せたお団子の和音。
ハ長調なら「ソシレ」が属和音。ドミソの主音に戻りたい引力があります。
(🟢、🩷、🤍の3色団子🍡)
もう一つ音が乗る(ファ)と「属7」
(🟢、🩷、🤍、🟨など 想像してね)
昔、「ミソド → ファソシ → ミソド」の音を鳴らして、
「起立 → 礼 → 着席」なんてやったことありませんか?
(その記憶がある方は、ある年齢以上かもしれませんが……)
この中の「ファソシ」が属7の和音です。
ただし、ここの場合はレが省略されています。
原型は、「ソ・シ・レ・ファ」。
これが、ハ長調における属7の和音。
これにもう一つ「ラ」が乗ると、属9になると言うわけです。
さらにそれを第1楽章の「イ長調」に当てはめると「レ・ファ#・ラ・ド・ミ」になり、
第2楽章の「ニ短調」に当てはめると、「ラ・ド#・ミ・ソ・シ♭」の和音になります。
ちょっと苦しくないですか?この和音。
この場合、必ずキーボードなどで音を鳴らして聴いてみてください。
頭だけでなく響きを耳と体で感じることが、理解を体に落とし込んでくれます。

光と影のコントラスト:
二つの「属9」で、ようやく話はフランクの
第2楽章の属9に戻ります。
第1楽章の解説のときには、あまり踏み込んでしまうとややこしく感じられるので、省略していた点があります。
第1楽章の冒頭の属9は「レ・ファ#・ラ・ド・ミ」でした。第2楽章の冒頭の属9は「ラ・ド#・ミ・ソ・シ♭」
(第1楽章と同じイ長調に変換すると
「レ・ファ#・ラ・ド・ミ♭」)
わかりやすいように同じ調にして説明してみます。同じ音の並びでも、一番上の「ミ」がナチュラルか?フラットか?で響きが全く異なり、性格も別人になります。
少し専門的に表現すると、
第1楽章の属9は上2つの音の間隔が「長音程」で明るい。
ところが、第2楽章の一番上の2つの音は「短音程」で暗いのです。
たったそれだけの違いで全くキャラクターが異なることが面白いと思いませんか?
それってもしかして、1人の人の表と裏。
あるいは、出来事の光と影。
それを狙って、フランクは和音を配置したのでしょうか?
少なくとも、循環形式や関連性などを意識して選んだ事は間違いないと思います。
すでに、最初の和音の話だけでもう長くなってきました……。
しかし、楽譜をよく見て音をよく聴くと、
このソナタには実は様々な場面にこの属9という特殊な和音があることに気がつき、
ついこのソナタの特徴として語りたくなりました。
属9の和音は、独特の色合いととてつもないエネルギーがあります。
荒れ狂う海と、忍ばせられたテーマ
この第2楽章ニ短調はソナタ形式で書かれています。
(ソナタ形式とは何か?については、解説2の「フランクのソナタ第1楽章」をご覧ください)
冒頭4小節間のピアノ前奏は、属9の和音のアルペジオ(分散和音)。
それが毎小節バス(ピアノの最低音)の上昇を伴って現れています。
上昇する音には前に進むエネルギーがあるため、
何も書かれていなくてもわずかにクレッシェンドに弾きたくなります。
4小節目のバスは上昇ではなく「ラ」から「ラ」に戻って前奏を締める役割。
そして、5小節目からピアノソロで第1テーマが始まります。
うねるような16分音符の動きの中にテーマが埋め込まれているのです。
なぜ16分音符の動きよりも高い音でテーマを置かなかったのか?
聞こえにくくない?
内声(内側のライン)にテーマを置いたことで、
私には、「荒れ狂う海の中でもがくテーマ」として聴こえてきます。
さらに、ピアノの最低音のバスラインには、実は第1楽章の第1テーマが少し性格を変えて忍ばせてあります。
忍ばせるというよりも明らかに聴こえる一番下の音のラインですが、
ちょっと性格が違うために初めて聴いた時には気がつきません。
第1楽章の第1テーマの「レ・ファ#〜レ」はこのソナタの細胞の核だと
前回お話ししました。
第2楽章では、バスに「レ・ファ・ミ」と出て来ます。
3つめの音が一つ下がってはいるものの、
これも第1楽章の第1テーマの変化球です。
やっぱり同じ人の別の面?
しかも暗い隠していた性格?などと、
イメージが飛躍し深読みするのが面白いのです。
私は音楽学の専門家ではなくヴァイオリン奏者なので、
まだまだ読みは浅く間違いかもしれません。
私個人の独自解釈として聞いてくださいね。
とにかく、譜面を読むことは暗号解読のような面白さが満載です!
まだまだ気がついていないことがたくさんあるはず。
だから毎回楽譜を読み込んでお宝発見があると飛び上がって喜ぶ。

奈落の底に落ちていく2段目と、
最後の音ピカルディ終止
作曲家との対話、そしてピカルディ終止の光
関連を発見したり、構造がわかったりすると、
それまでただ音が並んでいる楽譜だったものに、
作曲家の意図を発見できると無上の喜びが湧き上がるのです。
自分が魅力的だと感じる人の心の内を知りたいと願う、
恋のようなトキメキです。
作曲家は私にとってヒーローなのです。
その内面が記された楽譜を自分なりに読み解くことは、
その人に近づく一歩であり、
その先に「憧れの作曲家の言いたかったこと、心を本番で伝えたい」と願っています。
こんな感じに、楽譜の中には暗号のように、
テーマの破片や和音に託された作曲家の感情が埋め込まれています。
埋め込まれたメッセージは、記号の意味を知らなければわからないので弾く者は勉強するのですが、聴いてくださる方は頭ではもしわからないとしても、
心と体には響いて無意識の層で受け取っていただけるように、
奏者は演奏を組み立てます。
ピアノパートの最初の1ページだけで既にこんなに長く語れてしまうので、全てをここに書く事は長すぎて無理です。
なので、本当に概要だけ。
第2楽章もソナタ形式で書かれていて、こちらは提示部、展開部、再現部、そしてコーダがつきます。
このコーダの熱量がまたすごい!!
学生時代にこの曲をレッスンしてくださった数住岸子先生は、
コーダの最初の4小節のピアノのシンコペーションの和音を「葬送行進曲のように」と言われました。
最初はppで足を引きずりながら、力なく歩いているのが、
だんだん内側から駆り立てられて再び炎が上がります。
ここのピアノのバスにも、冒頭にもあった「レ・ファ・ミ」「ファ・ラ♭・ソ」が書かれていて、何に支配されているのかをバスが物語ります。
最後220小節の「di nuovo presto」と書かれているところからは、
共に奈落の底に落ちていくような激しさを帯びています。
この先にも再び闇の属9が待っています。
どこまでも深く。
その後、ヴァイオリンのラの音のトリル(トリル自体も輝きを表現!)の中、ピアノは「レ・ファ#・ラ」の明るい和音の中を一気に上昇していきます。
さらに、最後はなんと光り輝く「レ・ファ#・ラ」のニ長調の主和音で終わるのです!
ニ短調で始まったので「レ・ファ・ラ」で終わるはずが、
同主調の明るいニ長調に転換する。
この終わり方は音楽用語で「ピカルディ終止」と呼びます。
圧倒的な光を感じる終わり方。
しかも、勢いの中で上昇して。
これ以上、劇的な楽章の締め方はあるでしょうか?
なんといっても、フランクのソナタで人気なのはこの第2楽章だと思います。ここを思い通りに弾けるように練習しないと。
魂の独白:第3楽章 レチタティーヴォ・ファンタジア
第3楽章「レチタティーヴォ・ファンタジア」。
調号(#や♭)は何も付いていません。
何調かわからない。
しかし、レで終わった第2楽章と同じレで始まる。
同じ音なのに、このコントラスト。
フランク考え抜いていますね。
光に到達したはずが、あれは一瞬のことだった、、、。
どこに行くのか?
曲はさらに自己の中で深まります。
第3楽章は様々な調を巡って自由に進みます。
もう自分は何者にも縛られない、囚われないというフランクの独白です。
ピアノの前奏は、「ラ・ド・シ」「ド・ミ♭・レ」「レ・ファ・ミ」と、
やはり第2楽章の5小節目からバスに出てきた、
このソナタの核となる3つの音から始まります。
これは古い自分が語りかけているのか?
運命からの問いかけか?
4小節目の最後の拍から、
ヴァイオリンがフォルテの大きな声で、
とうとう覚悟を持ってしゃべり始めます。
まるであの世の扉を開けて、
今までの人生を振り返る尋問を受け、
それに真正面から答えようとしているかのように。
しかし早くもヴァイオリンは、弾き始めて4小節目には様々な記憶に巻かれ、心が揺れて力なくなります。

その後に、
第1楽章のあのテーマが懐かしい思い出が、
懐かしい人のように幻の中に浮かび上がる。
それに短く答えるヴァイオリン。
と言うふうに、拍に囚われずに自由にピアノとヴァイオリンが会話します。
敬虔なカトリック信者であったフランクならば、神との対話かもしれませんし、
自分自身の魂との会話かもしれません。
神秘的でとても深い楽章です。
最後は、まるで息絶えていくように楽章を閉じます。
第2楽章のコーダの始まりのピアノと同じゆっくりのシンコペーションを伴って。
こういう、各楽章の関連も「循環形式」の妙ですね!

最後に
今回も個人的シーン少しだけ。
2月頭にベッドから落ちて背中を強打して圧迫骨折全治6ヶ月を今月の頭に終えたところですが、フランクのリハーサルで圧迫骨折した胸椎9番がチリチリと独特の痛みが残りました。
先日、整形外科の先生と五十肩の治療でお世話になっているリハビリの先生にこの痛みのことについて伺いました。
「この痛みってよろしくないですか?」と私。
先生「よろしくないですね、、、」
やっぱり。。
この痛み方は何かしら弱い骨に影響があるようで、とにかく「前かがみにならないで弾く!!」を心がければなりません。
本番終わったら骨が潰れていた、、なんてことにならないように。
昔の巨匠たちは、皆まっすぐな姿勢で素晴らしい音で弾いていらっしゃいましたし。
そのためにはまず環境として、譜面台は高く。
そして、背骨のほうに重心を置く。
先日のリハーサルではこの弾き方で、痛みとは無縁でした。
今までとだいぶ弾き方を変えることになりますが、骨折したことを新しい音の出し方に転換できればと思います。
解説は長くなったので、各楽章の頭部分と、他は大まかな事しか書きませんでした。
全部書くととんでもなく長くなり、私の練習時間がなくなってしまいます。
でも基本、てんかんで疲れる娘が寝ていて音が出せない時に考えて書いているので、練習には差し支えありません。
自分なりに分析をすることで、
ここはどんな場面で、どんな気持ちで、
作曲家は何を伝えたいのかを考えられます。
あくまでも一ヴァイオリン奏者の見方であって、
10人いれば10人分の解釈があります。
懐かしい美しい思い出の第1楽章、
葛藤とマグマの嵐の第2楽章、
魂の独白である第3楽章と物語は進んで、
最後の第4楽章では魂が救済されるというストーリーです。
次回は「第4楽章とまとめ」をまた執筆しますので、それもお楽しみに。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
このフランクのヴァイオリンソナタの生演奏は下記の私たちのコンサートへお越しください。
🌛8/21(金)19:15開演 つくばアルスホールにて
https://teket.jp/17069/64336
今日のおまけ:フォーレの「シシリエンヌ」
今日のおまけは、フランクと同じ時代のフランスに生きた作曲家、
ガブリエル・フォーレの「シシリエンヌ」を、私たちルナクラシカのYouTubeでお聴きください。
フォーレは、フランクの重厚で情熱的な音楽とは対照的に、彼独自の水彩画のように繊細で洗練された和声と優美な旋律を特徴としています。
同時代の別の作曲家の作品で、時代の雰囲気という共通点と、
作曲家の個性の違いを楽しんでいただけましたら幸いです。
https://youtu.be/MWCxmX_0Eo8
これまでのフランクのヴァイオリンソナタ解説シリーズ
