『神の絵』のエネルギーの引き込み方
『神の絵』の描き方 を成功させるには、何に注意すればいいの?
その答えは??
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描く瞬間の心の持ち方です!!
何も考えずにサラッとなぞるだけでは『落書きのトレース』にしかなりません。
『神の絵』は、絵の形をしてはいますが、実際には線の順番で効力が発動する、エネルギーの引き込み技法!!
ほら、魔法少女のアニメでも、呪文を唱え、踊りながらステッキを振る、その一連の動作が、エネルギーの引き込み技法でしょう?
あのプロトコルを守ることによって、外から取り込んでいるわけです。
プロトコル(Protocol)
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特定の目的を達成するための「決まりごと」や「手順」のこと。
コンピューターの世界の例では、データを送受信するときの
「どうやってやり取りするか?」というルールそのもの。
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では、『神の絵』を描くときに何を重視すればいいか? というと、『神のエネルギーを引きよせる』という意識。
自分自身が魅力的になって、神様のエネルギーを誘惑!!
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🔲 神様をおびきよせる(招き猫)とは?


これをベースに、柳田さんにイラスト化をお願いしたところ、強化版のイラストが届きました。
そして、柳田さんのイラストを組み込み、イイ感じにまとめなおしたのがこちら!

『神の絵』描いてるんだけど
どう描けばイイか分からない。
あ〜ん、どうすればいいのぉ??
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猫も、そなたが追いかけると逃げるだろう?

お金も同じ。
怖い顔で必死に追いかければ追いかけるほど、逃げていく。

追いかけるのではなく、
そなたのところに「来たい」と思うような仕掛けをほどこして待つのだ。
マタタビの粉? よい表現だ。
『魅惑の招き猫』を、『神』を相手に取り入れてみよ!!

念のパワーの強さは関係ない。むしろ、自我が出て邪魔だ。
『神』のエネルギーを追いかけるのも違う!
よいか? 『神』を自らに招き寄せる のだ。
猫も追いかけると逃げるだろう?
お金も同じ!
恐い顔で追いかけると、相手は逃げるのだ
自ら動くのではなく、仕掛けをほどこして、相手を引き寄せるのだ!
『神』のエネルギーがそなたのところに来たいと思うように
誘惑の招き猫で『神』を引き寄せるように・・
自らはワクワクしながら、ニコニコ楽しみながら
『神』をフラッと引きよせる、「マタタビの香り」を出すのだ!!
成功している者は、金のペン・多重描き・お祈り・・・
さまざまな方法で、『神』を引きよせている。
形が効力を発揮させるのではない。心が、効力を発揮させるのだ。
正解はない。他のやり方でしっくりこなければ、自ら考えてもいい。
『神』をフラッと引きよせる、「マタタビの香り」・・・
どうすれば、『神』がそなたの元に来たいと感じるだろうか? 自らもアイデアを考え、『神』を引きよせてみることだ。
考えることは楽しいぞ! その過程もまた、神との交流だ。
『神』とともに生きる! かんながらの道だ。
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『神』は常に隣りにいる。
ただ、見えない、感じないだけで、実はずっと隣で見守っていたのだ。
そなたがトランシーバーの『送信』ボタン・『受信』ボタンを押してなかっただけで、実はボタンを押せば、いつでも『神』は応答する気満々で待っていたのだ。

🔲 水と油に分離しないこと!!
『神の絵』を描いてるときに、
「今日は描くの面倒だなぁ」
「なんか〝自分の気〟と〝神様の気〟が反発してる気がする」
ということはありませんか?
「反発しちゃう!」の状態のまま、描いても、成果は期待できない。
そして、それが毎日続くと、「やってるのに効かないんだ」となって、余計気持ちが離れてしまう。
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神様と自分の波動に差があると、
「黄門様の紋所を見て、百歩引いてしまう一般人」のように、
「私たちとは別の世界の、身分の尊いお方」
といった 心の壁 ができてしまいます。
まずはその壁を取り除こう、ということです。
受け取り方としては、
「黄門様から直接、私に手渡し!」→「ええっ、そんな! 黄門様、恐れ多いです!」ではなく、
「しかと受け取りたまえ!」→「おおお、黄門様ありがとうございます! 黄門様大好きです!」と、
黄門様に感謝しながら、ありがたく褒美を受け取るイメージです。

そのほうが、結果的にかわいがられるものです。
『体験記』で何人かの方が書かれている、同化という技法は、「水と油にならないように混ざり合う技術」に焦点を当てていますが、
私の感覚としては、混ざり合うために、「両手を広げて素直に受け取る」という感じです。
そしてもっとレベルが上がると、自分が神様を誘惑するような感じで、
まるでマタタビを身体に塗って御猫様がスリスリと寄ってきてくれるような…
神様を誘惑する…
つまり、黙っていても神様の方から寄ってきてくれる存在になること。
それが目指す方向性です。


