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エレナ婦人の教え 第一話「ふしぎな出逢い」第2章~第4章

第1章からの話(あらすじ・目次含む)はこちら


第2章 不思議な出逢い

悶々とくすぶる思いを胸に仕事をした。自分の居場所なんて無かった。やってもやっても片づかない……。仕方なく休み返上で職場へと向かう――そんな日々が続いていた。

それが日曜日の朝。いつもは通らない裏手の道を、歩いてみた。

しばらく歩くと、アンティークなパン屋を見つけた。門扉の外から中を覗くと、パラソル付きの丸テーブルが4つ、置いてある。そのうちのひとつ、奥の席が空いていたので、入ってみた。

「定番」と壁に書かれたコッペパンに、“入れたて”というコーヒーとミルクを注文した。壁際のイスにひとり腰掛け、パンをミルクでやわらかくしながらコーヒーと共にほおばった。ほんのりと甘いミルクの味が口の中いっぱいに広がる。すると店主とにこやかに話す女性の声が聴こえてきた。

「そうねぇ、あの店もしゃれているわね。アハハハ……」

つやのある声はいくつくらいだろうか。店内に響く声のほうに顔を向けると、驚いた。声の主がおばあさんだったからだ。イキイキと弾む声は、いつも職場で耳にしている、くすんだ音とは違っていた。

声は透き通っていて美しい。ことばには飾り気が無く、品がある。その声に引き込まれ、いつしか僕は身を乗り出していた。話に加わりたくなったのだ。

「あぁ、その店なら僕も知っていますよ。色とりどりの花々を鑑賞できる、お庭でのオープンカフェは、最高に気持ちいいですよね」

話題に上っていたカフェは山沿いにある。以前ドライブがてら、何度か立ち寄ったことがあるのでよく知っていた。

「まぁ、あなたも知っているの?」

おばあさんは驚いた顔をしてこちらをふり向いた。
そのときはまだ、それが運命の出逢いになるとは、思いもしなかった。

 第3章 まなざし

「えぇ、知っています。あそこはとってもいいですよね」

 思ったままを口にした。すると今度は、目を輝かせながら言った。

「まぁ、あなたったら……。そんなこと言える人、なかなかいないのよ。こっちがいくら話しかけても、適当にあいづちを打つか聞こえないフリ。よくて愛想笑いをするくらい。

 あなたはね、ソコがいいのよ」

驚いた。いままでとは正反対の評価だったからだ。
職場では「バカ正直だなぁオマエは。そんなんじゃ損するぞ――」とおどされる。なにか発言するときも恐る恐る言っていた。そんな自分だったから、彼女のことばをにわかには信じられなかったのだ。

「えっ? この僕がですか? 僕は、職場で“ダメ社員”のレッテルを貼られているんですよ。周りからは煙たがられ、お客さんに相手にはされない。仕事ではささいなミスが原因で上司から執拗に詰め寄られる……。正直どうしていいかわからなくなっていたんです」

「ふふ……。あなたはねぇ、純粋なのよ。言われたことを真に受け過ぎるの。人の言うことなんてね、半分も聞いていれば十分よ」

深刻な話をしても軽く受け止め、終始微笑みながら語る姿はとても若く見えた。窓を背に座る彼女の周りは、後光が差しているようで輝いて観えた。

包み込むまなざし、張りのある肌。すべてを受け入れてくれる澄んだ瞳。話せば話すほど、彼女の話に吸い込まれた。

「こんなおばあさんの話、聴いてくれるなんてうれしいわ。私の年ぐらいになるとね、若い人と話す機会なんて、少なくなるものなの。お名前は?」
「ヒロと言います」

「ヒロさんね。覚えやすくていい名前じゃない。親しみを感じる名前だわ」

彼女の名はエレナさんという。少しエキゾチックな顔だちをしていたから尋ねてみると、オーストリア人の父と日本人の母とのハーフだという。

かつてオーストリアに住み、そこで知り合ったお菓子職人と結婚――。一緒にお店を営んでいたそうだ。ご主人が亡くなると、お母さんの生まれ故郷の日本にやってくる。

数えきれない経験をしたのだろう。彼女の話は、その一つひとつに重みがあって、いくら聴いても飽きることがなかった。いや、はじめて自分をわかってくれたという安心感がそう思わせるのかもしれない。

「私はいつ死んでもいいと思ってる。もうやり残したことはないから……」

そう言って彼女は笑った。その言葉は、毎日の重圧に押しつぶされていた僕を、何ともいえないさわやかな気分にさせた。

 第4章 居場所

 彼女の話は、なぜこんなにも響くのか。ふだん接している人とは明らかに違う。その答はいくら考えても見つからなかった。

そこで尋ねた。なぜエレナさんだけが僕の心に届くのか、と。

すると彼女は、あたかもその質問をされると知っていたかのように、話しはじめた。

「私も同じ経験をしてきたからよ。

苦しくなるのはまじめ過ぎるから。自分と合わない場所にいたり、正反対のタイプに責められると、どうしていいかわからなくなる。自分を見失うのね。

ほら、厳しい上司とか先生、絶対君主のような亭主や、姑に仕えるときなんか特にそうじゃない? ちょっとやそっとじゃ逆らえないって。

明らかに立場が上という人に頭ごなしに言われると、否定された気がしてなにも言えなくなる。自分が間違っているのかなって思ってね。

よかれと思ってしたことが、悪く取られたり裏目に出たときなんか特にそう。一生懸命やっても思うような評価が得られないときにもがくのね」

そうそう、そうなのだ。誰に相談しても教えてくれなかった――その答えを、エレナさんは知っていた。だから彼女の一言ひと言が僕の体に染み込むのだ。

長い間探し求めていた、ノドから手が出るほど欲しかった、その答えが手に入った。それが彼女にとりこになる一番の理由だった。

「あなたはね、オリに入れられた白鳥――。あなたの飛ぶ姿なんて見たことがないから誰も信じないの。どんなに飛べると訴えてもわかってはもらえない。いまは仕方のないことよ。

でも、ほんとうに悲しいのは、自分が誰かを見失うこと」

 “ゴホン、ゴホン……”

そう言われてせき込んだ。自分を見透かされている気がしたからだ。

「エレナさん、僕は自分を取り戻せそうな気がします。できることならエレナさんみたいにその人のいい所や本来の居場所を見つける手助けをしたい。でもいまのままじゃ、いまのままじゃ……」

 後はことばにならなかった。

すると彼女は僕の顔をじっと見つめ、こう言った。

「つらくなったり悲しくなる日もあるでしょう。だけど苦しい状況はあなたが飛び立つための向かい風。人生にはね、自分を成長させるためのハードルがときには必要なのよ」

 「でも――」そう言いかけた僕をさえぎり、彼女は続けた。

「理解が得られなくても辛抱すること。

仕事なんて所せん不自由――そう思う人は多いわ。

だけどお酒を飲むときって、自由にならない? 解放的になるでしょう? “自分を出していいんだ”って思って。飲む前から仕事モードのスイッチをオフにする人もいる。まだ酔ってもいないのにね。

日中は自分を抑える。夜はその反動で、ハメを外すの。そうやってバランスを保っているのね。そんな人に囲まれると、自分だけ浮いた気がする。あなたはいつも同じように接しようとするから、逆に違和感を感じるの。

たしかにあなたの方が自然だと思うわ。そのときどきで態度を変えないというのは。互いのよさを認め、気になる所は伝えてあげる、そんな関係のほうが――。それができたらどんなにいいことかしら。

でもどこかに忘れているのよ。自分を取り戻すには時間が必要。だからあせらないで。あなたの言っていることが理解される日はすぐそこにきているから。

でもいいじゃない。こんなおばあさんでも応援したくなったんだから。

そりゃあうるさく言ってくる人もいるでしょう。でもそれをイチイチ気にしていたらキリがないわ。批判する人にも感謝できるようになること。そうなれば本物よ。

あなたのメッセージは、きっと多くの人を癒すでしょう。応援しているわ」

図星だ。返すことばがなかった。そこで思い付くまま感謝のことばを述べ、また逢いたいと訴えた。だが、それはさらりとかわされた。

「あなたとこうしてお話しできるのも何かの縁。いまこの瞬間を大切にしましょう。縁があればまた逢えるわ」

彼女は置いていたガウンの袖に腕を通し、ストールを肩にかけると、静かにその場を出て行った。

第5章 主役 につづく


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