許すとか許さないとか【第四話】 #創作大賞2025
【第四話】私の名探偵
清水のぞみのマンションに行った後、お母さんに事の顛末を報告した。「よかったね」って言われたけど全然よくない。なんで私がお父さんの代わりに清水のぞみに会わなきゃいけないのよ。それに、あんな風に言ってても隠れて会うに決まってるんだから、絶対。
出張を理由に帰ってこないお父さんにはLINEを送りつけてやった。
「私がOKを出すまで清水のぞみさんには会わないでください」
「勝手に決めるな」
「清水のぞみさんと一緒に決めました。残念」
「(怒りのスタンプ)」
ふん、勝手に怒ってなさい。こっちだって怒ってるんだから。
でも、結局、何にも分かってない。浮気じゃないと言うのなら、お父さんと清水のぞみが高級レストランで二人きりで食事していた理由は何なのか。どうしてお母さんはそのことを怒らないのか。
私がおかしいのかな。明彦に電話して聞いてみよう。
もしも、私がお母さんで、明彦がお父さんだったら。いや、絶対許せないでしょう、明彦のこと。
「明彦、私、絶対許さないから!」
「いや、真希ちゃん、俺は浮気してないでしょ?俺に怒りをぶつけないでよね」
「あ、ごめん」
「でも、気になるよね。お父さんと、あの綺麗な女の人のこと。探偵でも雇っちゃう?」
「うーん、そこまでするのはちょっと。三人に迷惑がかかったら嫌だし」
「そっか……話を聞いた限りだと、いつかは理由を教えてもらえそうな気がするんだけど」
「いつかっていつ?それまで私は悶々としてなきゃいけないの?そんなの嫌よ」
「うーん……じゃあさ、その清水のぞみさんの本を読んでみるってのは?何かわかるかもしれないよね、過去のことが」
「過去のこと?」
「うん、過去に何かあったから浮気じゃないって言ってるんだよね、きっと」
「そうか!なるほどね。明彦、ありがとう。私、急用思い出しちゃったから切るね。また連絡する。じゃね」
そうよ、三人の過去を調べればいいのよ。明彦のおかげで身近に信頼できる名探偵がいるのを思い出した。私が高校生の頃からアルバイトをしている喫茶店のマスター。口髭を生やしてるから老けて見えるけど、たぶん、四十歳くらい。優しくて、頭がいいおじさん。
お店のコーヒー豆が毎月三袋ずつ紛失する事件が起きて、仕入担当の私のせいにされかけたんだけど、マスターがどうやったのか、真犯人を見つけてくれたことがあった。
マスターなら今回のことも解決してくれる気がする。いま午後四時か。この時間ならお客さんも少ないだろう。私は急いで喫茶店に向かった。
喫茶店に着くとマスターが声をかけてきた。
「どうした、真希。今日はバイトの日じゃないよな」
「うん、今日はマスターにお願いしたいことがあって来たの。いま話せる?」
「ああ。いまは忙しい時間帯じゃないからな。分かってて来たんだろう?」
「うん、まあね」
私はマスターにお父さんの浮気のことを話した。
「真希のお父さんがねえ。浮気する人には見えないけどなあ」
「浮気じゃないって言い張ってるけどね」
「浮気じゃないなら放っておいたら?お母さんも怒ってないんだろ?」
「嫌よ。私の気が済まないもの。みんなで寄ってたかって私の事を騙してる気がして、すごく嫌」
「そっか。で、俺は何をすればいいんだ?」
「前にさ、コーヒー豆がなくなる事件があった時に助けてくれたでしょ?あの時みたいに助けてくれないかなって。駄目かな」
「ああ、アレはだって真希がコーヒー豆盗むわけないからさ。消去法で大体分かったんだよ」
「でもさ、盗んだ人が言い逃れできないくらい、盗んだ時の行動を細かく言い当ててたでしょう?」
「ん、アレはまあ、そうだな、コツみたいなものがあるんだよ」
「今回もそれでお願い!二、三日なら無給で働くから!」
「まいったなぁ。明彦くんには頼まないのか?」
「あんまり巻き込みたくないの、私の家のことだから」
「そうか……分かったよ。やってみるよ、長年働いてくれている真希の頼みだからな」
「ありがとう!本当にありがとう!」
「いや、まだ解決できるか分からないよ。やってみるだけだ。お父さんとお母さん、それから、その女の人の氏名と生年月日、顔写真、出身地の情報をもらえるか?」
「うん、大丈夫だと思う!じゃ、私、すぐに準備してまた来るから!」
マスターならきっと何とかしてくれる。急いで家に帰って、適当な事を言ってお母さんから必要な情報を全て入手した。
騙すようなことして、ごめんね、お母さん。でも私、お母さんのこと、助けたいの。きっととんでもない我慢をしていると思うから。
マスターに必要な情報を渡してから一週間後、マスターから連絡があった。「ちょっと山でも見に行かないか」だって。なにそれ。でも断る理由はないし、まあいっか。何でもいいから分かった事があれば教えてもらおう。
清水のぞみの本は結局読まなかった。何となくそんな気はしていたのだけど、家の本棚に当たり前のようにあって。三冊あって三冊ともサイン入り。これは笑った方がいいのかな。いや怖い。なんか怖くなって読めなかった。
待ち合わせの駅のロータリーで待っていると、スカイブルーの軽自動車が近づいてきて止まった。運転席の窓が下りると、マスターの髭面が見えた。
「真希、おはよう」
「おはよ。マスターってこんな可愛い車に乗ってるんだ」
「可愛い?この色が好きで乗ってるだけだ」
「あっそ。で、何で山なの?」
「ああ、そりゃ丁度いいからだ」
「何が?」
「とりあえず助手席に乗ってくれ」
私は言われた通り、助手席に乗り込んだ。
「はい、乗りました」
「全部分かったよ。山に着く頃には話し終わると思う」
「本当?すごい、さすがマスター!」
「だが、あまりにもプライベートな内容だった。俺から真希に話すべきか、まだ悩んでいる」
「そんな!教えてよ!お願い。お願いします」
「いや、話すよ。話すつもりで来た。だけど、俺の秘密も聞いてほしくてな」
「マスターの秘密?」
「ああ」
「そんなの無理に言わなくてもいいよ。秘密なんでしょ?」
「ああ、秘密だ。いままで誰にも言ったことはない」
「じゃ言わなくていいよ」
「そうはいかない。真希のお父さんとお母さんの秘密を話すんだ。俺の秘密も話さないと気が済まない」
「ふーん。マスターって変なところで真面目よね。いいわ、聞いてあげる。私、誰にも言わないよ。秘密にする」
「ああ、そうしてくれ」
それからマスターはたっぷり十分くらい黙っていた。もう無理。待てない。
「あ、あれ?もしかして、私がなんか言うの、待ってる?」
「あ、悪い。ちょっと言うタイミングを計ってたんだ。言うぞ?俺はな、未来から来たんだ」
「は?え?なんて?もう一回!」
「未来から来て帰れなくなった男なんだよ、俺は」
「そ、そうだったの?」
いや、ごめん、全く信じられないんだけど、私。
「俺の右手首にしてるスマートウォッチな、2238年に発売されたやつでさ、世界初のタイムスリップ機能付きなんだよ」
めちゃくちゃ嘘くさいんだけど。マスター、本気で言ってるの?
「俺も若かったんだよな。新商品にすぐ飛びついてさ。欠陥があったんだ。過去には行けても2025年にしか戻れない。どうやっても。だから、俺はここにいるんだよ」
マジ?本当だとしたら、ちょっと可哀想。もしかして本当なのかな?いやいや。無理無理。
「信じられないよな?でも、本当のことなんだ。無理に信じなくていい。俺がただ話したくて話してるだけだから」
「うん、分かった。正直言って、まだ信じられないけど、マスターが言ってる事は分かった。じゃあ、コーヒー豆の時も」
「そうだ、盗んでいるところを見てきただけなんだ。探偵がよくやる推理とか一切やってない。がっかりしたか?」
「別にそれはいいんだけど。今回はどうしたの?」
「同じだよ。少し時間はかかったけどな。過去から順番に見てきただけだ。どうする?俺の見てきたことを聞きたいか?結構、重たい話だよ。俺が動揺して嘘くさい告白をするくらいに」
これ以上、自分だけ何も知らずに生きていくのはもう嫌だ。
「聞く。私がお願いしたんだもの」
マスターは深くうなづいた後、ゆっくりと車を出した。
【第五話】調査報告①
