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許すとか許さないとか【第六話】 #創作大賞2025

【第六話】調査報告②

2006年10月某日

 清水のぞみにガンが見つかって入院している時期に来てみた。病院の面会室には予約表があって、のぞみが利用する日を前もって確認しておいた。病院の面会室に行ってみると、のぞみがいた。やはり今よりもかなり痩せてしまっている。のぞみの前には真司としおりが並んで座って心配そうにしていた。

「真希は?」
「いつものところに一時預かりでお願いしてきた」
「そう」

 三人はしばらく押し黙っていたが、のぞみが口を開いた。

「今日はね、二人にお願いがあるの」
「何?私にできることなら何でも言って」
「しおり、いつもありがとね。真司、真司さん、私と離婚してください」

 真司は動揺して椅子をガタつかせた。

「のぞみ!お前、急に何を言い出すんだよ」
「だって、私はもう助からないから。自分で分かるもの」
「だからってなんで離婚しなきゃいけないんだよ。俺がそんなに頼りないか?お金のことなら気にしなくていい。俺は大丈夫だ。お前が元気になるまでちゃんと支えるから」
「私が気にしてるのは真希のこと。真希にはお母さんが必要なの。あなたは仕事仕事で子供の面倒を見れない人だし。ごめんね、悪く言うつもりはないの。事実として言っているのよ。真希の面倒はしおりが見てくれている。そうよね?」
「ああ、その通りだ。しおりには感謝してもしきれない。母親以上に真希の面倒を見てくれている」
「そうよね。しおりにはしおりの人生があるはずなのに。本当に申し訳ないと思っているの。でも、逆にすごく疑問なのは、どうして私達の為にそこまでしてくれるのか。私達はしおりに甘え過ぎているわ。しおりの人生を邪魔しているとしか思えない。ねえ、しおり。本当の事を言って。あなたはどう思っているの?」
「どうって……私はただ、のぞみのことが心配で、助けになりたくて手伝っているだけよ」
「本当にそれだけ?私はもうすぐ死んでしまうわ。本当の事を言って。私はもう自分のことが嫌い過ぎて今すぐにでも死んでしまいたいくらいだけど、あなたの本当の気持ちだけは聞いてから死にたいの」
「のぞみ、死にたい死にたい言わないで!私は、……あなたのことが好きなの、愛しているの!だから、死なないで!!真希のことも愛してる。お世話するのも全く苦にならないわ。愛おしくて仕方がないの。だから、気にしなくていいのよ。治療に専念して早く良くなって!お願い」
「しおり、ありがとう。あなたの本当の気持ちを教えてくれて。私が自分で自分のことが嫌になるのは、あなたの気持ちに気づいていたくせに知らない振りをして、ひたすらあなたに甘えていたこと。本当、嫌になる。ごめん、ごめんなさい、しおり、本当にごめん。私は、あなたの気持ちを利用していたの」

 のぞみとしおりが泣き崩れている間、真司は何もできず、ただ泣いていた。泣いて時間が過ぎるのを待つだけ。たいていの男はこういう時、何もできない。

 のぞみが気を取り直して話し始めた。

「だからね、しおり。あなたさえ良かったらなんだけど、真司さんと結婚して真希のお母さんになってほしいの」
「のぞみ、お前、何を言い出すんだよ!」

 真司は軽くパニックになっているようだ。

「真司、私の最期のお願いよ。私の代わりに、しおりと真希を幸せにして」
「お前、そんなこと勝手に決めるなよ。しおりの気持ちはどうなるんだ」
「だから、しおりにもお願いしてるじゃない!しおり、駄目かな。真司さんは子育ては手伝ってくれないけど、頼り甲斐がある、とってもいい人よ。私はこの人を選んで、本当に良かったと思ってる」
「のぞみ、お前……」

 真司は言葉に出来ず、号泣した。
 しおりは決心したような顔でのぞみを見つめた。

「のぞみ、あなたがいいなら、本当にそうしてほしいなら私は真司さんと結婚するわ。もちろん真司さんが良ければ、だけど。ただ、私は真司さんを愛せるか、自信がない。人間としては好き。大好きだけど、愛する自信はない。それでも良ければ」
「しおり!ありがとう!私もあなたが好き。愛してる。ズルいわね、私だけ。しおりのことも真司のことも両方愛してるって甘えちゃって」

 そう言って、のぞみはしばらく下を向いていたが、やがて真司に顔を向けて言った。

「真司!あなたはどうなの?私と離婚して、しおりと結婚してくれるの?」

 真司は頭を掻きむしっていたが、やがて絞り出すように言った。

「なんだよ、なんなんだよ、これは。俺が、なんか悪いことしたか?真面目に働いて家族の為に頑張って生きてきたじゃないか!なんだ、この仕打ちは!なんでこんなとんでもなくヘンテコなお願いを愛する妻にされなきゃいけないんだよ、畜生!」

 真司は突然立ち上がり、廊下を行ったり来たり、五往復くらいして戻ってきた。

「分かった、分かったよ、のぞみ。お前と離婚して、俺はしおりと、しおりさんと結婚する!ただし、お前が生きてる間はしない!絶対だ!お前を独りぼっちでは死なせないからな。そんなカッコイイ真似はさせない。だって、そんなの悲し過ぎるだろ。寂し過ぎるだろ。お前は……俺達に愛されているのに……」

 のぞみは両手で顔を押さえて、ただ泣いていた。しおりはのぞみを背中から抱き締めて泣いている。

 俺はもう、それ以上は見ていられず、その場を離れた。


2009年4月某日

 病院の待合室に清水のぞみがひとりで座っている。しばらくして、寺門しおりがやってきた。

「のぞみ、ごめん、待たせたね。真希が保育園に行かないってグズっちゃってさ。具合はどう?話って何?」
「あのね、さっき先生に聞いたんだけどね、私のガンがね、なくなってきてるんだって。どうしよう、私、どうしたらいいの?」
「どうしたらいいって……良かった!良かったじゃない!生きて!生きるのよ、ガンが治ったらね、生きればいいの!あー本当に良かった!」

 しおりは、しばらくの間、のぞみを抱き締めて離さなかった。
 数分後、真司がやって来た。

「悪い悪い、会議が長引いてしまって。あれ、お前達、何やってるんだ?何か、悲しいことでもあったのか?」

 しおりはのぞみを身体から離して笑いながら言った。

「逆よ逆。とってもいいこと、嬉しいことがあったから思わず抱き合っちゃったの。のぞみのガンがね、なくなってきてるんだって。のぞみのガンがね、治りそうなのよ」

 しおりが言いながら泣き出すと同時に、真司が叫んだ。

「のぞみー!!」

 真司はのぞみを抱き締めて何度も繰り返して言った。

「よかった、本当によかった。よく頑張ったな、のぞみ。ありがとう」

しおりと真司に喜んでもらったのに、のぞみは浮かない表情をしている。そして誰にともなく言った。

「私のこと、真希は知らないのよね。私、死ぬと思ってたから何にも考えてなかったけど。私、生きてていいのかな」

 しおりはそれを聞いて、のぞみを叱りつけた。

「何を馬鹿なことを言っているのよ!のぞみ、あなたのことはいつか真希に話すつもりだったし、あなたが母親であることは変わらない。消せない。生きてた方がいいに決まってるじゃない。真希のことが嫌いで離れていたわけじゃないんだし。ちゃんと話せば分かってもらえるわよ」
「私が気にしているのは話した後のことよ。私がお母さんでしたって言って一緒に住むことにはならないだろうけど、仮になったらどうしたらいいの?私、しおりを追い出すようなことはしたくないのよ」
「四人で住んじゃ駄目?」
「しおり、あなた、だいぶ楽観的な人ね」

 のぞみはようやく笑顔になった。しおりはさして気にもしていないようだ。

「まずは真希に話してみればいいのよ。後のことはさ、真希の負担にならないような環境を考えてあげれば。私は仕事を続けているし、いつでも出て行けるわ。大丈夫、どうとでもなる。だから、のぞみ、堂々と生きて」

 黙って聞いていた真司が言った。

「あーあ、俺がそういうこと言いたかったのに、しおりが全部言っちゃうんだもんなあ」

 三人の笑い声がした。俺まで救われたような気持ちになる。後は浮気現場になった高級レストランの件が確認できれば、俺の仕事も完了だな。

2024年10月某日

 高級レストラン「セラヴィ」で真司とのぞみとしおりが三人でランチを食べている。

「のぞみ、真希も二十歳になったし、もういいんじゃないの?そろそろ会っても。大人になったんだし。のぞみが本当のお母さんだって分かっても、受け止められるでしょ」
「そりゃ会いたいわよ、私は!でも、何て言って会えばいいの?」
「だから、私が本当のお母さんよって」
「そんな簡単に言えるわけないじゃない!馬鹿じゃないの?真司、なんとか言ってよ」
「まあ、しおりもさ、嬉しくて言ってるだけだから。でも、どうしようか。自然に会わせたいよね、難しいけど」

 しおりが少し考えるような素振りをしていたが、やがてイタズラっぽく言った。

「こういうのはどう?このレストランで真司とのぞみが二人っきりで食事してるところを真希に目撃させるの」
「真希、パニックにならないかな?」
「大丈夫大丈夫、育ての母親の私が言うんだから間違いないって」
「しおり、アンタ、完全に面白がってるでしょう?」
「うん、でも、そのくらいの権利、私にはあると思ってるんだけど?」
「そうね、うん、あると思う。本当にこれまでありがとう。あなたには感謝してもしきれないわ」
「ああ、もうそういうのは大丈夫、お腹いっぱい。じゃ私の作戦で決まりね。ああ、楽しみだわ」
「しおり、あなた、本当に強い人ね」
「ううん、私はそんなに強くない。愛する人がいるから人生を楽しめているだけ。これからもよろしくね、のぞみ。あ、真司も」
「チェッ、俺はおまけかよ」

 他人の俺から見ても三人はとても幸せそうだった。


【第七話】私の真実(最終話)

#創作大賞2025 #ミステリー小説部門

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