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「田分け」は「たわけ」?~相続あるあるから学んだ新たな視点~

先日、あるお客さまからこんなご相談をいただきました。

「土地も法定相続の割合どおりに、兄弟みんなで共有にすればいいですよね?」

遺産分割協議でよくあるご希望です。公平感もあるし、手っ取り早い……ように思えます。
でも、僕はやんわりと、こう伝えました。

「それは…あとあと大変ですよ。相続が“争族”になりかねません。昔から『田分け』は『たわけ』って言われますよね。土地を分けるのは愚かなこと、って教訓です。」
「ほう、そんな言葉あるんですね」とお客さまも少し驚かれた様子でした。実例を交えて説明すると「なるほど、それなら避けた方が良さそうですね」と納得され、共有を避けて一人の名義で登記して、他の財産で公平な分割に近づける方向で検討されることになりました。


「田分け」は「たわけ」というのは、相続に絡めてよく使われる小話で、僕も先輩から聞いて覚えて、よくお客さまにも話している鉄板ネタ。
とはいえ、ふと気になって、キチンと調べてみた。
「たわけ」って、本当に「田分け」が語源なんだろうか?
結論から言えば――違いました!


「たわけ」は、実は古語の「戯(たわ)く」から来ているそうです。
ふざける、冗談を言う、という意味で、今で言う「おちゃらけ」に近い言葉。
そういえば今でも、「戯れ」と書いて「たわむれ」と読みますよね。
言葉としては現代にも生きているわけです。
つまり、本来の「たわけ者」とは、ふざけて真面目に取り合えない人のことだったのです。
「田を分ける愚か者」というのは、後世にできた俗説。
いわば語呂合わせ的な解釈にすぎなかったわけです。


ところが……です。
この俗説、なかなかバカにできない。
土地を細かく共有にしてしまうと、いざ売却や活用をしようとしたときに、共有者全員の同意が必要になります。
兄弟姉妹がそれぞれ家庭を持ち、代替わりし、世代が進むほど、話がまとまらなくなります。
実際、「共有のまま放置された土地が売れずに困っている」「一人が反対して活用できない」という話は後を絶ちません。
その結果、分割協議が整わず、所有者がきちんと登記できない土地が増えすぎて、今や社会問題にまでなっている。
こうした背景を受けて、2024年から「相続登記の義務化」がスタートしたのも、まさにこの「田分けの混乱」に歯止めをかけるのが一つの目的です。
語源としては正しくなくても、「田分けはたわけ」は実際に役立つ言い回し。
ちょっとした小話として、お客さまとの会話のスパイスになり、相続の落とし穴を分かりやすく伝える手段にもなります。


たとえ俗説だとしても、長く伝えられてきた言葉には一面の真理がある。
そんなことを考えた出来事でした。


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