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☕ふと立ち寄ったカフェで、心が小さくつぶやいたこと。|#2|まっすぐ歩けない日のこと

Welcome to the world of "clu"tch 🌃
"クラ"の世界へようこそ🌠

(#1)<<  >>(#3)

前回のエッセイ風にアレンジから第2弾です。
隙間時間にでも読んでいただけると嬉しいです。

第2話 「まっすぐ歩けない日のこと」




まっすぐ歩けない日がある。

駅までの道を、いつものように歩いているつもり
なのになぜかうまくバランスが取れなくて
左にちょっと傾いたり、つま先がつまずいたりする。

ああ、今日はだめだ、と気づく。
だめって、誰に対してかはわからないけれど。



空気はどこまでも澄んでいて他人はいつもより
少しだけ遠くに感じる。

カフェの音楽が耳に入ってこなくて
コーヒーの香りだけが濃く残る。

そういうとき、ぼくは自分の中に住んでいる
もうひとりの誰かと話す。

「今日は、まっすぐじゃなくていいよ」

彼はそう言って、ぼくの歩幅に合わせてくれる。

ちょっと内股で少し気弱だけどやさしい声の人だ。

小学生のころ友だちに「歩き方が変だね」
と言われたことがある。

それ以来、意識すればするほど変な歩き方になって
さらにからかわれてよけいにうまく歩けなくなった。

大人になってからもそれはどこかに残っていて
人混みを歩くときに足がぎこちなくなる。

まるで、透明なルールが空中にあって
それに沿って歩かないと弾かれてしまうような感じ。

けれど最近、それはただの「個性」
なのかもしれないと思うようになった。

まっすぐじゃなくても
歩けていれば
それで十分なのかもしれない。

むしろ、まっすぐじゃない歩き方でしか
見えない景色だってきっとある。

たとえば、斜めに見た夕暮れの校庭。

傾いた目線から見える空はどういうわけか
やさしく見えた。誰もいないベンチの端っこに
そこに腰かけたくなる。

まっすぐじゃない自分だけが気づく静かなスポット。

それは、少しだけ宝物に似ている。

まっすぐ歩けない日にはあえて回り道をしてみる。
駅前の本屋の裏手を通って小さな神社をのぞいて
ふだんは通らない川沿いの道を行く。

時間はかかるけれどいろんな匂いがあって
風の音も違ってちょっとだけ世界がまろやかになる。

社会はいつも
「まっすぐであること」を評価する。

迷わず
遅れず

間違えずに進める人に拍手を送る。

だけど、よく考えてみると
森の中を歩くのに
まっすぐ進む必要なんてどこにもない。

右に曲がったら猫に出会い
左にそれたら風鈴の音がした。

そんな偶然こそが
生きていることの実感なのかもしれない。

今日はまっすぐじゃない。
でも、それでいい。

ぼくはぼくの歩き方で
この街をすこしずつ歩いていこうと思う。

そしてその途中で、
まっすぐ歩けない誰かに出会ったならちょっとだけ
肩を並べてゆっくり歩いてみようと思う。

第3話は次回へ…

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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