☕ふと立ち寄ったカフェで、心が小さくつぶやいたこと。|#1|ちがうということの、やさしさ
Welcome to the world of "clu"tch 🌃
"クラ"の世界へようこそ🌠
前回のつぶやきからエッセイ風にアレンジを
加えました。
隙間時間にでも読んでいただけると嬉しいです。
第1話 「ちがうということの、やさしさ」
この世界には、ふしぎがあふれている。
たとえば、となりの人の声がすこし高かったり、
電車の中で本を読む速さがまるで違ったり。
あるいは、同じ桜を見ても、
「きれいだね」と言う人と、
「花粉がつらい」としか言わない人がいたりする。
人は、ちがう。
ほんとうに、それぞれ、ちがう。
だけど、どうしてだろう。
「みんなと同じようにできなければいけない」って、
どこかで思い込まされている気がする。
「これくらい、普通できるよね?」
そんなふうに言われると、
胸の奥がぎゅっとなる。
誰も悪くないのに、
まるで自分だけが取り残されたような、
あの、湿った感情。
だけど、ふと気づく。
ちがうからこそ、できることがあるんじゃないか。
できないことがあるということは、
誰かとつながる余地が
あるってことなんじゃないか。
あの人は料理が得意で、ぼくは地図が読める。
あなたは人混みが苦手で、
わたしは静かな場所を探すのがうまい。
きっと、
それでいい。
むしろ、
それがいい。
世の中は「平均」を求めがちだけど、
平均ってじつはどこにも存在しない。
理科室の骸骨模型みたいに、
ちょっと不自然で、どこか冷たい。
小学校のころ、図工の時間に
「好きな形をつくっていいよ」
と言われた日があった。
みんなそれぞれ、
へんてこなものをつくっていた。
とんがった星みたいな人、
うさぎの耳をつけたロボット、
意味がわからない三角と丸の集合体。
でも先生は笑って、
「いいね」と言った。
あのときの、あの感覚。
「へんなのをつくっても大丈夫なんだ」って、
胸がすうっとなった。
それが、いまのぼくらに、
ちょっと足りないのかもしれない。
この社会には、
「できないこと」に
フォーカスしすぎる癖がある。
できない=だめ、
という単純な公式に、
いつのまにか支配されてしまった。
だけど本当は、「できる人がやればいい」
ことだって、たくさんある。
得意な人がやる。
苦手な人は頼る。
それって、ただの役割分担であって、
優劣でも努力不足でもない。
「ちがう」ということの中には、
たくさんのやさしさが詰まっている。
誰かの「できる」が、
誰かの「できない」
をそっと包む。
そしてまた、別の誰かが、
別のかたちで誰かを支える。
そんなふうに、
パズルのピースみたいに、
わたしたちは補いあって生きている。
そう思えたら、
ずいぶんと息がしやすくなる。
今日は、少しだけ、
自分の「ちがい」にやさしくしてみよう。
それがきっと、誰かへのやさしさにもつながる。
世界は、そんな小さな循環で、
すこしずつ変わっていくのかもしれない。
第2話は次回へ…
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