【小説】初華 死刑を求刑された少女 ~第四章~ (5)
(5)
評議室内は再び静寂に包まれていた。裁判長と決して目を合わすまいとするかのように、全員が顔を伏せている。まるで教師に指名されるのを恐れて下を向いている生徒のようだ。
「どうしました? 評議についての発言は自由ですから、どんどん意見を述べていただいて結構ですよ?」
裁判長がにこやかに語りかけるけれど、まるで文化祭の出し物を決めるホームルームのような和やかな言い方に、私をふくめてその場にいる全員が違和感しか感じなかった。
「意見って、言われてもな……」
ぼそっともらした佐々木の言葉につられて、皆はため息をついた。
「今すぐ判決内容を決めるわけではありません。まずは被告人についてみなさんが感じたことをおっしゃればよろしいと思いますよ」
すこしの間をおいて最初に口を開いたのは久保だった。
「彼女、反省してると思いますか……?」
「一応、反省と謝罪は述べていましたけれど、心の底からなのかと問われると」
「でもさ、普通、もうちょっと申し訳ないなーとか思ったりするんじゃないです? ましてや5人も殺してるんですよ? あたしだったら、1人も殺す勇気なんてないけど、あそこに立たされたらビビリまくっちゃって、泣きながら謝罪しますよ」
「どう見たって、反省はしていないだろ。『しょうがないから謝っとくか』くらいにしか、おれには見えなかったがね」
金持や阿部の言とおり、公判中の彼女に反省の色はあまりみられなかった。感情があまり感じられず、淡々とした様子だった。まさしく斎藤が今話したとおりでもあったし、仕方なく法廷に来ているという雰囲気すらあった。
19歳ともなれば大人とほぼ変わらない。物事の善し悪しはわかっているはずだ。
いや、わからないから今回のような殺人事件を起こしたのだろうか。とんでもない事をしたのは間違いないはずなのだが、犯した罪を認めている割に、反省や謝罪の言葉に誠意は微塵も感じられなかった。
「子供っていうのは、何を考えているのかわからないところがありますからね。特に、反抗期を迎えると。ずーっと黙っているかと思ったら、急に感情を爆発させたりしますから。親としてはどう扱って良いものか、頭を悩ませていますよ」
「久保さんのお宅は、お子さんが?」
佐々木の問いかけに、久保は藪蛇だったという苦い顔をした。
「ええ、まあ。息子ですけど」
息子の言葉に私は内心ドキリとした。
「ちょっと最近、息子が不登校気味でしてね。冬休みに入るまでは普通に学校に通っていたはずなんですが、家内が言うには、休み明けから学校にいかなくなったみたいで」
どこの家庭でもありそうな話ではあるが、実際に身近で聞くと憂鬱な気分になる。私は息子の宗一郎を思い出していた。あの子は引き籠りではなかったけれど。
耳を傾けていた裁判長が久保に問いかけた。
「奥さんの話では、と久保さんはおっしゃいましたが、久保さん自身は息子さんとお話しをされていないのですか?」
「それは……」
久保のこの反応も、今では珍しくないものだった。
毎日朝早くから夜遅くまで仕事に追われて、家で顔を合わせることもない。当然、家族全員で食卓を囲むこともない。たまの休みには溜まった疲れを癒すために時間を費やし、家族でコミュニケーションをとることもない。子供は子供で、朝から晩までテレビだゲームだと過ごして部屋から出てくることはない。
子供に干渉しないことを「放任主義」といえば聞こえはいいが、見方によっては「ほったらかし」ともとれる。時代が進むにつれ、暮らしやすい環境になっていくのとは対照的に、家庭内の関係はますます荒んでいく一方な気がした。もちろん、そんな家庭ばかりではないのだろうけれど。
幸い、私の家庭は順風満帆だ。今のところは。
旦那は仕事で忙しい身ではあるが、家族のことを優先してくれている。あと数年したら、自立して個人事業を立ち上げたいと言っていた。それにむけてすでに準備も始めている。娘のこともあるから不安もあるけれど、旦那のやる気に水を差したくはなかった。私は夫を支えていこうと思った。
以前の夫は……支えてあげることができなかった。私も考え方が若かったのだと思う。だけど、今更後悔してもどうしようもない。赦されるとも考えていない。今を生きていくしかなかった。たとえ、元夫と息子に恨まれていたとしても。
「でも、初華……被告人のお母さんが娘の裁判に来ないというのは、どうなんでしょうか」
久保の家庭の話をきっかけに、話題は阿久津初華の母親へと移っていた。金持が眉根をひそめて言うと、斎藤が語気を荒げた。
「そりゃあ、あんた、人を5人も殺した殺人鬼だよ? どのツラ下げて娘の情状酌量を訴えることができるかね? そう考えると父親は恥知らずもいいところだよ」
「しかし、子供の責任は親の責任とも言うし、娘が裁かれる場に母親がいないというのはどうだろうか? それって責任の放棄と取られるのでは?」
佐々木の言葉に斎藤は唸った。
確かに、親であれば子供を守りたいと思うのは当たり前なのだろう。しかし、斎藤が言っていることも理解はできる。阿久津初華は人を5人も殺しているし、母親の心情は複雑なのではないだろうか。だが、実の母親ではなく、義理の父親が証言台に立つというのもどうなのだろう。
わからない。なんだか頭が混乱してきた。
「んー、そうだ! ねえ涌田さん」
「ぱん」と手をたたく音と同時に、阿部に呼ばれた私は顔を上げた。
「涌田さん、小さいけど娘さんがいるんですよね?」
「はあ、まあ、いますけど」
何だろうか、すごく嫌な予感がする。
「あのですね、もし、涌田さんの娘さんが18歳で、人を5人殺したとしたら、どう思いますか?」
思っていた通りの質問でどきりとした。阿部が合わせた両手を左右に揺らしながら「ね? どうです?」と無邪気な顔で尋ねてきた。
以前、裁判員を選出した日に「もしも宗一郎が5人の人間を殺害した殺人犯だとしたら」という想像をしたが、やはりここでも思い返すのは娘の穂香ではなく宗一郎だった。
もし、宗一郎が5人の人間を殺意を以って殺したとしたら、どうだろう。親として赦すか? 赦せないか? 殺した理由にもよる。だが当時の宗一郎はただのチンピラだ。対して阿久津初華は普通の女子高生だと聞いた。
仮に。仮にだが、理由はともかく、宗一郎がなんの罪もない人を5人も殺したとしたら、どうだろうか。間違いなく、赦せないだろう。宗一郎が泣いて謝っても、赦さない気持ちに変わりはない気がする。もしかしたら、親の責任として、息子を殺して自分の命も断つかもしれない。
しかし、阿部の質問はもし、娘の穂香が人を5人殺害したらというものだった。穂香が人を殺すなど、どう頭を捻っても想像することができなかった。だから曖昧な答えを返すことしかできなかった。
「そうですね……もし、やってしまったことを激しく後悔して、謝っているのなら」
「娘の裁判に出廷します? 情状証人で証言台に立ちますか? 娘は人を5人殺したけど、ちゃんと謝ったから勘弁してやってください! って? 言っちゃいます?」
あけすけに尋ねる阿部の様子をみて、他の5人が不快感を表していた。
「いや、ちょっとわかりませんね……。実際にそうなってみないと」
もっとも、そうなる前に娘が殺人犯になってしまうことを断固阻止すると思うけれど。
「まあ、そりゃそうですよねー」
阿部は眉尻を下げて「ぷぅ」っと頬を膨らませるとテーブルに腕を伸ばした。
正直、実際にそうなってみないとわからないというのは皆同じなのではないだろうか。手っ取り早いのは阿久津初華の母親に直接訊くことだが、そういう訳にもいかない。
阿久津初華の両親の取り調べは、父親が応じていたことが多かったようだった。対して阿久津初華の母親は、仕事が忙しいのもあって、数回程度しか取り調べを受けていないようだった。女社長ともなれば忙しいのだろうけども、それにしても、自身の娘のことなのだからもう少し親として関心というか、責任を感じるべきではではないのかと思った。
阿久津家の稼ぎ頭は母親のようだった。であるならば、母親が仕事に明け暮れて家を留守にしていたのかというと、そうでもないようだった。仕事をしながら、一人娘の躾けはしっかりと行い、特に教育に関しては心血を注いでいたようだった。母親が完璧主義なこともあって、娘にもそれを求めた。アパレル会社の社長の娘であるゆえに、どこに出しても恥ずかしくないように育てていたのだろうか。小さいころからかなり厳しく教育していたようだった。
厳しいがゆえに甘えは許さず、常に上を目指し、自分に厳しくあり続けることを課していたようだった。母親の阿久津華永についてわかったことは、自分にも娘にも厳しく、そしてプライドが非常に高い女性だということだった。
「私が言うのも何ですが、被告人の家庭環境も複雑だなと感じました」
久保も母親の阿久津華永について私と同じ考えのようだった。
「へっ、娘を厳しく躾けたわりには、このザマじゃ世話ないよな。手塩にかけた娘が今や殺人犯じゃ、雲隠れしたくなるのもわかる気がするぜ」
「ふん」と小馬鹿にするように斎藤は鼻を鳴らした。さすがに言い過ぎな気がする。
「ちょっと、斎藤さん。さっきから何なんです? 殺人犯とその親だからって、なんでもかんでもずけずけ言い過ぎなんじゃないですか?」
テーブルを叩いて立ち上がったのは金持だった。しかし、斎藤は怯むことなく嫌味な笑みを金持に向けた。
「落ち着けよ。お嬢ちゃん。怒りは冷静な判断を鈍らせるぞ?」
「なんですって?」
目をひん剥いた金持は手をわなわなと震わせていた。
「まあまあ! ほら座って、座って! 金持ちさん。斎藤さんも若い女の子に囲まれてちょっと興奮して嬉しくなってるだけだから! かよわ~いおじいちゃんなんだから、ね? 大目に見てあげよ?」
阿部に宥められた金持は斎藤を睨みつけながら、「私は金持(かねじ)です」とつぶやいて腰を下ろした。若い女の子の中に私は含まれているのだろうか。斎藤は下唇を尖らせると、忌々しそうに顔を背けた。阿部は「べー」っと舌を出していた。その様子に裁判長は今日何度目かのため息を洩らした。
「斎藤さんのおっしゃりたいこともわかりますが、どうか過激な発言は厳に慎んでくださいね。みなさんも、冷静にお願いいたします」
斎藤は体をあさっての方向に向けて手を振った。
「それでは、そろそろ被告人への量刑について話し合いたいと思うのですが」
裁判長の一言でまた最初の重苦しい空気に戻ると、全員が無関係を装って下を向いた。その様子に裁判長は目を丸くして、やれやれと首を振った。
「このままでは、雑談だけで終わってしまいます。今日は被告人に与える刑を決めるために皆さんにお集まりいただいたのですから」
裁判長の言葉に全員が沈黙を貫く。しかし、その沈黙は長くは続かなった。
「それって、今すぐ決めないとダメなんですかね……?」
「なはは」と声がもれそうな苦笑いで口を開いたのは阿部だった。皆が裁判長に注目した。
「当然、十分に議論してからの方が望ましいです。ですので、話し合うにしても被告人に与える量刑を議題にして話し合いをしたいと考えています」
「……それは、死刑にするか、無期懲役にするかってことですか?」
金持がぽつりと言うと、全員が今度はさっと金持に視線を向けた。注目の的になった金持は、怯えるように縮こまった。
「もしくは、医療少年院送致か」
佐々木がぼそりと言うと斎藤が激高した。
「馬鹿を言っちゃいかん! あれだけ人を殺しておいて! 少年院送りで終わりだなんて、そんな馬鹿な話があるかッ!」
立ち上がった斎藤は器官に痰が入り込んだのか、顔を真っ赤にして激しく咳き込んだ。
「ほらほら、おじいちゃん無理しちゃダメだって。でもだからって、一発死刑にするわけにもいかないでしょ? 怒らないで、ね? れいせーにれいせーに」
阿部がにやにやしながら斎藤の背中をとんとん叩いていた。
「年寄り、扱いするな! 死刑にしろとは言っとらん! もっと多角的に物事を見ろと言っとるんだ! 殺された者の遺族の気持ちはどうなる?」
確かに斎藤の言う通りだった。理由がどうであれ、人殺しをしていいはずがない。阿久津初華に殺された寺塚莉緒と望月陽葵、そして、楠田心尊の遺族の怒りと哀しみを想うと極刑もやむを得ないのかもしれないと考えたこともあった。しかも、楠田心尊に関しては両親までもが放火による火事で殺害されている。楠田心尊の母親の肉親は、弟が一人のみだと聞いた。
楠田心尊の焼死体は、窓の下の壁に両手をついて、寄りかかるようにしてうずくまっていた。窓を開けて外に脱出しようとしたのかもしれないが、煙で窒息し、そのまま焼かれて死亡したのだろうと説明された。両親に至っては、眠ったまま亡くなった様子だった。いずれの火災現場の写真も、その凄惨さに皆が目を背けた。
これだけ悲惨なものを見せられては、被害者の遺族でなくとも哀しみや怒りの感情が湧き起こるのは当然だった。もし、あの時裁判長が「被告人を死刑にしますか?」と言っていたら、この場にいる6人全員が諸手を挙げて賛成していただろう。しかし、それこそが先ほど言った衝動的な「怒り」の感情に他ならない。怒りに任せて彼女を死刑にしてしまったら、怒りに任せて5人を殺害した彼女と何も変わらない。きっと、あとで後悔するのは間違いなかった。
「となると、無期か、死刑か」
顎を擦りながら佐々木が唸った。
「もう、無期懲役でいいんじゃないですか? ずーっと刑務所にいるってことですよね? 死刑って、なんだかあたしたちが殺したみたいで気分悪いし」
まるで、何か食べたいものでもある? と訊かれてなんでもいいという適当な返事を返すように阿部が軽い口調で言った。
「いや、無期懲役と言っても死ぬまで刑務所にいるということはあまりないらしい。刑務所内での素行が良ければ、7年から10年で仮釈放で出られる可能性もあると聞いたことがある」
「え、そんなの無期でもなんでもないじゃないですか!」と阿部は驚愕した。
「馬鹿馬鹿しい。勘違いをしているヤツらが多いが、そもそも刑務所なんざ、犯罪者を更生させるための施設だろ。社会復帰をさせるための施設だぞ? 終身刑や禁固刑ならまだしも、社会復帰して欲しいと遺族が願っていると思うかね? 遺族が犯罪者に願っているのは、永遠に続く苦しみだよ」
「じゃあ、斎藤さんは被告人が死刑になることに賛成なのですか?」
「……そうは言ってねぇだろ」
はっきりしない老人だ。口ではこう言っているが、誰もがそう易々と他人を死に至らしめる選択ができるはずがないことは、斎藤自身もわかっているはずだった。
「ったく。江戸時代みたいに仇討ち制度にすればいいのによ」
皆がぎょっとした顔で斎藤を見た。なんだよと言わんばかりに斎藤が睨み返す。
「だってそうだろうが。他人が起こした事件で、なんで関係のない人間が生かすの殺すだので頭を悩ませなきゃならん? 当人同士でカタを付ければ済む話だろうに」
確かに、それで済むなら物事はすぐに片がつくだろう。というか、そう思うのなら裁判員を辞退すればよかったのにと思った。
「……斎藤さん。150年以上も前の制度について話をしても意味はありません。それに今の日本は法治国家ですよ。ならばそのとき、その時代の法に則り、裁きを下して然るべきなのではありませんか?」
頑固老人の斎藤は不貞腐れた顔で俯いている。
裁判長は深くため息をついた。こういう裁判員とのやりとりも白髪が増える原因のひとつなのかもしれない。
「斎藤さん、非常に申し上げにくいのですが、これ以上過激な発言をされたり、法を侮辱するようなことを申された場合は裁判員不適格として辞任していただきますので、そのつもりでお願い致します」
斎藤は頭を掻いて舌打ちをした。
「わかったよ、これ以上はもう何も言わん」
斎藤の言葉にうなずいた裁判長は、軽く咳払いをして円卓を見まわした。
「それでは、評議を続けましょう」
~第四章~ (5)の登場人物
涌田景子(わくたけいこ)
裁判員に選出された主婦。宮田宗一郎の実母。再婚し、一人娘の穂香を授かる。
金持潤子(かねじじゅんこ)
裁判員に選ばれた、税務署職員。名前にコンプレックスがある。
久保隆敏(くぼたかとし)
勤勉なサラリーマン。裁判員に選出された。
阿部香帆(あべかほ)
デザイナー。明るい性格。裁判員。
佐々木誠(ささきまこと)
フリーランス。冷静沈着。裁判員に選ばれた。
斎藤正一(さいとうしょういち)
年金暮らしをしている老人。裁判員に選出された。頑固な老人。
