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緩和ケアは生きるための選択肢

「もう、家には帰れないんでしょう?」

主治医から緩和ケア病棟を勧められ、覚悟を決めてやってきた一人の患者さんが、どこか緊張した面持ちで私にそう問いかけました。
その方の瞳からは、「ここが人生の終着駅だ」という深い絶望の色と、覚悟が伝わってきました。

私はその方のそばに座って手を握り、ゆっくりと、でもはっきりとお伝えしました。

「いいえ、そんなことはありません。
ここは辛い症状を和らげて、次の場所に繋げるための病棟です。
お家にも帰れますし、もしまた辛くなったら、いつでも戻ってこれるんですよ」

その瞬間、患者さんが見せた驚きの表情と、ふっと緩んだ肩の力。
私は10年間、緩和ケアの現場でこうした「誤解」を何度も解いてきました。

緩和ケア病棟は、死を待つ場所ではありません。
自分らしく、より良く「生きる」ために選ぶ、前向きなステップのひとつなのです。


「手遅れ」ではなく「今」から始まるケア

多くの方が抱く「緩和ケア」のイメージは、おそらく「終末期ケア」と同じものでしょう。

「もう治療法がなくなった人が行くところ」
「最期を待つだけの場所」

しかし、本来の緩和ケアとは、がんと診断された時から始まるものと定義されています。
(出典:国立がん研究センター ‐ 緩和ケア「WHOによる緩和ケアの定義(2002)」より

病気による症状や、治療にともなう辛い副作用を和らげ、
体力を回復させ、あなたが「あなたらしい生活を取り戻す」。
つまり、より良い治療を続けるためのコンディショニングこそが、緩和ケアの本質です。


プロである私たちも、かつては怖かった

実は、緩和ケア病棟に身を置いて間もない頃、私自身もこの事実に戸惑っていました。
10年前……当時の現場では、この考え方はまだ十分に浸透していなかったのです。

医師は「患者に治療を止める(緩和に移行する)ことを、どう伝えるべきだろうか……」と悩み、私たち看護師でさえ「緩和ケア病棟は何だか暗くて怖い」という(実際にはとても明るくて綺麗な病棟なのですが)、死のイメージを拭いきれずにいました。
専門家であるはずの私たちが、一番、緩和ケアを誤解していたのかもしれません。


「開かれた場所」への変化

ここ数年で、ようやく風向きが変わってきました。

「じゃあまた治療が終わったら世話になるよ」
「おだいじにしてくださいね」

「家に帰ったら、娘家族と一緒に旅行に行くのよ。お土産話期待してて」
「気を付けていってらしてください」

抗がん剤や放射線の治療を受けながら、症状コントロールのために利用される方。
体力を整えて一度ご自宅へ戻られる方。
そんな「治療中の患者さん」の姿が、病棟でも当たり前のように見られるようになりました。

「一度足を踏み入れたら、二度と出られない場所」
そんな暗いイメージは、もう過去のものです。


あなたが「より良く生きる」ための止まり木

緩和ケア病棟は、決して人生の終着駅ではありません。

あなたが辛い痛みを脱ぎ捨て、もう一度前を向いて治療や生活に向き合うために。
緩和ケアを選ぶことは、あなたの人生を取り戻すための大切な「選択肢」のひとつです。

もし今、あなたが、
あるいは大切な誰かが「緩和ケア」という言葉に足がすくんでいるのなら。
どうか、そこにある「生きるための希望」を信じてみてほしいのです。


「もう、家には帰れないんでしょう?」

「いいえ、そんなことはありません」




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