話さないことも看護になる——沈黙が患者さんの言葉を引き出した日
「治療のお話を聞いて、どのようにお考えか伺ってもよろしいですか」
「えーと……そうですね、主治医の先生からはお話は聞きましたが、頭が真っ白になってしまって」
「そうなのですね」
「はい」
「……」
「……」
普段の看護業務の中で、そんな場面に出会ったことはありませんか。
患者さんの思いを聞きたくても、上手な言葉が思い浮かばない。
会話が途切れ、「どうしよう」と焦ったり、気まずさを感じたりする。
以前の私は、この“会話が止まる瞬間”がいちばん苦手でした。
でも今は、それほど苦手ではありません。
今回は、患者さんとの会話で沈黙を怖がりすぎないために、私の経験と文献をもとに待ってよい沈黙と、そうではない沈黙を整理してみます。
話が途切れたら終わりだと思っていませんか?
看護師は「コミュニケーションが上手い職業」と思われることが多いかもしれません。
実際の看護では、患者さんと信頼関係を築くために、相手の思いを引き出す力や関係を調整する力が求められます。
だからこそ私は、「話を続けること」や「沈黙をつくらないこと」が大切なのではと、どこかで思い込んでいました。
会話が途切れると、「うまく関われていないのではないか」と自分を責めてしまう。そんなことがよくありました。
先輩に相談したときも、「私も患者さんが黙っちゃうの苦手なんだよね」と言われたことがあります。
私だけではないと少し安心しつつも、ではどうすればこの苦手意識を越えられるのかは、わからないままでした。
沈黙になると、つい何か話したくなる
私自身、関係性がまだ深まっていない相手との沈黙には、不安や気まずさを感じやすいと思ってきました。
私たちは会話の中で相手の反応を手がかりに距離感を測っていますが、沈黙になるとその手がかりが失われてしまうからです。
終末期の患者さんやご家族との沈黙については、医学書院の記事でも、ただその場に居続けることの意味が示されています。
沈黙の中で言葉を重ねずに待ち続けることは、意識しないととても難しいものです。
もともと私たちは、沈黙に不安を感じやすいのだと思います。
だからこそ、「何か話さなければ」と焦ってしまう。
ですが、大切な治療前や、今後の方針を確認する「ここぞ」というときに、患者さんの思いをしっかり聞き取りたいですよね。
私はあえて、沈黙を待ってみたことがあります。

沈黙を待ってみた日
患者さんとお散歩をしながら、今後の生活について話していたときのことです。
「治療の副作用も落ち着いてきましたし、顔色も良くなってきましたね。来月には施設に移れそうですね」
「そうだねえ」
そこで会話が途切れました。
普段なら、次の話題を探したり、無難な話をつなげたりするところです。
でもそのときは、あえて何も言わずに待ってみました。
車いすを押す手を止め、患者さんの隣にしゃがみます。
やわらかい風が吹いていて、この静かな時間も悪くないと思えました。
しばらく沈黙が続いたあと、患者さんがぽつりと話し始めました。
「私ね、本当は家に帰りたいんだけど、家族に迷惑がかかると思って、施設のほうがいいかなって。でも家族にまだ教えたいことがあって」
患者さんは、遠くを見つめながら話していました。
それまでの面談では「施設で」と話していた方で、本当の思いを聞いたのは、そのときが初めてでした。
患者さんの了承を得て、後日ご家族にその思いを伝えると、
「そんなふうに思っているのは知らなかったです。遠慮させていたんですね」と話され、その後、ご家族と改めて話し合うきっかけになりました。
沈黙は、思いが言葉になるまでの時間かもしれない
あの体験を振り返ったとき、ひとつの考えが浮かびました。
沈黙は、相手の思いを整理する時間なのではないかということです。
看護の研究でも、沈黙は患者の思いを受けとめようとする看護師の真剣な態度を伝えたり、言葉にならない感情の整理を促したりする可能性があると示されています。
一方で、タイミングを誤ると不安を強めることもあり、「ただ黙る」こととは違うともされています。
ほかにも心理療法の分野では、患者が沈黙を保つと、より深く振り返ったり、話題を詳しく話すのをためらったりと様々な役割を果たすことがある、と示した論文があります。
看護場面と完全に同じではありませんが、私自身の経験とも重なる部分があり、沈黙を”意味のある時間”としてとらえる視点は参考になると思います。
そう考えると、沈黙は患者さんの中で、言葉が形になっていく時間なのかもしれません。
「見守る沈黙」と「突き放す沈黙」は違う
ですが、黙っていればそれで良いというわけではありません。
沈黙の場で大切なのは、相手を見ながら待つ関わりです。
視線、表情、距離感、姿勢といった非言語的な関わりが、その沈黙の意味を大きく変えます。
無表情で視線が合わない、時計を見る、落ち着かなさが伝わる——こうした関わりは、不安を強めてしまうことがあります。
私は沈黙になったときほど、相手の方へ体を向け、少し前かがみの姿勢で関わるように意識しています。
言葉がなくても、「あなたに関心があります」と伝えるためです。
また、沈黙を待つかどうかは状況の見極めも大切です。
待ってもよい場面
・視線が宙を泳いでいる
・何かを思い出すように間がある
・感情が動いている(涙が出そうなど)
・直前に大切な話題が出ている
待たないほうがよい場面
・困惑して固まっている
・強い苦痛や不安がありそう
・症状への対応が優先される
この場合は「急がなくて大丈夫ですよ」「少しつらそうに見えます」といった、短い一言で相手を支えるほうが良いこともあります。
上記は私の臨床経験をもとに整理した目安ですが、判断は常に個別の状況によって変わることを留意してください。
文献でも、沈黙は有効な場面と不適切な場面があり、意味やタイミングを見極めることが重要だとされています。
沈黙も、ひとつの看護技術だと思う
沈黙を待つことは、いつでも正解なわけではありません。
ですが、話が途切れた瞬間に、すぐ会話を埋めることだけが看護でもないのだと思います。
患者さんの中で言葉が育つ時間を奪わず、必要なときにはそっと支える。
相手を置き去りにせず沈黙を待つとき、それはコミュニケーション能力の未熟さではなく、看護の一部と言えるのでしょう。
この記事は、患者さんとの会話で沈黙が苦手な看護師さんへ向けて書きました。
今回は他の記事と違って少し説明が多いものになっていますが、もし参考になりましたら、ぜひ「スキ」を押していただけると、書き続ける励みになります。
【参考にした資料】
・久保田聰美「コミュニケーションスキル(5) 沈黙の意味」医学書院(2007)
・喜多下真里ほか「苦悩を抱える患者を想定したロールプレイングにより得られたコミュニケーションに関する看護学生の学び」J-STAGE
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jane/29/1/29_1/_pdf/-char/ja
・Fenner C. “Silence after narratives by patients in psychodynamic psychotherapy: a conversation analytic study” Frontiers in Psychology (2024)
【免責事項】
本記事は、筆者の臨床経験および参考文献をもとに執筆したものです。記事内の見解は筆者個人のものであり、所属する組織・施設の公式見解を代表するものではありません。 患者さんのエピソードについては、個人が特定されないよう一部内容を変更しています。
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